ビッグマーメイド_8章_回帰2

潮風が心地よい。
ギルベルトが城に現れて以来、初めての海だ。

ここに来てこうして甲板から海を見渡せば、もしかしたらまた訪ねて来てくれるのではないだろうか…そんな期待をして失望するのが嫌で、来ることができなくなっていた。
それでももうこうして来れるのは最後になるかもしれない…そう思えば、諦めてしまうことは出来なかったのだ。

父王が亡くなって半年が過ぎた。

国政を携わる人間たちの間は随分と風通しの良い、良好なモノになってきて、誰かの比重が重すぎる事もなく、お互いにフォローしあえる状態になっている。
自分が仲立ちしないとという事もなく、随分と気軽な身の上になった途端、はりつめていた糸が切れたようにまた、このところ麻痺をしていたようになりを潜めていた寂しさが襲ってきた。

自分が動けないためフォローをしてくれるルートを始めとする王家の血を引く貴族5家。
トーリスは献身的に身の回りの世話をしてくれている。
それでも恋しいと泣く心は随分と贅沢なのだろう。

毎朝起こしてくれるトーリスの声を聞くたび、これがギルベルトの声だったら…と思う自分に嫌悪する。
毎夜寝るたび、今夜こそは夢でも良いから会えないかと期待して目覚める朝に絶望し続ける自分が嫌になる。

そして…そろそろ自力で歩くのもできなくなりそうな衰弱した体を自覚してまず思ったのが、ギルベルトに会いにいけなくなる…ということで、海に出たからといって会いに来てくれるはずもないのに、こうして無理を言って船を出させてしまった。

――最期に…一度くらい我儘言わせろよ…お前が言って良いって言ったんだから。

もう一度だけでいい。
あの優しい声で笑って、あの大きな手で頭を撫でて欲しい。
望むのはただそれだけなのに……。

紙吹雪が舞うから様子を見に行った…と、ギルベルトは言っていた。
それなら…と、王子は最後の力を振り絞って紙吹雪を作って海に降り注ぐ。

水面いっぱいに散らされた色取り取りの紙吹雪。

――お願いだから…お願いだから見つけて…

全ての紙を切り終わると、あの日のように、大事なハサミを泣きながら海へと落とした。
それでも変わらぬ水面に、アーサーは決意する。

――来てくれないなら、俺の方から追っていこう…これが正真正銘、最期の我儘だ。

ためらうこともなく、ふわりと柵を飛び越えて、アーサーは波間へと身を躍らせた。





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