とある白姫の誕生秘話──オブザーバーの秘かな楽しみ3

3人きりにしては随分と広めの部屋。

「普段はね、ここで皆で交流会してるのよ」
と、本田のすぐあとに続いて部屋に入ったエリザが言う。

「人払いしてあるから楽にしてね?」
と、エリザにうながされた、すでに酒とオードブルが用意された広いテーブルには、もう一人、エリザよりは若干若そうな女性が座っている。


ふわふわのセミロングにクルクルよく動く目。
口の端がわずかにあがった、いわゆるアヒル口の可愛いお嬢さん。

確かに育ちは良さそうだがお嬢様というよりは感じの良い娘さんといった親しみ深い空気をまとった女性で、本田が挨拶をと少し頭を下げて口上を述べようとすると、その前にガタン!と立ち上がった。

「うああ~~!!!ほんまもんやぁあ~~!!!
塩じゃけのキクさん!!うち、めっちゃファンなんですわぁあ~~!!!!」

緊張のあまり幻聴を聞いたのかと思った。

塩じゃけ?塩じゃけのキク?!!!
なんでそれがバレているっ?!!!

ぎょっとして固まる本田。

その後ろでそっと椅子を引いて座らせてくれるエリザ。

普段ならお礼を言うところだが、本田はそんな当たり前の事も思いつかず、ポカンと口を開いたまま、それでも反射的に引かれた椅子に座る。

すると、自分も本田の隣の席に座りつつ、エリザはさらりと綺麗な茶色の髪を揺らしながら、本田の顔を覗き込んで、恐ろしい事を口にした。

──【ただしイケメンに限る】…のシリーズのモデルって開発部のギルよね?



終わった…私の人生終わっちゃいましたよ……

よもやリアルに性癖やオタ活動がバレるとは思わなかった。
無言で頭を抱える本田。

だが、目の前では例のお嬢さんが
「エリザ、キクさんに意地悪せんといてっ!!
大丈夫やでっ?!うちら他に言いふらしたりせえへんからっ!
うちは単にずぅ~っとキクさんのファンやったから、お話してみたかっただけなんですわ」
と、困ったような視線を送ってくる。

「言わ…ない……言わない?ほんとに?」
それはさながら地獄に垂らされた蜘蛛の糸のようだった。

おそるおそる顔をあげるキクに、
「エリザにも誰にも言わせたりしませんわ。
せやなかったら、キクさん描くのやめてしまわれるやろ?
そんなん、うち嫌や」
と、お嬢さんは大きく頷いた。

ああ…持つべきものは熱心な読者様だ……

キクは泣きそうな気分で、大きく安堵の息を吐きだした。


「あたしも愛読者だから悪いようにはしないわ。
というかね、出来ればネタだしに協力させてもらえれば嬉しいなぁと思って、今日は彼女、ベルと一緒にお話するためにこの席を設けたのよ」
と、にこやかにそれを受けて言うエリザ。

「とりあえず…乾杯しましょ?」
と、ちりんと呼び鈴を鳴らせば店員が来て目の前で本田にはわからないがおそらく高価なのであろうワインの栓を開けて、それをワイングラスに恭しく注ぐ。

そうして店員が一礼して出て行くと、

「じゃあ…仕事の成功と次の素敵な新刊の滞りない脱稿を願って乾杯っ!!」
と、エリザがグラスを手に音頭を取るのに、ベルと2人、本田もつられるように乾杯の声をあげると、繊細なワイングラスを割らないように力加減に気をつけながら、グラスを交わす。

揺れる綺麗な赤い液体が、まるでギルベルトの瞳のようだと思いながら……



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