ビッグマーメイド_4章_王の決意1

「はあ?何言ってんの?」
ギルベルトの依頼にエリザはあんぐりと口を開けて呆けた。

「ギルベルト、あんた馬鹿?
ねえ、あんたは自分がどこの誰だかわかってる?」

言われるまでもない…

「海の国の王…ギルベルト・バイルシュミットだ。」

「ええ、そうよね。海の国の王様よね?
それがどうして陸上人の面倒見るって話になるわけ?
もう誰かの世話したい気持ちが溢れるほど有り余ってるのはわかってるわ。
だからって王様自身が動きまわるってのはどうよって思わないでもないけど、その点については諦めるけどね。
おせっかいの対象はせめて海人にしなさいよ。」

エリザの言う事はもっともだ。
自分でもそう思う…。

海の国の王である自分が国をほったらかして陸上人の面倒を見るため、一時的に陸上で暮らせるように陸上で呼吸出来るようにして欲しい…そんな事をもし自分が自分じゃない立場で聞いたなら、お前は馬鹿かとどつくこと請け合いだ。

それでも…寂しい、助けてくれと泣いていたあの少年は海人ではなく、陸上人だったのだ。仕方ないじゃないか…と、開き直って見る。



最初に見かけたあの日以来、ギルベルトはどうにも心配になって、紙吹雪が舞い散ってくるたび、何度も海上に足を運んだ。
そしてその日もそんな風に紙吹雪に導かれるように海面で、船上で泣きながら切った紙を撒く少年の様子を眺めていた。

しかしその日はちょっと様子が違っていた。

いつもなら紙を切り終えて、若干すっきりした顔で船内に戻る少年が、今回は紙を切り終えてもまだその場で泣いている。
そうしているうちに手が滑ったのだろう。
ハサミが手から波間へと落ちてきた。
少年の顔に絶望の表情が浮かぶ。

そこでギルベルトはすぐ泳いでそのハサミを拾ったが、今度はそれを自分で拾おうと思ったのか、なんと少年が波間へと飛び降りてきた。
やばい…とギルベルトは身を隠そうとするが、高い船から落ちた衝撃で、どうやら少年は気を失ったようだ。
それを確認してギルベルトは少年に泳ぎ寄った。

予想通り水の中でもなお柔らかい髪。
頬も子供らしくふっくらとした部分を残し、いつも見えていた大きな瞳は瞼の下だがそのかわりに、驚くほど濃く長いまつげが目元を縁取っている。
大層可愛らしい少年だと思う。

愛され甘やかされるのに十分な可愛らしさを持ったこの少年がどうしてあんな風に一人で泣きながら紙を切るのか…。
その理由がギルベルトにはわからなかった。
だが切らずには居られないその様子の哀れさに、心がひどく動かされた。

陸上人に見つからないように…と、禁忌を気にしながらも、ギルベルトはソっと少年を抱えると岸に向かって泳いだ。
そして少し迷って…だが、結局陸にあがる。
海人は陸地では息が出来ない…というより、陸地の空気が濃すぎて息苦しくなる、というのが正しいかもしれない。
それでも海の側だとまた押し寄せる波に流されてしまうかもしれない。
幸いにして肺活量は人一倍ある方なので、ギルベルトはそのまま少年を抱きかかえて少し離れた城を目指した。

少年は気を失いながらもまた泣いている。
寂しい…助けて…と聞こえるかすかな声に、思わず苦しい呼吸の中で
――泣きてえならガキなんだから思い切り泣けよ…
と、伝わるはずがないであろう言葉をささやいてみる。
すると少年が少し口元を緩ませた気がした。
きのせいだろうが……。

こうしてなんとか城のすぐ側まで運んで、少年を横たわらせるとその膝にハサミを置いてやる。
そして…いつも切り刻むしか知らないその紙で、刻む代わりに作る事を覚えてくれれば…と、海人の子どもの遊びで使う大きな海藻を四角に切った物で折った魚を一つ添えてやる。

抱えている間にすがるように掴まれていたか細い手を外すのは、まるで助けを求めてすがる相手を見捨ててしまうようで心が痛んだが、さすがに呼吸も限界だ。
見捨てる訳じゃねえからな、と、クシャリとその頭を一度軽く撫でて、ギルベルトは大急ぎで海へと戻っていった。


「…ということでな、このままにしておくのは見捨てるみてえで、すごく心苦しいんだが…」
ツラツラと事情を話すギルベルトにエリザは深く深くため息をついた。
「一度くれえ思い切り泣いても良いんだって、思い切り泣かせてやりてえだろ?」
と、さらにギルベルトが畳み掛けると、エリザは額に手をやり、だめだ、こりゃ、とでも言いたげに首を横に振った。
「もう…何を言っても無駄なのね?あんたの保護者スイッチ入っちゃってる時点で。
いいわ。呼吸できるようにしたげる」
「エリザっ!」
交渉成立に思わず表情を明るくするギルベルトに、エリザは
「ただし期間限定よ?期限は一ヶ月。
でないと自主性に任せてたらあんたいつまでたっても帰ってきそうにないし」
「ああ、それでいいっ」
「そこで情が移ったとかはなしよ?」
「…………」
「な・し・よ?!でないとまじないできないけど?」
「ああ、もちろん」
慌てて首を縦にするギルベルトに疑わしそうな目を向けながらも、エリザはまじないを了承した。

他には昨今若者が海上に近づいてしまう原因になっている紙吹雪を降らせないように地上に向かったと説明することにした。
地上でも普通に呼吸できるようにするが、少年以外の陸上人の目には映らない。
効力は一ヶ月。
こうしてギルベルトは、海を出て陸上人の世界へと足を踏み入れた。

少年を助けた翌日の事である。





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