青い大地の果てにあるものオリジナル _4_2_フォローの天才達

「あら?タカは?」
トトトっとその時なずなが料理の皿を持って上に上がってきた。

「ああ。荷物整理をするって寝室へ行った」
答えるコーレアの言葉になずなはちょっと首をかしげて、それからユリに目をやった。

「ユ~リちゃんっ、味見っ」
と、皿の卵焼きを一切れつまんでなずなはユリの口に放り込み
「おいしっ?」
とにっこり首をかたむける。

そして
「うん...旨い」
とうつむいたまま言うユリの頭をぎゅっと胸元に抱きしめると、
「うんっ、じゃ、ユリちゃんは大丈夫ね」
と身体を離した。

そこでユリは初めて顔を上げてなずなを見上げる。

「なずな...たぶんひのき怒らした...」
ユリが言うのに、なずなはにっこり微笑んで
「大丈夫よ。たぶん遠征始まったところで少し神経質になってるだけ。
ユリちゃんのせいじゃないからね。
様子みてくるから大丈夫、気にしないのよ?」
と軽く頭をなでて、今度はルビナスに皿を差し出した。

「ルビナスさんも...お一つ味見なさいません?」
にっこりといわれてルビナスはおずおずと手を伸ばして卵焼きを口に放り込む。

ふわっとした感触の卵をかみ締めると柔らかな甘味が口に広がった。

「優しい味がする...わね」
素直な感想を述べるルビナスになずなはにっこりと微笑みをうかべ
「ルビナスさんも...お気になさらないで下さいね。
ホントに少し気がたってるだけなので、今からちょっと様子見てきます」
と言ってテーブルに皿を置くと寝室へ消えていった。


「う~ん...見事だな」
とうなるコーレア。

「私って...滅入った顔してるのわかった?」
と聞いてくるルビナスにコーレアは笑って首を横に振る。

「俺にはわからん」

「ま、あんな感じだからな、小さい頃から。
だから膝で泣いて甘やかされて立ち直ってまた心身ともにきつい戦闘いけたんだ」
ユリは膝を抱えて膝小僧にあごをのせていった。

「なんていうか...絶対に拒絶されない、受け入れてもらえるって空気があったんだ,あの親子は。
私は意地っ張りだったし育ちがあれなんで人間不信も入ってたから、先にウェルカムムード出してもらえないと膝にすがれない奴だったしな」

「ああ、タカも膝で泣くって言ってたな」
ユリの言葉にコーレアはまた小さく笑った。



「タ~カっ、もうすぐご飯よ♪荷物整理ならあとで私やるから」
ベッドの脇にしゃがんで引き出しに荷物を入れているひのきに後ろから抱き付いて首に腕を回すとなずなは言った。

「...みんな、何か言ってたか?」
その手に自分の手を添えてひのきが聞くと、なずなは
「ん~んっ、どうしてっ?」
と首を横にふって可愛らしい声で言い、ピタっと身体をさらに密着させる。

「...ちょっと実家の話とかしてて...イラついたとこみせたかもしれない」

謝罪するほど暴言を吐いたわけではないものの不機嫌なのは感じる程度の物言いという非常に微妙な状態で、自分的に出て行った時の態度に少し迷っていたが

「ん~、ユリちゃんはちょっとタカ怒らせたかも?とは言ってたけど、そんな事ないよ~って言っておいたから大丈夫っ。
謝ってきたら何か言えばいいし、何もなければその話はこれでおしまいっ♪
せっかくホップさんが手伝ってくれたのにお料理冷めちゃうよ~」
というなずなの言葉にひのきは立ち上がった。

そしてなずなを抱き寄せて髪に顔をうずめる。

「なんで日本行くってだけでこんなに憂鬱になるんだろうな...。
もう実家とかも縁切れてるし、何もしがらみないはずなのに」
ひのきの言葉になずなは考え込んだ。

「私はね~、自分が昔いたはずの場所が今はもう廃墟になってる事を目の当たりにするのはちょっと怖いよ?
でもね、タカのルーツに向かうと思うとちょっと楽しい。
旅行気分で少しくらい温泉入れないかな~とか考えても楽しいんだけど...」

「ああ、そうだな。なずなの生まれた国でもあるんだよな。うん、そう考えるといいな。
温泉は...少しくらい寄ってもらえるんじゃねえかな」
ひのきは小さく笑った。

「なずなはすげえな...すごく気が楽になった気がする」

「う~ん...あんまり真面目じゃないだけなのかも?
大変な事あっても楽しい事とかあると気がそっちに行っちゃうの」

「俺は...なずなのそんなところに随分助けられてる。ありがとな」
ひのきは言ってなずなから体を放すと
「行くか」
となずなに向かって手を差し出した。



「あ、ホップさん、一人で支度させてごめんなさい」
すでに全ての料理がテーブルの上に運ばれているのをみてなずなは顔の前で両手を合わせた。

「いやいいさ。
味付けとかはばっちり見てもらったし、運ぶの自体は力仕事だからさ。男の仕事♪」
ホップはそう言って腕を曲げて力こぶを作ってみせる。

「ああ、指導料にそのくらいこきつかっとけ」
ユリが言うのに、
「おい...誰のためにやってんだよ」
とひのきは同情の目をホップにむけた。

「もち私のため♪」
すっかりひのきが元通りなのに内心ほっとしつつも素知らぬ顔で答えるユリ。

「いいじゃん、ひのきだって家事一切手伝ってないぽいし」
と痛いところを突かれてひのきが言葉につまると、なずなが
「いいの♪タカだから」
とよくわからないフォローをいれる。

ただ一人ホップだけがそれを理解してるらしく
「だよな~♪俺もいいの、タマだから♪」
と言って、二人でまた手を合わせて、ね~♪と首をかたむけた。


「なんていうかさ...ホップ君と姫ちゃんが入っただけで前回よりずいぶんノリがね、明るいわよね」
そんな二人の様子を見てルビナスが隣のコーレアに笑いかける。

「だな。なんというか...任務というよりジャスティスみんなで旅行来てるみたいだな」
コーレアはおにぎりにかじりつきながら二人に目をやり目を細めた。

「そうよね、なんか食事も前回より充実してるし」
満足げに綺麗に飾り付けられた和食を中心とした昼食に手を伸ばしつつ言うルビナス。

なるべく西洋人であるルビナスとコーレアが食べにくくないようにとの気配りで主食は手で食べられるおにぎりなのだが、それ一つとっても中身の多彩さもさる事ながら、それをくるむ海苔に色々な形に細工がされていて、目を楽しませている。

卵焼きも、プレーン、ほうれん草入り、ウィンナー入りと、色とりどりの、味だけではなく見た目を意識したもので、前回の栄養摂取を目的としたものとはかなり違う感じだ。

なごやかな昼食が終わった後、片付けをするなずなとホップを残して一旦部屋に戻ってそれぞれ荷物整理をする事にする。



「んで?なんであんたがここにいるんだ?ルビナス」

当たり前のように荷物を手にユリに割り当てられた2号室に入ってくるルビナスにユリが不審の目をむけると

「ん~?みんなこっちの車だから。寂しいじゃない?
今回は5人で丁度一人分空いてるし、お邪魔しようかな~と思って。ダメ?」
とルビナスはユリの表情を伺う。

そして
「別に駄目じゃないけど...襲うなよ?」
というユリの言葉に小さく吹き出した。

そしてルビナスは後ろでホップが縫ったという部屋着代わりの浴衣に着替えるユリを背に荷物を詰め始める。


北欧支部では強引で傍若無人と言われていたルビナスだが、本部にきて随分と気を使うようにはなってきた。

それはもちろん今まではトップだったものが本部長の下につく形になり、足並みをそろえなければならない立場になったという事もある。

が、そうなってきた一番大きな要因は、物理的に仕事をしていれば感情面はいっさいノータッチだった北欧支部と違って、本部はそれなりの人間関係を築けないと仕事が円滑に進まないという事に気付いたからだ。


やる気がないわけではない。

しかし今まであまりに他人の思惑を気にした事がないルビナスにとって、それは非常に難しい仕事だった。

特になんのかんの言って根が真面目で、しかもなかなか心を許してくれていない日系人二人は難しい、と思う。

それゆえ摩擦をおこすリスクをあえて背負ってでも接する時間を多くと思ったのだが、いきなりしょっぱなにユリに忠告される。

「遠征中何かやばい事言ったりしたりしたと思ったら自分でなんとかしようなんて無謀な事考えるなよ?
私からでもひのきからでもいったん逃げて、大人しくなずなかホップに泣きついておけ。
そのあたりから入るのが人間関係多少良くする近道だ」

こちらには読ませない、こちらからは踏み込ませない難しい性格のくせにお見通しなのは、この一族の特徴なのだろうか...。

それでいてフォローだけはいれてくるのもひのきと一緒でルビナスは小さく息をついて苦笑した。

「ねえ、答えたくない部分ははっきり答えたくないって言ってくれても良いから、聞いていいかしら?」
それでもひのきよりは若干間口が広そうなユリにルビナスは聞いてみる。

「なんでホップとなずななら良いのかって事?」
聞こうとしていた事をずばり当てられて、戸惑いながらもうなづくルビナス。

「あんたもなぁ...シザーと一緒で悪気はないっつ~か、むしろ善意なんだけど、人の感情とか読むのが結構下手で苦労してるよな」
と、これも怖いくらい読まれていて、ルビナスは言葉を無くした。

「ま、いいや。情報を集めるのも与えるのも私の仕事だから答えてやる」
言ってユリは振り返った。


「あの二人はな、ジャスティスの中で数少ない幸せな家庭で愛されて育った奴らだから。
基本的に世の中が楽しいし、相手から返されなくても他に愛情を配るのを楽しめる、私らの中では希有な人間なんだよ。
...だから私らみたいにな、すさんだ家庭に育った人間でも癒されるんだ。
家が立派でもさ、私もひのきも親に愛情与えられずに育ってるからさ。
愛情も食事と一緒で飢えてると必要以上にかきあつめたくなるんだよ。
だからああいう思い切り愛情が有り余ってて湯水のように注ぎまくってくれる相手じゃないと足りないんだ」

「...明快にして明確な答えをありがとう」
非常に理解した気がしてルビナスは礼を言った。

「いや、ああは言ったけどさ、私は質問なら受け付けるよ?
情報を集めてそれを提供する、それが鉄線家の人間が最も得意としているあるべき姿だから。
それ自体は呼吸するのと同じくらい当たり前の感覚でできる。
鉄線は耳であり口なんだ。
だから事実を聞きたいなら私のとこにきていいよ。
そのかわり決断とか説得とかは求めないでくれ。それは仕事じゃないから」

「すごく...機械的なのね、意外に」

「組織ってのはそういうものだろ?本来は」
少し驚くルビナスにユリは何を当たり前の事を、という風に答える。

「そうだけど本部ってすごく人間関係大事にしてるっていうか...感情でつながってる部分が多い気がしてたから。
ファジイな部分も多くて...正直合理的にわりきれなくてわかりにくいんだけど」
非常に淡々と冷静にこたえてくるユリに安心して、だんだんルビナスも本音がでてきた。

「ああ、それはな」
ユリは少し考え込むように視線を落として、それからまたルビナスに目を向ける。

「本部ってのは人が多い分やる事の規模もそれなりだしソロで出来ない事多いからさ、どうしても他人との連携が必要になってくる。
そういう時に得体の知れない奴とは命を張れないだろ?
だからある程度自分を信用させようとするし、相手を知ろうとする。
でも所詮純アタッカーは防衛するより攻撃してた方が良いのと一緒で、人間関係でも自分の役割ってのがあるんだよ。
んで、私らの一族はさ、生まれ落ちた家でそれがもうはっきり決まっててそっちの方向で英才教育されてるからさ、自分の得意とする分野だと能力を発揮できても、他はダメダメだったりするんだ。
元々鉄線の花言葉は"旅人の喜び”っつ~くらいだから一カ所にとどまらず旅から旅続けて情報集め続ける人種なんだよ。
だから一時的に気を引く事は得意でも継続的に人間関係を維持すんのは苦手だし、何か残った者に影響を残す様な重要な決断とかしても責任取れないからさ、避ける傾向にある。
ひのきとかはさ逆に立場的に頭なくせに驚くほど情報うとかったりするだろ。
あれは決断して命令する家だからさ、情報なんて自分で集めないで鉄線に集めさせて、方向性を決めて従わせるんだ。
だから責任を持とうともするし、ひのきの言葉は重みと説得力がある。
動き回る鉄線と違って下の者が帰っていく場所でもあるんだ、ひのきは。
だからさ、ルビナスも実はひのきの事好きだろ?」
いきなりふられてルビナスは言葉につまる。

「ああ、男女関係とかじゃなくてな。人間として信頼できる良い奴だと思ってない?」
ルビナスの反応にユリは軽く吹き出した。

「ああ、それは確かにね。
前回の基地攻めに同行した時にね、特に痛感したわ。みんな彼に守られてんのよね。
コーレアですらそれ言ってたもの」
ルビナスは同意した。

「うん。あれはね、みんなをまとめるカリスマにならんといけないって立場に生まれて、そう育ってるから。
もうね、本人やりたいやりたくないじゃなくて、息するのと同じ感覚で無意識にそういう行動を取っちまうんだよな。
でもさ、私らのは本来の資質ってよりも生まれた立場で無理矢理はめられた型だからさ、いまさら変われないんだけどそこで歪みが生じてきて、たまにな、その役割にすげえストレス感じんだよ。
なまじっか本来当たり前に持っている一部分を完璧に押さえ込んでるだけに外に出る時は凝縮されててな、普通の人間だと受け止めきれないだけじゃなくて、逆にそれにつぶされるからさ、中途半端に受け止めようとしない方がいい。
大丈夫なあたりに任せて逃げた方がいいんだ」

「私は...中途半端な人間に見える?」
ユリの言葉にルビナスは若干自信を喪失する。

「ん~、言い方悪かった、ごめん」
ユリはいったん頭をさげた。

しかしすぐ
「でもさ、ルビナスは私のために死ねないだろ?」
と笑う。

「ポチはさ、死んでくれるんだよな。
私は骨の髄まで鉄線だからたぶんポチの事より鉄線である事を優先させると思うし、それをポチにも言ったしポチもそれを理解してる。
それを知った上で私のためなら死んでくれんだよ。実際死にかけた事もあったしな。
ルビナスがいい加減て意味じゃなくて、そのくらいのレベルじゃないと無理ってこと」

「姫ちゃんも...そうなの?」
ルビナスがきくのに、ユリはにやりといたづらっぽく笑った。

「なずなのな...花言葉って知ってるか?」
唐突に言われてルビナスはポカンとして首を横にふる。

「私が言ったって事は秘密だぞ。あれに怒られるから」
とユリが唇に人差し指をあてて言うのにルビナスがうなづくと、ユリはルビナスに近づいてその耳元でこっそりささやいた。

「なずなの花言葉はな...”あなたに全てを捧げます”だ」






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