天使な悪魔 第一章 _3

「なんや、ギルちゃん、ご機嫌やん」

ところ変わって、東ライン軍の執務室。

老人の手続きのためにとった1週間の有給を終えて基地に帰ったギルベルトにそう言ったのは、頼んでいた土産をせびりに来たローティーンの頃からの付き合いの悪友アントーニョ。

冷たく近寄りがたく見えるギルベルトと違って非常に人懐っこさに溢れたクリっとした垂れ目がちの目をした男である。

そうはみえないが周りを気にして細やかに気遣いながら生きているギルベルトと反対に、自分がやりたいことや興味のある事以外には全く関知せず我が道のみを行きまくる男なのだが、そんなKYと言われるほど他人を気にしない男にそう言われるほどには自分は浮かれていたのか…と、ギルベルトはいまさらのようにおかしく思った。

「ああ、中央南部のトマトの種だよな、ほらっ」
滞在中に寄った農村部の農家から直接分けてもらった種。
その袋をぞんざいに放り投げるとアントーニョは器用にそれをキャッチしつつ、乱暴にせんといて、と、自分が興味のあるモノ以外にはそんなものじゃないレベルで乱暴な扱いをするくせに口を尖らせて文句を言う。

それに一言二言そう言いかえしたいところではあるが、そんなことより総務にまた休暇届けを出さなければならない。
そう思い立って、休暇を取ったばかりでまたくれとは言いにくいし申し訳ないなと思いつつも休暇願いを書くことにする。

てっきり言い返されると思ったら書類に向かうギルベルトに、その手元を覗き込んだアントーニョは
「またなん?仕事大好き人間のギルちゃんにしては、最近えらい休むんやな」
と、不思議そうに目を丸くした。


と、そこでさらに勝手に他人の執務室に入って来て、いきなりアントーニョ同様の行動を取る人物が1人。

「あー、行き先また中央ラインの病院?
ねえ、いい加減白状しようよ。
昔馴染みとか言って、実は特別な子なんでしょ。可愛い子?」
と、言うのはもう一人の悪友のフランシス。

奥のギルベルトのデスク横まできて、アントーニョと同じように書類を覗き込んできた。




アントーニョは実働部隊、フランシスは諜報部と、所属は分かれたものの連携する事もあるし、プライベートではいつもつるんでいるため二人ともギルベルトが定期的に中央の病院に見舞いに足を運んでいるのは知っていた。

もちろんギルベルトとしては嘘をつく理由はないので昔馴染みの老人の見舞いだと言っていたのだが、二人とも、特にフランシスははなから信じずずっと可愛い幼馴染だと思っていて、いつも白状するようにと口にする。

俺様はお前じゃねえ!…と、何度否定しても信じないので、今回の諸々はもっと信じないだろうなと思いつつ、それでも生真面目なギルベルトはやはり真実を告げた。

「ああ、実はじいさんが1週間前に亡くなってな。
その帰り道に倒れてる奴見つけて、なんとなく助けてじいさんと同じ病院に放り込んだんだ。
で、落ち着くまでと思って向こうで見舞いに通ってたんだけど、仕事あるしな。
一旦戻ってきた。
でもそいつ心臓悪くて1カ月後に手術だから、その時にはまた来てやるって約束したから…」

と、自分で言っててもなんだか怪しい。

「あ~ギルちゃん、そこまでやとあかんわ。
もう嘘ばればれやん。
やっぱり可愛え子やったん?」
と、今まではギルベルトの言う事に否定も肯定もしていなかったアントーニョにまで思い切り嘘と認定された。

でも仕方がない。
だって本当の事なのだ。

助けた子ども、アーサーが可愛いかどうかといえば、かなり可愛い部類に入ると思うのだが……

ぴょんぴょんとはねた子猫のような手触りの金色の毛にクルンと綺麗にカーブを描いた同色の長いまつげ。
それに縁取られた少し吊り目がちだが大きくまるい淡いグリーンの瞳も、まるで子猫のそれのようで愛らしい。
全体的に小動物のようなその容姿を脳裏に浮かべて

「まあ…可愛い…か」
と、思わず呟くと、悪友達は2人そろって、はぁぁ~~と大きくため息をついた。

「とうとう暴露してもうたわ…」
「うん…認めるまで長かったよね…」
「まあ…いくらギルちゃんかてこんなに足しげくとか、おかしい思うたわ」
「ね、お兄さんの言った通りだったじゃない?」

交互に紡がれる2人の言葉に、ギルベルトは慌てて否定した。

「ちげえよっ!!嘘じゃねえっ!!
今まで通ってたのはほんとにじいさんのためで、可愛いのは今回助けたやつで……」
と、思わず言って、しかしすぐ自分が口にした言葉に気づいて赤くなって口ごもった。

「…ギルちゃん特別作らんかったんは、そういう事やったんやな、やっぱり」
「…別にお兄さん達取ったりしないよ?さすがにギルちゃんの純愛踏みにじるような美しくない事はしないから……」
と、二人して生温かい視線を送ってくる悪友達。
もうこれはこれ以上何を言っても無駄だろう。

「勝手に言ってろよ」
と、もうそれは放置する事にして、ギルベルトは書いた休暇届けを出しに、総務課に向かう事にした。



可愛い…確かに可愛い。
実は小さいモノ、可愛いモノがギルベルトは好きだ。
だがそれらには大抵怯えられる。

悪友の一人アントーニョなど、一度戦場に出れば飛び道具すら使わずに大ぶりのナイフ1振りで瞬時にすごい数の敵の喉を掻き斬るなど朝飯前の、敵からすれば悪鬼のような男だ。
そんな男なのに、少し垂れ目がちの人懐っこそうな容姿のせいだろうか。
子ども好きなのはギルベルトと同じだが、子どもの方にも懐かれる。
ギルベルトが近づくと引きつった顔で固まる子ども達が、アントーニョの腕には当たり前におさまり、背中によじのぼったり、足元にまとわりついたりと、おおはしゃぎだ。

だからあの日…一応相手の事を助けたわけだし、悪い人間とは思われないだろう…そんな期待を裏切って、説明のために訪れた病室でいかにもまだ少年と言った可愛らしさの残るアーサーに怯えたように硬直された時は、ああ、またか…と、泣きたい気分になった。

何もしないのに…仲良くしたいだけなのに…と思いながらも相手は病人。
特に心臓が悪いのだから恐怖心やストレスを与えるのはよろしくはないだろうと、即撤収しようとしたら、何故か引き留められ、そこからはおずおずとだが気を許してくれて話をしてくれるようになった。

もう感動ものだ。
おそるおそる子猫の毛並みのような髪を撫でればくすぐったそうに身をすくめる様子の可愛らしい事。

最初ギルベルトの事を老人だと思っていたから若くて驚いたのだ、という言葉は嘘ではないだろうが、それだけでもないだろう。
気を使ってくれているのだとは思うが、それでも徐々に普通に話をしてくれるようになって嬉しかった。
本当に嬉しかったのだ。

と同時に気が引き締まる。
最初の怯えた様子…あれは一般人としては正しいというか、ああいう反応をみせたからこそ、アーサーは本当に一般人なのだろう。
だから間違っても自分のいざこざに巻き込んだりしないようにしなければ。
絶対に自分に関わりのある人間だと知られてはならない。

だから自分は老人の時と同様に、月に1度ほどこっそりと見舞う他は、医療費を振り込むだけだ。
それ以上近づけば、きっとあの小さく弱い命はあっという間に摘み取られてしまうだろう。

(…ああ…でも引き取りてえなぁ…一緒に暮らしてぇ…)

仕事から疲れて帰った時、別に何をしなくてもいい。
あんな子どもが部屋で待っていたらきっと和むだろう。

誰かが待っている温かい部屋…そんな環境を持てた事はないのだが、どこか懐かしい気がする。

そんな優しい夢を胸にソッとしまって、ギルベルトは書類に向かう。
西ライン軍の動きを確認。
今回も戦場に出て指揮をする方が手っ取り早いしそうする事になる。

その前に自分に何かあった時にあの子が困らないように、一生分の医療費や生活費をまかなえるよう手配しておこう。

自分が死んだ時には…などとあまり明るくない想像なはずなのだが、アーサーの事を考えると何故か心が温かくなる。
何を考えてもあの子が関わっていると思うと幸せな気分だ。

初めて感じるそんな気持ち…それが何なのかを敢えて見ぬふりで、ギルベルトは仕事に気持ちを戻した。



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