天使な悪魔 第四章 _3

「あの…ギル……」
眠る時にはぎゅうっと抱き締められていて、目を覚ますとやはり抱き締められている。

ギルベルト自身の仕事は?食事は?睡眠は?と思うものの、それを聞くと
「そんなこたぁどうでもいい」
と答えられる。



困った…と思う。

このままでは自分が陥れるとか暗殺するとか言う前に、普通に衰弱死してしまうんじゃないだろうか…。

どうしたら食べてくれる?休んでくれる?
このところまさに自分の方が心配されていたことと全く同じ心配を、アーサーはギルベルトに対してしているのである。

自分は大丈夫だから…と言っても信憑性がないだろうし、もうしないから…と言っても信じてはもらえない。

正直何故ギルベルトが自分にそこまで執着しているのかがわからない…というのが本当のところで、どうしたらいいのかわからず、アーサーは途方にくれている。

…どうしたらいいのかわかんねえんだよ……
アーサーの頭に顔をうずめたまま、くぐもった声でそう言うギルベルトに、それはこっちの台詞だと言いたい。

…なあ、俺様怖いか?
と唐突に聞かれて悩む。
何故そんな話になるのだろうか…。

…確かに多少四角四面なとこはあるかもしれねえけど…
いやいや、四角四面だったらアーサーを拾った時元の病院に連れて行って終わりだろう。

…アルトが大事だ……
いやいやいやいや、だからどこからそういう話になるんだ??
頭に顔をうずめられたままのギルベルトに見えないのは幸いだが、自分の顔は今きっと真っ赤だ。
非常にてんぱって硬直していると、ノックもなしにドアが開き、まさに真っ赤な顔をドアを開いた男に見られて、思わず俯いた。

「あーギルちゃん、自分のお宝ちゃん、顔真っ赤になっとるで?
力入れすぎてへん?」
「え?マジかっ!!わりっ!!」
ゆる~い感じの独特の口調で指摘されたギルベルトは慌てて腕の力を緩め、
「大丈夫かっ?!本当に悪い。医者呼ぶかっ?!」
と顔を覗き込んでくる。

いやいや見ないでくれ…と思いつつアーサーが俯き加減に首を横に振ると、しょぼんとうなだれる。
ギルベルトはとても強くて賢くて、なのにたまに可愛い。

一生懸命大切にしてくれているのがわかる。
世間知らずという意味ではアーサーもそうなのだが、なんというのだろうか…一般人と接し慣れていなくて加減が分からない…そんな感じだ。
とてもおそるおそるアーサーに接してくる。
それがなんだかくすぐったくて、こんな時なのに少し温かい気分になった。

ふわふわと温かく…でもすぐ弾けて消えてしまうシャボン玉のような幸せ…
ああ…消したくないなぁ…とまた思って気持ちが沈みかけた瞬間、

「ちょおギルちゃん席外してくれる?親分、自分のお宝ちゃんに用があんねんけど…」
と、にこにこと邪気のない笑顔でアントーニョが言う。

「へ?」
「伝えとかなあかんことあんねんて」
ぽかんとするギルベルトに飽くまで笑顔で押すアントーニョ。

「それは…俺がいたらダメなことか?」
前回の事もあり、少し警戒気味にアーサーを抱きしめる手に少しギルベルトは力を込めるが、やっぱりアントーニョの笑顔は変わらず
「あかんことやから席外したってって言うとるんやけど」
と続ける。

ギルベルトから発せられる不穏な空気とよく読めない笑顔のアントーニョの間でアーサーはハラハラするが、折れたのはギルベルトの方だった。

「信用する…」
と一言言ってベッドから降りて一歩離れる。
「おん、信用したって?親分いつも裏切ったりせえへんやろ」
「まあな…」

小さくため息をついて終わったら呼んでくれと部屋を出て行くギルベルトを見送って、おずおずと自分を見あげるアーサーに、アントーニョはいつもの人懐っこい笑みを浮かべると、ズルズルとベッドの横まで椅子を引きずって来て座った。

「そんな緊張せんといてな~。
別に難しい話したいわけやないんや。
ま、どっちかっていうと逆やなぁ」
「逆?」
「そそ。みぃんな色々難しく考え過ぎてごちゃごちゃしとんとちゃうかなぁ思うてな。
一緒に整理していこて思うて今日はここ来てん」

ぽんぽんと頭を軽く撫でながらそう言うアントーニョは、初めて会った時と本当に変わらない。
いつでも人の良い近所のお兄さんのようで、力が抜ける。
ホッと小さく息を吐きだして体の力を抜くアーサーに、やっぱりへらりと笑ってアントーニョは問いかけて来た。

「アーサーは自分がスパイやったらどないしよ、ギルちゃんに迷惑かけてまうと思うて死のうとしたって聞いとるんやけど…それやったらスパイやってわかってからでもええんちゃう?」

いや…それはそうなのだが……分かっている…もう分かっているわけで……
そう言うに言えずアーサーが俯くと、アントーニョは苦笑する。

「アントーニョは…ギルの事好きか?」
それは一つの決意だった。
ギルベルトはアントーニョを信頼すると言って、アントーニョはギルベルトを裏切らないと言った。
その言葉を信じてアーサーは思い切って顔をあげた。

「絶対にギルの安全を第一に考えてくれるか?」
「親分はギルちゃんの事好きやし、悪いようにならんようにていつも思うとるよ」
その唐突な質問に全く驚く様子もなくアントーニョは穏やかな口調で返してきた。
それに大丈夫かもしれない…とアーサーの心に希望の灯がともる。

それでも保険をかけながらアーサーは言った。
「じゃあ…もし俺がギルを騙しているスパイだとしたら、アントーニョはギルが悪いんじゃないって軍の偉い人に言ってギルが困らないようにしてくれるか?」

その質問にアントーニョは、ん~~と考え込み、それから何故か小さく笑った。

「あのな、もし今の時点で自分が本当はスパイやったとしてな?
取っとる行動ってギルちゃんに迷惑かけたらあかんからって自分が死のうってもんやで?
それ、スパイになっとらんやん」
「…あ……」
「まあ…もし途中で記憶が戻ってスパイやってわかったとしてな、それでもこんなフラフラな病人に殺されるほどギルちゃんは弱ないし、情報かて部外者に漏らしたりせえへん。
て言うか…自分の病気に負担になったらあかんからて、なるべく軍の関係の事は口にせえへんようにしとるから、探りようもないし?」

「でも…例えば俺の身元とか本当は軍の人間とかだって言う人間が現れたら?」

そう、アーサーが動こうとしなくても、そうやってアーサーが草だと言う事をばらすことでギルベルトを貶めようとしてくるかもしれない。
アーサーにとってはそれが一番可能性が高く心配だったことなのだが、それもアントーニョに笑って一蹴される。

「それ…誰が信じるん?
自分な、そんな目的で敵地に潜伏したりしたら、ストレスで病気悪化して死んでまうで?
むしろそんな事言いだす奴がおったら、逆にそいつが怪しまれるんちゃう?」

「怪しまれ…る?」

「そりゃあそうやろ。
ギルちゃんからは情報漏れとらん。
スパイやって言うとる相手は重い病気でストレス与えたら死んでまうような子ぉで。
その子が死んでもうたらギルちゃんがダメージ受けるのは目に見えとる。
それでもそうやってその子にストレス与えるような中傷広めようとしとるってことは、逆にそいつ自身がギルちゃんにダメージ与えようとしとるとしか考えられへんやん」

「そういうもの…なのか?」
「アホでもわかるで?」
「そう…か……」

体中からどっと力が抜けて行った。
そうか…そうなのか…自分がギルベルトから情報を引き出して流すような事を――出来るかどうかは別にして――しない限りは、自分がスパイとして認識されてギルベルトに迷惑をかけたりすることはないと思って良いのか……

「でも…万が一…本当に万が一、そう言う事で俺がギルに迷惑かけそうになったら、アントーニョが俺の事はギルのせいじゃないって証明してくれるか?」

それでも絶対じゃない限りは怖くて、さらにそう縋ると、アントーニョは少し悲しそうに…困ったように眉を寄せて
「そうやなぁ…もし庇いきれなくなったら、二人をここから逃がす手伝いしたるわ」
と言ってアーサーの頭をくしゃくしゃとなでる。

「それじゃあギルに迷惑だろっ」
とそれにアーサーが抗議すると、それでもアントーニョはゆっくりと首を横に振った。

「あかんよ。ほんま自分が大事やって思うとった相手を守り切れずに死なれる事ほど辛いことはないさかいな。
親分は身内と他人、1人ずつおって、1人は死なせてもうたけど……気ぃ狂わんと生きてこれたのは、死なせてもうたのが身内の方で、他人の方は守れる部分が残っとったからや。
逆やったら自分も死んでもうてたかもしれへん。
せやから…ギルちゃんを絶対にそんな目にあわせられへん。
あわせへんための協力ならいくらでもしたるけど、自分の手ぇでそんな目にあわせるなんてとんでもないわ」
口は笑みの形を作ったまま、しかしアントーニョの目はどこか悲しげに深く色を変えている。

「身内より他人…なのか?」
アントーニョには珍しく重い空気にどう返して良いかわからずそう聞くと、アントーニョは少し浮上したように、穏やかな様子で言った。

「おん。身内はな…偶然配置されて嫌でも切れへん関係やん?
けど、大事な他人っちゅうのは関係結ぶのも気持ちがなければ結ばれへんし、切ろうと思えば切れてまうのを、自分が一緒に居る為の努力をしても一緒におりたいって思うて初めて一緒におれる相手やろ?せやから重さがちょお上やねん。
ギルちゃんかて大事な身内はおるけど、その身内かてそのうち誰か一番大事な他人を見つけるやろうし、お互いにお互いがおらんくなっても悲しみはしても立ち直って行くやろけどな、大事な他人はあかん。
親分みたいにいっつもいっちゃん危ない場所に特攻するような仕事しとって怖いモンなんかないように思える人間かて、大事な他人なくす事考えたらめちゃ怖いで」

「大事な…他人……」

「そうやで。自分はギルちゃんにとっていっちゃん大事な他人やさかいな。
ギルちゃんが大事やったら自分の身ぃを危険にさらすような真似したらあかんし、大事にせなあかん」

果たして自分はアントーニョの言うギルベルトにとっての大事な他人にあたるのか、それは疑問なわけだが、確かに優しいギルベルトの事だ。
保護していた相手にいきなり死なれたりしたらショックを受けるだろう。
ギルベルトを傷つけたくなければ、むやみに自分を傷つけるのもよろしくはなさそうだ。

「うん…わかった。ありがとう、アントーニョ」
とりあえず礼を言うと、笑って頷き、
「ほな、ドアんとこでヤキモキしとるギルちゃん呼んだるな」
と、アントーニョは立ち上がる。

「あ、アントーニョ…」
と、そこでアーサーが思い出して呼びとめると、
「おん?」
と足を止めるアントーニョ。

「ギルに…ちゃんと休んで飯食って仕事行ってくれるように…」
「ああ、それはちゃんと言うたるわ。
逆もしかりやしな。
ギルちゃんがそんなんやったらアーサーも落ちつかへんわな」
と、皆まで言わずに察してくれるアントーニョは、他が言うように空気が読めない男…KYではないように思う。

こうしてこの件はアントーニョの仲裁でなんとなく解決とまではいかないまでも少しだけ良い方向に落ち付いたかのように見えた。

が…やはりそれで全て解決とはいかないのが世の常である。
次の波乱の足音がひたひたと近づいてきているのを、予測できるものは誰もいない。



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