その目は真剣にディスプレイに向けられている。
“共同研究”のはずの物をほぼ1人でまとめあげて、最後の一文を打ち終わると、セーブをして印刷ボタンをクリックした。
そして1人でやっているのに何故か4人分の単位になる予定のレポートが印刷されてきた。
「冗談じゃねえぞ……」
はぁ…とため息をついてPC眼鏡を外す彼は、アーサー・カークランドと言う。
ぴょんぴょんと跳ねた小麦色の髪に顔の大きさからするとかなり大きな丸い瞳。
その上の広い額に鎮座する可愛らしい顔に不似合いな太すぎる眉。
小さな鼻に小さな唇。
そんなパーツに構成された容姿はどこかあどけない。
下手をすれば高校生どころか中学生に間違われることすらあるのだが、これで大学3年生。
見かけによらず頭の方は優秀で、学年でもトップクラスの秀才である。
そんな彼が今作成、印刷していたのは、夏休み明けまでに提出が義務付けられている共同研究の課題だ。
それを何故1人でやっているのかというと、実に話は簡単だ。
他がやるのを待っていたら、確実に一緒に単位を落とす事になるからである。
教授が出席番号順で勝手に決めた研究班での共同研究。
男2人に女2人。
いつまでたっても誰も何も進めようとしないので、仕方なしに彼が研究テーマを決め、手順の説明書を作成し、さあ、分担をと言えば
──やだ~、わかんない。何すればいいの~?
と、女の1人が、
──そんな難しい事できな~い
と、もう一人の女が、
そしてトドメ、
──俺ら主席のカークランドとは脳ミソの出来違うし?
と、残りの1人、男が言った時点で、
(ああ、こいつらダメだ。1人で進めよう)
と、思った。
やらない奴に無理に分担を振ったところで最終的に提出期限ぎりぎりで手をつけてない発言をされるのは目に見えている。
そうするとどうせそれの尻拭いをする事になるのだろうから、それくらいなら時間の余裕を持ってやれる最初から自分でやった方がいい。
「…わかった。もういい。
俺が1人で進めておく。
期限までには全員にまとめたレポート配布するから」
と、自分ならそれを言われたら見限られてしまったと動揺するであろう発言をしてみても、班の3人は、わ~い!!とはしゃいでいる。
これは早々に見限って正解だったのだろう。
と、そう諦めて、アーサーは1人で研究をすることになったのだ。
思えばいつでもそうだった。
“成績が良いから”、“しっかりしてるし?”と、いつも面倒事を押し付けられてきた。
例えば同じことを女子がやろうとすれば、誰かしらが、“大丈夫?”、“きつくない?”などと声をかける。
なのに、自分がやる時は“よろしく~!”の一言で済まされるのは何故だろうか。
確かに成績は悪くはない。
主席かそれに近い成績を取って来た。
でもそれは実は人見知りで他人に気軽に声をかけられない彼が、自分が困らないようにと黙々と努力してきた結果だ。
自分だって他人と気軽に話せる性格だったなら、他に振りたい、頼りたい。
4部ずつ印刷した資料をきちんと整えてホチキス止めをすると、アーサーはそれを書類ケースに閉まって、ワープロソフトを閉じた。
夏休み明けに提出の課題はこれで完了。
1週間ほどかかったが、ようやく楽しい夏休みだ。
ここまでに全宿題課題は終わらせてある。
しかしアーサーはPCを落とす事はない。
理由は【レジェンド・オブ・イルヴィス】
大手ゲーム会社が作成した、いま話題のオンラインゲームだ。
アーサーは元々はそれほどゲームなどをやるほうではない。
だがたまたま大学のクラスメート達が話しているのを聞いて、興味が沸いたのだ。
元々、ファンタジー小説とかは秘かに好きで、ファンタジーRPGだというその種類にも惹かれたし、絵柄も愛らしい。
そしてなにより、自分でその世界にキャラクタを作ってその世界の住人になりきる事ができるというのは、楽しそうだ。
なるなら可愛い女の子が良い。
大学のリアルな人間を見続けていて思う。
可愛くて頼りない女の子を演じたなら、きっと1人でみんなの分の仕事まで押しつけられたりせずに、人生楽しく送れるのだろう。
ふざけんな、俺だって人生楽したい、楽しみたい!!
そう思い続けてきたが、現実では可愛い女の子になれるわけもなく、その願いがかなえられることはない。
なら、娯楽であるゲームの中でくらい、甘やかされる人生というのを満喫させてもらっても良いはずだ。
そんな思いでアーサーはPCに向かって黙々とキャラメイクをする。
目指すは周りが勝手に気を使ってくれるような可愛い少女キャラ。
目指せ癒し系アイドルだ。
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