男は外見上は人間と変わらず、女は上半身が人間下半身が魚という、人間世界でよく人魚と呼ばれる形態をしている。
しかし外見上は人間に近くとも魚と同じく海の中では呼吸ができ、逆に地上ではできない。
彼らは全ての海の生物を束ねるモノ。
その頂点にいるのが海王、ギルベルトだ。
まだ王位に即位したての若い王である。
気さくで面倒見の良い性格で、海人達の信頼と好意を一心に集めているこの王は、人に命じるより自分で足を運んでしまうことがしばしばあるのだが、今回もその一つだ。
発端は最近海に降ってくるキラキラと綺麗な色取り取りの紙だった。
不定期に降ってくる綺麗な紙。
最終的には水に溶けてなくなってしまうので問題はないのだが、一部の若者達の間でそれを下に落ちる前にどのくらい取れるかという、実に無邪気なゲームが流行り始めたのが事の始まりだった。
海の上…正確には陸上にはまた別の王国があり、お互いにお互いの存在が知られないのが一番平和だろうということで、海人は陸上人にその存在を知られるのを禁忌としている。
そんな中で、陸上人に姿を見られる可能性がある海上近くまで登って行くのは当然禁じられていたし、ほとんどの海人はそれを守って生活をしている。
しかし、この遊びが流行って以来、上から降ってくるのだから、当然海の上の方に行けば行くほど多く取れるため、海上近くまで行く若者が増えてきた。
陸上人に姿を見られる前になんらかの対策を取らねば…と思っていたのだが、そんな若者の一人トーニョは海上すれすれどころか、水上に顔を出して紙を拾うなどという事までしているらしく、さすがに放ってはおけない。
異質な自分達の存在を陸上人に知られれば、その間に無用な諍いを起こしかねない。
そんな理由でギルベルトは王自らトーニョを連れ戻すため海面に向かった。
月の綺麗な夜だった。
トーニョはすぐに見つかった。
「トーニョ、てめえ、今日こそはお灸据えてやるから、覚悟しろよっ!ゴラアッ!」
と、紙と楽しげに戯れるトーニョに声をかけると、
「げっ!なに王自ら来てんねんっ!!!」
と、トーニョは慌てて逃げていく。
「待ちやがれっ!!!」
「…って言われて待つ奴おらんてっ!!」
と、逃げるトーニョを追いかけようとして、ギルベルトはハッとした。
ここでトーニョを捕まえて殴るのは簡単だが、それでこの風潮が止むわけではない。
そもそもが上から紙が降ってくるから若者が海面へと集まるのだ。
その原因を調べるのが先かもしれない。
ここまで来たのも丁度いい機会だ…と、ギルベルトは海上へと顔を出した。
それが全ての始まりだった。
バシャン!と水面から顔を出した王の頭に降り注ぐ紙吹雪。
色取り取りのそれは頭上から、ヒラヒラと…しかしどこか儚げな様相で降り注ぐ。
視界を微妙に遮るそれをソっと手で避けて、それが降りゆく元を確認しようとギルベルトはゆっくり大きな船から少し距離をとった。
そうしておいてゆっくりゆっくり、紙吹雪の軌跡をたどるように視線を船の上へと移して行ったギルベルトの視界に入ったのは陸上人…まだ少年と言って良い歳だろう。
フワフワとした小麦色の髪、子猫のような大きく丸い少し吊り目がちな目。
全体的に少し気が強そうな…しかし脆い印象を受ける綺麗な少年で、その細く白い手に握られているハサミの先から、ハラハラと紙の破片がこぼれ落ちている。
気になったのは紙の破片と同様にハラハラとそのまだふっくらとした柔らかみを残した白い頬を伝う涙の雫と、確かに涙をこぼしているのに悲しそうな様子すら浮かべぬ無表情な顔だった。
呆然と…放心したように大きな瞳から零れ落ちる涙と、ハサミから零れ落ちる紙の欠片。
何があったのかはわからないが、子供らしくない泣き方がひどく気になった。
泣くならもっと感情を表に出して思い切り泣けば良いのに…これが自分の範囲にいる相手なら、頭の一つでも撫でてやるのに…と、ギルベルトはじれったく思う。
ひどく可哀想でひどく愛らしく…ひどく庇護欲を刺激された。
それでも海面から手を伸ばした所で、少年には手が届くことはない。
この日以来、ギルベルトは紙吹雪の降る夜には若者たちの外出を禁じると共に、自らは状況調査と銘打って、海面へと通い始めた。
何が出来るわけでもない…だが、少年の悲しみを共有してやりたくて…。
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