天使な悪魔 第三章 _2

ギルベルトはそのクールな見かけによらず可愛いモノが大好きだ。
弟のルートだってクヌートというクマのぬいぐるみをこっそり部屋に隠し持っているし、アントーニョに至っては可愛いは正義を公言してペド疑惑が出る程度には子どもを追いかけまわしている。

殺伐とした環境で生きていると、皆、癒しが欲しくなるものらしい。




と、何故そんな話になっているかと言うと、あれから二日目。
最初は集中治療室に運ばれたアーサーをギルベルトの部屋のうちの1部屋に移したのだが、戦場から即今回のゴタゴタで走り回る事になったこともあり忙しかったギルベルトに代わって、部屋を整えてくれたのはフランシス。
そう、ギルベルトが足しげく中央地域の病院へ見舞いに通うのは、可愛い幼馴染のためと信じて疑わなかったフランシスである。

アーサーを連れて初めてその部屋に足を踏み入れた時、正直ギルベルトは茫然とした。
だって、可愛い。そこはあまりに少女趣味まっしぐらな可愛すぎる空間だった。

ついこの前までは倉庫代わりに使っていた雑多な部屋だったはずだ。
積み上げられていた資料や何かは別の部屋に運ばれ、きちんと掃除をされ、カーテンも絨毯も新しく…までは想定の範囲内だが、そのカーテンが風にゆれる真っ白なレースのフリフリだったり、絨毯が毛足の長いクリーム色のもので、ふわふわのファーのスリッパが添えられていたり、あまつさえベッドがおとぎ話のお姫様のソレのように幾重にもレースが折り重なった天街付きのものであったりするのは、完全に想定外だ。

――ん~、怖い目に遭った後なら、思い切り気が紛れるような空間にしてあげた方が良いとおもって。
という事らしい。

いや、これ紛れすぎだろ?
どう見ても紛れすぎっ!
…とは、お任せしてしまった手前言えない。
と、思っていたら、言える人間が隣にいた

――いちおう男の子なんやから、これはないんちゃう?
と呆れた声を出すアントーニョ。

それに対して
――えー、だってギルちゃんて男OKとは思ってもみなかったし?女の子だと思ったんだもん。
と言う言葉には、それは自らが
――だ~か~ら~!!そういうんじゃねえって言ってるだろっ!!
と、返しておく。

いや、確かに可愛い、そういう意味でもいけるかも…と、ふわふわのベッドにアーサーを寝かせてフリフリの掛布をかけてやり、あまつさえ、その横にクマのぬいぐるみを寝かせてやった図のあまりの愛らしさに思ったりしなくはないわけだが
(いや、違う!俺様はそんな不純な動機でアルトを助けたわけでは…)
と、慌てて頭を横に振ってそんな邪な考えを脳内から追い払う。


相手は病人…相手は病人…と、まるで眠り姫のようにレースに埋もれながら眠る相手を前に脳内でお題目のように唱えていると、お前はエスパーか?!というようなタイミングで、アントーニョの

――別にすけべせえへんでも特別っちゅうのは特別やで?
という突っ込みが入って膝から崩れ落ちそうになった。

もう本当にこいつら嫌だ…と、つい先日あれほど感謝したにも関わらずギルベルトはため息をついたのだった。


それはさておき、とりあえずアーサーが目覚めるまで何か淹れるか…と、悪友達の後ろのドアからキッチンに向かおうとギルベルトがベッドに背を向けると、何故か悪友がこちらを凝視している。
いや…ギルベルトを通り越して後方を……

――なん、あれ…かっわ可愛え……
と、珍しくトーンを落としたアントーニョの呟きにギルベルトはバッと後ろを振り向いて…悲鳴をあげそうになった。

茶色のクマをぎゅっと抱きしめて顔をうずめる少年。
ふわりとした真っ白な寝間着もあいまって、まるで天使のように愛らしく、背に羽が生えていないのが不思議なくらいだ。

可愛いっ!俺様のアルトまじ可愛すぎっ!
脳内花が舞い踊り、銀の鈴の音が響き渡る。

意識が無事戻った事、そしてその様子がこの上なく可愛らしかったことですっかりテンションがあがったギルベルトは
「アルトっ!気付いたのかっ!!気分はっ?!!」
と、駈け寄るが、そこで舞い上がりきったテンションは当の少年の
「お前…誰だ…?」
の一言で血の底まで叩き落とされる事になった。

(え?え?何?俺様なにかしたか??)

…会いたかった……嬉しい……

それがアーサーが意識を失う前の最後の言葉だったはずだ。
なのに何故そんな事を言われている??
別に冗談でもなんでもなく、ぎゅっとクマを抱きしめたままこちらを見るメロンキャンディのようにまんまるく澄んだ瞳は警戒の色を帯びている。

あまりのショックに言葉もなくその場に硬直するギルベルト。
その横を駆け抜けるのは、やっぱりこの手の事に慣れているのか、アントーニョだった。

警戒されにくい雰囲気を最大限に有効活用しつつ、アーサーに事情を説明し、アーサーから必要な事を聞きだしていく。

そして…
(…心肺停止しとったし…もしかしたら記憶戻らへんかもしれへんわ。
ギルちゃんもショックやろうけど一番動揺しとるの本人やで?上手い事言うたり。
いつもみたいに照れ隠しの嘘はあかんで?不安にさせるさかい)
と、小声で告げられた言葉に、ギルベルトはようやく事態を飲み込んだ。

そうだ…あの時もアントーニョは言っていた。
心肺停止していたので、何か障害が出るかもしれないと。
ギルベルトはそれがてっきり身体の方かと思っていたが、なるほど記憶の方に出てしまったのか……。

――不安にさせたらダメだ…

自分のショックはショックとして、しかしながら今優先するのはそちらではない。
それでなくても心臓が悪い相手にストレスを与えてはダメだ…。

どうしたら…一番アーサーのためになるのか……
そんな事を考えながら近づいて行くと、大きな瞳が不安げな視線を送ってくる。
自分が誰だかわからない…それは随分と不安…だよな?
「…アルト……」
ソッとベッドの端に膝まづいて、ギルベルトはその頬に手で触れた。
なるべく自分の動揺を表に出さないように…アーサーに安心感を与えるように……
いつも顔立ちは怖いと言われるので、まず声をかけた。
そして出来るだけ自然に微笑んで見せる。

「大丈夫。お前が俺様を忘れちまって、お前自身すら忘れちまっても、俺様が全部覚えてるから」
と、そこまで言って悩む。

自分が知っているのはここ一カ月のアーサーだけだ。
でも……と、また悩み、しかしギルベルトは決意した。
ストレスも不安も自分が全て被れば良い。
それでアーサーの気が少しでも楽になるならいいじゃないか…
そう思えば言葉は存外にスラスラと口から飛び出してきた。

「俺様は小さい頃中央の北部に住んでてな、隣で爺さんとお袋さんと住んでたお前とは幼馴染だった。
で、爺さん、お袋さんと相次いで死んじまった時、心臓悪かったお前を中央地域の病院に連れて行って入院させたんだ。
ほんとはな、こっちに連れて来たかったけど、俺は軍人だから…巻き込みたくなかったから…。
でも月に1度はこっそり姿隠して見舞い行ってたんだぜ?
後ろにいる悪友達にはそんなんじゃねえって嘘ついてさ、誰より大事なお前に会いに行ってた…」

――あ~あ、とうとうバラしてもうた。
と、後ろで小さく吹きだすアントーニョ。
――ほんと、バレバレだったよねぇ…
と、フランシスも同意するあたりで、それは信憑性を増したようだ。

まあ2人とも本当にそう思っていたわけで、それが真実ではないと知るのはギルベルトだけなのだが…。

嘘をついている…大事な相手に嘘をついている…
その痛みはギルベルトの胸の中にだけ存在している。
それでもギルベルトはアーサーに安心感を与えたかったのだ。

「まあ…結局巻き込んじまって、こんな事になっちまったけどな。
これからは俺様が絶対に守る。
どんなことからも絶対に全身全霊、全力で守るからな。
安心して良い」

ギルベルトはなんだか泣きたい気分で…しかし笑って見せた。
するとアーサーもぎこちなくではあるが、微笑み返してくれる。

ああ…可愛いな…好きだな……それは本当に単純な感情で、案外すんなりストンとギルベルトの心の中におちて来た。





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