天使な悪魔 第三章 _4

「やっぱあれだな…。部外者の出入りは第八エリアまで。
居住区はもちろん、商業区も出入り禁止の方向で。
資材の積み下ろしは商業区と第八エリアの境界までは許可で、その後は内部の人間に運ばせること。
もちろんそのあたりの監視カメラはさらに増やして監視強化の方向で」



出来るだけ瑣末な会議は避けて時間を作る事にしていたが、今日の会議は最近増えている軍部内に侵入した敵軍のスパイ対策なので、アーサーの安全にも関わるし出ないわけにはいかない、と、ギルベルトは久々に内部会議に出た。

もう二度と巻き込ませるつもりはない。
そのためには基地内の安全を完璧にしなければならない。



ギルベルトの最愛の少年アーサーは心臓を病んでいる。
本当は出会って1カ月後に手術をする予定だったのが、事故で病院が瓦解。
それでは軍の基地内で…と思ったのだが、事故のショックで心肺停止したり、記憶を失ったり諸々で、心臓の方が悪化してしまったらしい。
その状態で大きな手術は耐えられないだろうと言う事で、今療養中の身である。

絶対的に安全にして快適な環境で体調を整えさせて、アーサーに手術をうけさせねばならない。
それが今のギルベルトの最優先事項だ。

そのためには記憶喪失で不安定なアーサーのメンタルのためにと、出会って一カ月強だというのに幼馴染だとプライベートでは慣れぬ嘘までついた。

なのにそんなギルベルトの気持ちとは裏腹に、元来遠慮深く謙虚な性格なのだろう。
アーサーは気を使うばかりで甘えてはくれない。

こちらが見ていて恐ろしくなるほど細い食。
雀の涙ほどしか食べないので少しでも食べられそうなモノを…と、もう言ってくれれば西ライン地域側のモノでさえ金にあかせて取り寄せる覚悟で何でも言えと言っているのに、その口から出て来るものときたら、せいぜい『そんなに良いものじゃなくて良いから…朝昼晩の分くらい紅茶があったら嬉しい…』で、自分もそれほど贅沢をする方ではないのだが、いくらなんでものささやかさに絶句していたら、『あ、ダメなら一日一回分だけでも…』などと慌てたように言われたので、高級茶葉を取り寄せて、自分達の中では比較的その手のものを淹れるのが上手そうなフランシスに淹れさせている。

自分的に美味いと思うものを食べさせれば、ほんわりと嬉しそうな顔をするので食べたくないとかではないのだろうが、絶対に自分から要求する事はない。
だからギルベルトは最近何か美味いものがあると聞くと、とりあえずアーサーのために取り寄せるようにしていた。

諜報部…ということもあるが、元々フランシスはそのあたりの情報に通じていて確かに重宝する。

それにくらべ…
天才軍師などとちやほやされつつ自分は戦い以外の事を何も知らないのだ…と、アーサーの事があって以来、本当に思い知らされた。
これがアントーニョが自分の立場ならアーサーももう少し気軽に甘えられていたのではないか…とか、フランシスなら言われるまでもなく貰って嬉しい物を用意出来たのではないか…とか、考え始めてみるとかなり落ち込む。

先日も朝、なんだか様子がおかしいと熱を測ってみたら40度あって、心臓が止まるかと思った。
アーサー自身は夜中に体調の不良を感じたらしいが、『みんな寝てるだろうし悪いから…』と、言わずに堪えていたらしい。

言ってくれっ!!!
もう泣きそうになった。
本当に本当に…アーサーは今自分がどれだけギルベルトの生活の中での重要度が高いのかを全くわかっていない。

小さな風邪や怪我で体力を取られれば、それだけ手術が遅れて死亡率が増加する。
…というか、ちょっとしたことで止まりかねない心臓を抱えていて、風邪は喘息の発作を引き起こして悪化させる可能性すらあるのだから、手術云々以前に簡単に死んでしまうのだ。

実際その朝のアーサーはゼイゼイとぜい音をさせていて、体内の酸素の濃度が著しく落ちていた。

そんな状態だからギルベルトは気が気じゃない。
本当に気が気じゃないのだ。

表面上は落ち付き払って淡々と職務をこなしながら、しかし気づけばデミタスカップのコーヒーに5杯目の砂糖を入れているのをルッツに凝視され
「兄さん…大丈夫か?少し休んでは?」
と心配された。

「あ、ああ、今日は特別甘いやつを飲みたい気分だったんだよ、大丈夫だぜ」
などとそれに返し、スプーンで溶けきりそうにない量の砂糖の入ったコーヒーをグルグルと掻き回して飲み干したが、吐き出しそうなくらいダダ甘かった。


そんな風に心配して心配して振り回されながらも、部屋に戻って可愛らしい表情で刺繍を刺しているような様子を見られる時はこの上なく幸せな気分になる。

スパイだ戦略だと殺伐した日常から一転、そこは花の舞い散る天国だ。癒し空間だ。
本当にそこはギルベルトにとって大切な大切な箱庭なのだ。
別に自分が入らなくても良い。
自分はそれを守る門番。
それか財布で良いとすら思う。

本当にもっとも尊い清浄化された空間だ。
自分のような血なまぐさい人間が足を踏み入れる事によって汚したくはない。
少し離れたところで見ていられれば十分だ。

そのくせその空間に住む天使がちらりとこちらに視線を向けてくれれば…あまつさえ少し嬉しそうな笑みを浮かべてくれれば舞い上がってしまうのだからしょうもない。

大事な大事なその空間を守るため、ギルベルトは今日も殺伐とした世界に身を投じるのである。


そんな風に天国警備員を自任するギルベルトにとって、その天国がある基地内の平和はもっとも重要な事案である。

ゆえに今回も自ら志願して会議に出席している。

一般人の諸々については多少不器用だったとしても、そこは天才軍師様の効果は絶大で、列席賜れると聞いただけで周りの士気が変わる。
活発な意見が飛び交った後、最終的な警備計画がまとまって、解散とあいなった。

とりあえずは警備体制を強めると同時に現在拘束中の何人ものスパイから解放と報酬を餌に個々に他の潜入者についての情報を引き出すらしい。
上手くいけばいいのだが…。

アーサーは当分気軽に出歩ける状態ではないのだが、出歩けるようになるまでにはせめて商業地区の絶対的な安全は図りたい。

まあ自分がついている限りは絶対に誰にも指一本触れさせる事もなく守る気満々だが、恐怖心は与えたくない。

商業地区を歩きつつそんな事を考えながら、ふと目に付いた雑貨屋に入り、小さなクマのぬいぐるみを購入。
すでにアーサーの周りには大小様々なクマが溢れているが、新しい子を迎えるたびに幸せそうな顔をしてくれるので、ついつい買ってしまう。

これでまたアルトの笑顔が見られるぜっ
などと浮かれつつ宿舎に向かうギルベルトの携帯がふいに振動する。

「…?」
フランシスからの着信だ。

「今から俺様そっち行くけど?なんだよ?」
何か買ってこいとかそういうものなのかと思い、そう声をかけるが、電話の向こうの妙に緊迫した空気に、即頭が切り替わる。

「すぐ行くっ!」
と何やら非常事態な事を感じ取ると事情も聞かずに電話を切り、ギルベルトはそれをポケットに突っ込んで、全速力で自室へと走り出した。



「はっああぁ?なんだそれっ???」

ギルベルトが部屋に着いた時にはすでに医師もナースもいて、何故かアントーニョまでかけつけていて、ゴツンとこぶしをフランシスに落としているところだった。
まあ…ポーズだろうが…。
アントーニョが本気で殴っていたら、フランシスの頭がい骨は間違いなく陥没している。

そんなアントーニョから事情を聞いてみれば、アーサーにギルベルトが忙しそうだと言われたフランシスが今日の会議の事を話したら、アーサーが見る見る間に真っ青になって発作を起こしたそうだ。

そしてその理由が……
「なんや、自分がもしスパイやったらギルちゃんに迷惑かかるんちゃうかって思うたかららしいで?」

一瞬意味がわからなかった。
その発想はどこからくる?
本当にわけのわからなさに硬直したままのギルベルトに、フランシスが言う。

「つまりね、こういう事だと思うのよ?
ほら、坊ちゃん記憶ないじゃない?だから自分がスパイじゃないと断言もできないし、万が一スパイだったら…と」

「ありえねえぇぇ~~~!!!!」
と、叫んだギルベルトはおかしくないと思う。
いやいや、どこの世界にこんな虚弱なスパイがいるんだ?と声を大にして言いたい。
…というか、言った。

「せやなぁ…まず体直してしまわんと、そんなストレス抱えとったらそれで死んでまうんちゃう?」
と、心の底からNOUKINなアントーニョが思わず同意するくらいにはありえないと思う。
「だよな……」
と、肩を落とすギルベルト。

西ライン軍のスパイがこんなに愛らしいなら、アントーニョではないが西ライン軍を潰して育成施設でも作ってやりたいくらいだ。
しかし残念ながら実際に今現在捕まっている西ラインのスパイは良くて色っぽいお姉さんで、悪ければ極々普通の成人男である。

とにかく…意識が戻り次第、もう一度アーサーにはアーサーの設定を言い聞かせてやらねばならない。

中央北部出身で祖父と母と3人暮らし。
父親はアーサーが生まれる前に事故死。
当時5歳のギルベルトが伯父が留守中に預けられた先が隣のアーサーの家で、アーサーの事は母親の腹の中にいる時から知っている。
ギルベルトが6歳の時にアーサーが生まれ、それから父親の元に引き取られる9歳までの3年間は兄弟のようにして育ち、その後もギルベルトは定期的に里帰り。
数年後、祖父、母親と亡くなって、1人になったアーサーを中央地帯の病院に入院&治療をさせていた。
アーサーから聞いた生い立ちと自分の生い立ちを組み合わせるとこんな感じだろう。

幸いにしてギルベルトが足しげく中央地域へ通っていた事は悪友達も弟のルートも知っていて証明してくれる。
アーサーが記憶を取り戻さない限りは、誰からも疑問を抱かれる事はない。

よし、完璧だ!
脳内でそれだけをまとめてギルベルトは頷く。
あとはアーサーの記憶が戻ってギルベルトの嘘を知って、変に責任を感じて落ち込まないでくれる事を祈るばかりだ。

もう一度悪友達の誤解を事実として受け入れた時点でギルベルトの腹は決まったのだ。
アーサーを色々なモノから守る。
それが自分の最優先事項なのである。
それより大切なことは既にギルベルトの中には存在しなかった。


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