リトルキャッスル殺人事件sbg_13_幽霊は桜の海で釣れるのか?1

朝…本当に何も起こらず平穏に夜は明けたらしい。

錆兎はいつもの習慣で5時には目を覚ます。
何があっても即守れるようにとかかえこんだ恋人様はまだ腕の中ですやすやと寝息をたてている。

錆兎が大好きな大きなブルーの瞳はまぶたの下で見えないものの、白い瞼を驚くほど長い漆黒のまつげが縁どっている。

ああ…可愛い、やはり俺の義勇は世界で一番可愛い!
と思いつつも、まあそこは青少年なので、寝台の上であまりに長く眺めていると危険ということもあり、恋人様を起こさないように最新の注意を払ってそこから抜け出した。

そしてそれもいつもの習慣で鍛錬。
部屋でもできる腕立てや腹筋などにいそしんだあと、シャワーをあびた。

いつもならランニングもするところだが、跳ね橋があがっていて外にでられないので、どうも時間があまる。

しかたなしにバルコニーにでて、昨日拓郎から借りておいた釣り竿に餌をつけて糸を垂らした。

宿の壁の周りから半径20mほどの人為的に作られた湖。
宿の側面方向から海へと水路がつながっているので、魚も釣れるわけだ。

だがまあ…釣りの才能はないというか…向いてないらしくて釣れない。
ああ、暇だ…。

と思っていると、寝台の上で義勇がガバっと飛び起きた。

「おはよう、ぎゆう。早いな。まだ寝てても良いけど、もう起きるか?」
と、言う錆兎の言葉に頷いて、少し寝ぼけ眼で目をこする恋人様は最高に可愛い。

何をしていても義勇は世界で最高に可愛いと思うのだが、寝ぼけていると仕草や行動が微妙に幼な気になるのが、特に可愛いと思う。

「じゃ、着替えような」
と、錆兎はぬるま湯にタオルを浸して顔を拭くように言って渡してやると着替えを準備してやり、義勇がそれに着替えている間にタオルを洗ってタオル掛けに干す。

その頃には半分眠っていた義勇もしっかり目が覚めたようで、

「おはよう、錆兎」
と、駆け寄ってきてハグしてくれる。

そして…こちらもいつもの習慣で

「…カフェオレ…飲みたいな……」
と言うので、

「じゃ、下に降りて淹れるか~」
と、2人で寝室を出て1階に向かった。



こうして連れだって二人が下に降りると、
「おはよう、早いね、義勇君に錆兎君」
拓郎も朝早いらしく…というか朝食の準備をしてくれている。

「おはようございます。手伝います」
義勇と錆兎は言って自分達もエプロンを付けると拓郎と並んでキッチンにたった。

「君は…なんだか海陽学園トップの成績なんだって?真由から聞いたが、すごいな」
拓郎はみそ汁をまぜながら、料理を盛りつける皿を戸棚から出して並べている錆兎に話しかけた。

実によくされる会話。
女性陣にされると心がざわつくのだが、話している相手が中年男性だと義勇も心穏やかだ。

朝の澄んだ空気もあいまってなんだかとても気分が良くて、鼻歌交じりに可愛らしい野イチゴの模様の皿をテーブルの上に並べていく。

そんな義勇のリラックスして楽しげにしている様子に錆兎の気分も上昇。
恋人様の機嫌に勝るものなどあるはずがないという男だ。

そんな和やかな空気を作り出してくれている拓郎には感謝の念を込めて、実に穏やかな笑みを浮かべてこたえる。

「いえ…たまたま他の人間より早い時期から他の人間より長い時間勉強してただけですから」
「いやいや、長くやってもトップに立てるのなんてほんの一握りだ。
君はあれかい?やっぱりすごい塾とか行ってるのかい?」

「いえ、学校の寮に入っているので、参考書片手に自己学習で、悩んだら学校の先生ですね」

「ほ~それでトップとはすごいな。…昨今はみんな塾とかに行ってるようだが…そんな話を聞くと意味があるのか考えてしまうね…」

「あ~…人によるんでしょうね。
俺は自分のペースでやる方が楽だったのと、寮生なので塾に行くより先生のもとに駆け込んだ方が早かったので。
でも普通に講義と言う形で学びたいとかなら塾の方が良いかもしれませんし、自宅生なら学校に聞きに行くより塾の先生でしょうね」

「そうか…でも塾も…学校みたいな部分があるからね、今は。
勉学と別の部分でトラブルが起きる場合もある…」
拓郎はそこで話を切った。

やはり…真由も高校生だし気になるんだろうか…。

まあ女の子でしかもここで働くのなら、それほどムキになって勉強勉強言わないでも良いとは思うが…と錆兎は思った。

「あ…そういえば…ダイニングにはピアノがありましたね。
拓郎さんが弾かれるんですか?」
話が途切れたところで、2人の話を黙って聞いていた義勇が、ふと目についた立派なグランドピアノについて口を開く。

「ああ、いや。甥がね…。
真由の弟なんだが去年事故でなくなって…それ以来誰も弾けないままだ」
触れちゃいけない部分に触れたか…と、義勇は慌てて

「すみません」
と謝罪した。

「いや、気にしないでくれ。誰か弾けるといいんだけどね。今年のシーズンにはピアノ弾ける子でも雇うかな。
甥が生きている頃は普通にショパンとかが流れていたものだが…流れなくなるとなんとなく寂しくてね…
レコードで聴くのとはまた違った趣があるから…」

少し伏し目がちに言う拓郎に錆兎は思わず
「弾きましょうか?」
と声をかける。

「おや、弾けるのかい?錆兎君」
目を丸くする拓郎に、錆兎は少し微笑んだ。

「まあ…かじった程度ですが。ショパンのワルツくらいなら」

「嬉しいな。じゃ、ワルツ第7番嬰ハ短調とかリクエストしていいかな?」

「ああ、哀愁に満ちた良い曲ですね。了解です。ピアノお借りします」
錆兎は手を洗ってエプロンで拭くと、ピアノの前に座った。


部屋には優美で…しかし寂しげな曲が流れる。
拓郎と義勇はいったん料理の手を休め、ダイニングの椅子に座ってそれを聴いていた。


「京介っ?!」
その音を合図にしたように階段から駆け下りて来た真由の声に錆兎は一瞬手を止めた。

「あ…ごめん…なさい」
ピアノの弾き手を確認すると口に手をあて俯く真由に、錆兎は

「いや…こちらこそすまない。ピアノを借りている」
と頭を下げる。

「事情は聞いてるから…あまり気分が良くないようなら中断するが?」
と一応錆兎が聞くと、拓郎が

「私が弾いて欲しいと頼んだんだ」
と、補足した。

それに対して真由は
「ううん…すごく懐かしくて…。その曲弟が好きだったから。良かったら続きを弾いて?」
と拓郎の隣に腰をかけた。


また指を鍵盤に滑らせる錆兎。
しばらくリクエストされるまま他の曲も弾いていると、

「ガリ勉仲間は女ウケする事はなんでもできるんだなっ」
といつのまにか降りて来た田端が錆兎の肩に手を伸ばした。

もちろんそんなことで動じる錆兎ではない。
ただ万が一格闘になった時にピアノを傷つけたら困るなとそれだけ思っていったんピアノから離れようと思ったのだが、次の瞬間

「この子に触るなぁっ!!!」
と、いきなり激昂して叫んだ拓郎が田端を投げ飛ばした。

ずっと穏やかだった拓郎の豹変ぶりに思わず手を止める錆兎。
音がやんだ事でハッとしたらしい。

「いや…昨日揉めたと聞いてたから…ここで揉められたくなかったんで」
と、ボソボソっと言うと、

「食事…そろそろ運んで来よう」
と、拓郎はキッチンへ消えて行った。


「そろそろ皆降りてきそうだな。俺も手伝います」

空気が微妙に変わった事で錆兎もピアノを閉じるとキッチンへ向かい、義勇もまたキッチンへ戻り料理を運ぶのを手伝う。


しかし…いったいなんだったんだ…。

錆兎は穏やかに見えた拓郎のあまりの豹変ぶりにも違和感を抱いた。

本当に…この旅行は事件が起きそうで…でも起きていないのに違和感と不穏さだらけで気持ちが悪い。

あの下手をすれば死んでいたオンラインゲームを一緒に乗り越えた仲間である善逸が巻き込まれた時点で見捨てられるはずもなく、こんな不穏と危険が満ちている状況の旅行に1人だけを行かせるという選択肢は錆兎自身にはなかった。

なかったのだが、せめて大切な大切な義勇は巻き込むべきではなかった、置いてくるべきだったのでは?と錆兎は今更ながら後悔する。


が、そんな不安を押し隠して錆兎は朝食の時間ということで降りてくる善逸達や女子高生組と挨拶をかわす。

ことが起きていない以上、なんとなく気持ち悪いなんて話を朝っぱらからするわけにもいかない。

空手部達以外は降りてくると楽しげにおしゃべりをしながら、当たり前にキッチンへ行って料理を運ぶのを手伝い始め、ダイニングには美味しそうな朝食が並んだ。

「おっなかすいたぁ~!」
と、支度が終わって席につく善逸。
当然のようにその隣に座る炭治郎。
錆兎も椅子を引いて義勇を席にうながし、義勇がそれに座ると自分も隣に座る。

その一連を見て
「会長様、マジ紳士っ!!」
と、はしゃぐ女子高生組。

さきほどの険悪さが嘘のように、明るい朝にふさわしい和やかな空気がダイニングに漂う。
が、そんな中、

「あれ?剛は?」
と、みんな揃った所で一人来ない木村に気付いて真由が同室のはずの田端に目を向けた。

「なんだよ、お前と一緒じゃないのかよ?
目、覚めたらいなかったから二人で空き部屋ででもいちゃついてんのかと思ってたぜ」

「私は昨日、夕食が終わって分かれたきりだけど…」
といって真由はさらに柿本と湯沢に目を向けるが二人とも

「俺らの部屋にも来てないぜ?」
と首を横に振った。

「もうっ!勝手なんだからっ。
いいよ、来たらつまめるもん何か残しておいて食べちゃおっ」
由衣がぷ~っと頬を膨らませた。

「ま、それでいいんじゃね?もしかしたらまだ昨日の件ですねてんのかもしんねえしなっ」
仲が良かったはずの田端も前日もめたためか意外に冷たい。

「一応…そうしようか。いつ戻ってくるかもわからないしね」
最終的に拓郎が言って、全員が朝食にした。



そして食後。
後片付けが終わると跳ね橋がおろされた。

「昨日の…確認に行くか?」
一応覚えていたらしい。錆兎が炭治郎と善逸に声をかける。

「え~…でも…俺ちょっと嫌だなぁ…」
躊躇する善逸に炭治郎が

「万が一な、善逸が考えてるようにお化けがいたとしても、今は朝だぞ?
怖い事なんて全然ないんじゃないか?」
と苦笑して言う。

まあそれもそうだ。
と、義勇も思って苦笑した。

その二人のやりとりに全員なになに?と寄ってくる。

「ほ~、そんなもんだったら俺らも行ってやるぜっ!」

昨日錆兎にのされて格好わるいところをみせてしまってここら辺で挽回したい空手部3人組はうでまくりをした。

「怪しい奴なんていたらのしてやるよっ!」
と、威勢のいい言葉を吐いている。

「それだけいたら俺は残ってていいよね?」
と、それを見て炭治郎の後ろに隠れる善逸。

それに苦笑しつつも
「ふむ…錆兎がいるなら何が来ても伸せるだろうし、それなら俺は宿内の警護に残る方が良いか?」
と、一応お伺いをたてる炭治郎に、錆兎は
「まあ、念の為そうするか」
と、うなづく。


こうして空手部と女子高校生組、錆兎と義勇で宿の周りを一周することになった。


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