天使な悪魔_ギルアサ
――アルト、調子に乗って走りすぎると病院に逆戻りだからなっ 中央ライン地域の北部。 もっと北に行けばのどかな農村地帯だが、北部でも中央に近い地域は大きな庭園や城の多い観光地である。
…ト……ギル……ト チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえる。 眩しい……
ギルベルトが、(ああ、これで大丈夫…)と、穏やかな気持ちで最期の時を待っていた時、その最悪な事態は起こった。 ――…ギル……? 小さな小さな声。 少し寝ぼけたようなその声に一気に肝が冷える。 襲撃者が銃を向けた先、眠っていたはずのアーサーが目を覚ました。
1人でベッドに入るとアーサーはいつも思う事がある…。 それは、このまま眼が覚めなければいいのに…なんて、そんなことで… だって生きていると言う事はギルベルトにただただ何か迷惑をかけ続けるという事だ。 アーサーはベッドの中で小さくため息をついた。
――おい、俺様の事は気にせず寝てて良いんだぞ? 本当に夜で眠ればギルベルトが書斎に戻るという時以外、ギルベルトが付き添っているとアーサーはいつでも目を開けていた。 何をするわけでもない。 枕もとの椅子で本をめくるギルベルトをつぶらな目でじーっと見あげている。
「アルト、今日はどうだった? あ、こいつはここ来る途中の店で一緒に来たそうにしてたからな」 アントーニョとフランシスが部屋を出ると、ギルベルトはそう言ってアーサーの顔を覗き込みつつ、手の中の小さなクマのヌイグルミをそっとアーサーの手に握らせた。
――なあ…フランがさ…ギルの大切な他人になれないか? それは前回の騒動から半月ほどたった頃だった。 当日から1週間ほどはギルベルトは本当に子育て中の野生動物のように神経質になっていた。 なにしろアーサーの側から片時も離れようとしない。
「あの…ギル……」 眠る時にはぎゅうっと抱き締められていて、目を覚ますとやはり抱き締められている。 ギルベルト自身の仕事は?食事は?睡眠は?と思うものの、それを聞くと 「そんなこたぁどうでもいい」 と答えられる。
(…あほらし……いつもみんな、人間そっちのけで軍隊なんてわけわからん集合体に振り回されていくんやんな……) ギルベルトがおかしくなった…と、アントーニョが聞いたのは午後の訓練が終わり、次の作戦の打ち合わせに入る前だった。
アーサーが西ライン軍、東ライン軍、そして自分の現状を理解したその日、大騒ぎになった。 どうやら発作を起こしたらしい。 気がつけば体中に色々な管が付けられていて、顔面蒼白のギルベルトが顔を覗き込むようにしていた。
「やっぱあれだな…。部外者の出入りは第八エリアまで。 居住区はもちろん、商業区も出入り禁止の方向で。 資材の積み下ろしは商業区と第八エリアの境界までは許可で、その後は内部の人間に運ばせること。 もちろんそのあたりの監視カメラはさらに増やして監視強化の方向で」
アーサーがギルベルトの元に来て半月ばかりの月日がたっていた。 そしてそれだけたつと、自分たちを取り巻く事情もおぼろげにわかってくる。 確かに自分は疑いようもなく、偉い軍師様を狙う自軍の攻撃に巻き込まれたらしい。
ギルベルトはそのクールな見かけによらず可愛いモノが大好きだ。 弟のルートだってクヌートというクマのぬいぐるみをこっそり部屋に隠し持っているし、アントーニョに至っては可愛いは正義を公言してペド疑惑が出る程度には子どもを追いかけまわしている。 殺伐とした環境で生きていると、皆、...
「ギルちゃん、これちゃう?」 その小さなカプセルを見つけてくれたのはアントーニョだった。 そしてそれは確かに自分が以前老人のために用意したもので… 恐ろしさに震えながらも一抹の期待を胸に自らが設定したナンバーを押すと、開く扉。 その中が空ではなかったことにギルベルトは...
ギルベルトには訛りがあった。 それはアーサーの実母と同じ中央地域でも北部の訛り。 それを知ったのは出会ったその日。 ギルベルトは自分の名を名乗ってギルと呼んでくれと言い…そしてアーサーの名前を聞いて ――アーサー…アルトか… と呟いた。
「ごめんな。ほんっとうに悪い。 1週間前には絶対に中央入りしようと思って休暇も取ってたんだけどな。 仕事でイレギュラーがあって、今速効で戻ってるから。 すぐ…そうだな、明日には中央入り出来る。 ぎりぎり前々日とかほんと心細いよな、ごめんな。」
「なんや、ギルちゃん、ご機嫌やん」 ところ変わって、東ライン軍の執務室。 老人の手続きのためにとった1週間の有給を終えて基地に帰ったギルベルトにそう言ったのは、頼んでいた土産をせびりに来たローティーンの頃からの付き合いの悪友アントーニョ。 冷たく近寄りがたく見えるギル...
その日はとにかく暑かった。 アーサーが住む中央ライン地域には手厚い医療制度がある。 最低限の活動をするための医療費は全て無料。 そしてその恩恵を受けなければならない病をアーサーは患っている。 本来なら無い方が良いそれはしかし、ある意味アーサーの命綱であった。
――1本いかが? と伸ばされたのは真っ赤な爪が目を引く白い手に握られたシガレットケース。 胸元の開いた…というより、たわわな胸を強調した赤いワンピース。 腰はきゅっとしまり、しかしヒップは女性らしい丸みを帯びている。 無造作に見えておそらくかなり計算して作られている...
天使な悪魔_ギルアサ 目次
各章リンク 1章 2章 3章 4章 5章 6章(終) あらすじ 1章 東ライン軍の軍人ギルベルトは病院が密集する中立地帯で世話になった老人の最期を看取った帰り道、体調を崩して倒れている少年アーサーを助ける 2章 ギルベルトがアーサーを入院さ...