本当に夜で眠ればギルベルトが書斎に戻るという時以外、ギルベルトが付き添っているとアーサーはいつでも目を開けていた。
何をするわけでもない。
枕もとの椅子で本をめくるギルベルトをつぶらな目でじーっと見あげている。
じゃあ何か用があるとか話したいとかそういうわけでもないらしい。
「何か欲しいのか?」
と、ギルベルトが聞くといつだって首を横に振る。
だから自分に気を使っているのかと思ってギルベルトがそう言うと、アーサーはやっぱり小さく首を横に振って、そして言うのだ。
…だって…もったいないだろ…
何が?時間が?と、その言葉にギルベルトが首をかしげると、アーサーは笑って言う。
そう長い時ではないのだから、一緒に居る時に眠ってしまって見ていなかったらもったいない…と。
それはあるいは多忙なギルベルトの生活サイクルにおける時間の事をさしていたのかもしれないし、100年弱しかない人の一生について論じたのかもしれない。
が、今までの事…アーサーの容態…これから起こるかもしれない事をいつもクルクルと脳内で考えているギルベルトにとっては、この上なく胸がしめつけられるような悲しい言葉として響いた。
幼い頃から見に付けたはずの自制とかポーカーフェイスとか、そんなものはアーサーの前ではいつだって消えてしまう。
その時はどうこたえたのか……
確かもう言葉なんて全てふっとんでしまって、何かこみあげてきて、気づけば、『泣くなよ、馬鹿だな…』と、アーサーに慰められていた気がする。
たぶん…アーサーはいつでもその時が来るのを覚悟していて、ギルベルトは覚悟が出来ていない。
覚悟なんて本当に全くできていないのだ。
前総帥であった父も国に帰された時に引き取ってくれた叔父もその後面倒を見てくれた老人も…全て通りすぎて行くという認識を持っていた相手だった。
1人楽しすぎる…と強がって、自分を叱咤しながら生きて来た。
生きられるはずだった。
でもやっぱり1人楽しすぎる事が出来たのはそれしか知らなかったからで、2人を知ってしまえば、人は2人が寄りそって出来ているものだと思い知る事になった。
わかってしまえばもう1人で踏ん張る事はできない。
『俺様1人で気楽だし最強!』などと寄りそう人間達を見て1人で笑えた頃には戻れない。
…心臓…つながってれば良いのにな……アルトの心臓が止まったら1分以内に俺様の心臓も一緒に止まっちまえばいいのに…
と、最近はそんなことまで思い始めている。
バカバカしいとは思うモノの、それでも……もうアーサーがいない世界なんて本当にギルベルトにとっては価値がない、要らないものなのだ。
「良いだろう。
お前を生かして基地に連れて帰れれば大手柄ではあるが、死んでいたとしても仕事としては完遂だ。
無駄な殺生をしてもしかたない」
どのくらいの時がたったのだろうか…侵入者がようやくそう答えて来た時には心底ホッとした。
これで…アーサーが助かる。
手術が出来るところまで体力が回復してくれるかどうかは別にして、最悪でも柔らかなベッドの上で穏やかな最期を迎える事ができるだろう。
心の底から安堵してギルベルトは肩の力を抜くと詰めていた息を吐きだした。
たぶん出会った瞬間に一目惚れをしていた。
それからしばらくは怯えられていたのが、少しずつ…本当に少しずつ気を許してくれるようになる様は、まるで人慣れない野良の子猫が懐いてくるようだと思った。
可愛かった。
ギルベルトの人生はいつだって戦いで、相手は好き嫌い関係なくいつでも自分から切り離す事ができるように心を武装していたように思う。
なのにアーサーはいつのまにか誰も踏み込まなかったギルベルトの心の奥の一番繊細で柔らかい部分に鎮座するようになってしまっていたのだ。
可愛くて愛おしくて…
本当はずっと一緒にいたかったけれど…
でも血に濡れた自分の人生の中で唯一綺麗なものだったから、汚したり傷つけたりする前にこういう形でアーサーの身を守る術だけを残して消えるのが、実は一番良い事なのかもしれない…
そう思う。
アルト…アルト
少しでも居心地の良い温かい場所で幸せに生きろよ。
俺様はそのためならなんだってやってやる。
お前を幸せの中に留めるためなら俺様はなんだって出来るから……
「じゃ、とりあえずあれだな。
お前さんが信用できないっつ~んなら、左手もばっさりやっちまってくれ。
で、アルトに影響しねえようにここからさっさと離れて、後は殺すなり拉致るなり好きにすりゃあいい」
そう言ってギルベルトはやはり両利きなのだろう
アーサーに銃を向けているのと逆の手に銃を持つ男が打ち抜きやすいように、左手を肩の高さまであげた。
…だって…もったいないだろ…
脳裏に浮かぶのはアーサーの言葉
ああ、そうだな、アルト。
確かにそうだ。
もう時間があまりないなら少しでも長く……
幼い頃から常に気を張り詰めてきた人生の最期…
その目は外敵など一切映さずただ一番愛しく大切な相手に向けられていたためそれは思いのほか非常におだやかでとても幸せな気分だった。
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