そしてその頂点に立つ国王家。
丁度今の代は同年代の当主がそれぞれ長となり、やはり同年代の才能豊かな跡取り達に恵まれている。
それぞれ個性的な貴族たちをまとめ導いていくために、常に優れた人物であれ、無理でもなんでも完璧な人物でなければならない…そう育てられているため、たまに心の奥底にモヤモヤした物がたまり、爆発しそうになる。
そんな時、それを体外へと排出するため体中を切り刻みたい衝動に駆られてハサミを握るのはいつものことで、しかしギリギリの理性でその刃を向ける対象を我が身から色とりどりの紙に逸らすのも、また、いつものことである。
紙は言葉にも態度にも示せないアーサーの孤独を抱いて、深い深い海の底へと沈んでいく。
そうして切り取った自分の心が海に深く沈んだのを見届けて、アーサーはまた完璧な王子へと戻るのだ。
「アーサー、この地方の財政の事だが…」
と、紙を切り終わって船内に戻ろうと足を向ける王子に気難しげな顔の青年が声をかける。
主に財務を担当する家系のルートヴィヒ。
アーサーよりも頭一つ以上背が高い。
アーサーと同年齢だが、まだ子供らしい可愛らしさを残すアーサーの容貌とは対照的に、12歳と幼いながら、すでに美丈夫という形容がよく似合った。
「ああ。先ごろ飢饉が襲った地方か。
そうだな…少し税率を下げるように進言してやらないと、飢えてしまうな。」
権限はまだそれぞれの親にあるものの、いずれ自分達の仕事になるということで、アーサー達は徐々に仕事を教わりながらこなしていた。
まだ子供らしい無邪気さを全面に、しばしば公務を怠りがちな他の跡取り達と違って、ルートはアーサーと同じく、己の責務を全うしようと生真面目に取り組んでいる。
二人はある意味仕事上の良きパートナーで、また、良き理解者である。
いつもの紙を切るという儀式を終えて浮上した所に、立場を同じくするルートが姿を現したことに、アーサーの心はさらに浮上した。
彼だけは自分の大変さも辛さも自らのモノとし、共感してくれる。
「お前もこんな遅くまで大変だな」
と労りの言葉をかければ、
「それはお前もだろう。」
と、返ってくるのが嬉しい。
自分だけではない…それはアーサーの孤独な心をかなり癒してくれた。
おそらく不定期に夜の海へと船を出させるアーサーを追って、飢饉の地方の税率の相談をするということが、ルートの今日の自分に課した責務なのだろう。
アーサーの船に横付けされた船にちらりと視線を落としてアーサーは小さく微笑んだ。
「この地方の財政を立て直すのにどのくらいの期間、どのくらいの減税が必要だろうか…」
「そうだな……」
ところがルートの手で広げられている羊皮紙を前に二人が考え込んでいると、それはスッと取り上げられてクルクルと丸められ、ポン!とアーサーの手に渡された。
「ルートが悩むより王子に任せちゃった方が早いっしょ。
いい加減にルートも休まないと身体壊すよ?」
ヘラリとした声に振り向くと、そこにはルートの乳兄弟で臣下、フェリシアーノが立っていた。
「フェリシアーノ、何勝手な事をしているのだっ!」
とそれにムッとするルートだが、フェリシアーノは堪えた様子もない。
「あのね、ルートも王族である前に12歳のお子さんだからね?
ちゃんと休息は取らないと駄目だし、娯楽も必要だよ。」
「…すぐ年上面するが貴様だって13歳で、たった1歳上なだけだろうが。」
「そうだよ~。俺だって子どもだからね。たまにはルート一緒に遊んでよ。
でないと俺寂しいよ」
ムキになってポコポコ怒るルートを笑顔でかわして、フェリシアーノは、というわけで…と、アーサーを振り返った。
「ルートもう1週間くらいずっと働き詰めなんで、ちょっと休み取らせてやってね。
言ってもらえないと本気で一年365日働き続けちゃうから」
と、困ったように…それでも愛おしげな目をルートに向けるフェリシアーノ。
それに
「ああ、そうだな。ルート、適度な休息を取るのも自己管理には大切な事だ。
明日、明後日は仕事から離れるように。俺の命令だ。」
アーサーは不満気なルートにそう言い渡す。
「お前のせいで仕事ができなくなっただろう、フェリシアーノ。」
王子の命令は絶対だ。
だが消えない不満をフェリシアーノにぶつけるルートに、フェリシアーノは楽しそうに
「はいはい。俺のせいだよね。ごめんね。
だから明日は鈍った身体を動かしがてら一緒に遠乗りに行こう。
付き合うからさ。」
と、誘う。
「仕方ない。それで手を打ってやろう」
と言いつつ、ルートもどことなく嬉しそうだ。
「それじゃ、失礼しま~っす」
「失礼する」
と、アーサーに挨拶をしてじゃれあいながら戻っていく二人。
それを見送ってアーサーはポロリと涙を零した。
同じじゃない…。
ルートにはいつもいつも心配して構ってくれるフェリシアーノがいる。
一人ぼっちは…俺だけだ…。
ズキン、ズキンと痛む胸を抱えて、王子はその場にしゃがみこんで嗚咽をもらした。
寂しい…寂しい…誰か助けて…
声にならない声が海の上、波の合間に消えていく。
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