寮生は姫君がお好き813_寮長会議

ドアをきっちり閉めた小屋の中では音も遮られて聞こえないが、外に出るとあの、ウォォォオーーーンという気味の悪い音が聞こえてきて、錆兎でさえ少し陰鬱な気分になる。

早く必要な情報を仕入れるだけ仕入れて話し合いを終え、可愛い可愛い義勇の寝顔を見て癒やされたい。

そんな事を考えながら、宇髄達の小屋のドアをノックすると、不死川が顔を出した。
その後ろには当然のように宇髄。

そろ~りと外に出てくる二人に
「我妻は?一人にしていいのか?」
と、錆兎が聞くと、不死川が
「ああ。出来ればあいつには色々聞かせたくねえからなァ。
ビビリだからうるせえし。
ちょうど今寝てるから、射人に見張ってもらってる。
入口のあたりで話してりゃあ不審者も入れねえし、我妻が起きたら射人が知らせてくんだろ」
と、ちらりと後ろを振り返って言った。


「他が知ったらパニックになりそうだったから指摘しなかったんだけどな、昼間に爆発した船の残骸だけどよ…あれ、モーターついてたよな。
ってことは…だ、俺らはたぶん流されたんじゃなくて、この島に誘導されたってことなんだろ?
錆兎ほどの奴が自分だけじゃ姫君を守り切る自信がないから俺も誘えって言ったのはそれとなんか関係あんのか?」

3人揃って宇髄達の小屋の入り口前の階段に腰をかけての話し合い。
初っ端に口を開いたのは宇髄である。

「あ~…それは…」
と、錆兎はチラリと不死川に視線を向けるが、不死川は
「悪い。俺は今回の諸々…つか、全部だ、全部っ、全部において本当に判断がつかねえ。
責任は俺が被るから、錆兎が錆兎の考えで話すべきと思うもの全部話してみてくれねえか?頼む!」
と、頭を下げてきた。

ああ、そうなるとは思っていた。
そりゃあそうだ。
たまたまフリーファイトに勝って寮長になったものの、不死川は普通の家の人間だ。
いきなり殺す殺されるなんて中で育ってきてはいないし、どう対応して良いか困るだろう。

まあ、錆兎だって困るか困らないかと言われれば困るわけだが、少なくとも不死川よりは対応の検討はできる。

「我妻はずっと命を狙われてるんだ。
奴はとある富豪の愛人の子でな。
正妻に誘拐されて正妻の雇った女に虐待されつつ育ったんだが、最終的に女が死んで施設に送られ、そこで奴の亡くなった実母に頼まれて奴を探していた桑島老に見つけ出されて引き取られて今に至っている。
正妻的には桑島老相手では争うのも難しいが、憎い女の子どもと思えば面白くないし、夫が亡くなる時には相続にも響く。
そういうわけで、暗殺者を我妻がいる金狼寮に送り込んでいるらしい。
宇髄も気づいていたとは思うが、最初のイベントで死んだふりをしていたが実は生きていたという形にしていたバトラーとOBの姫君は本当は死んでいるし、実はあの毒殺の本当のターゲットは我妻だったんだ。
その後のミステリーツアーの暗殺者も同じく。
体育祭では我妻が座る予定だった椅子とか触れるであろう諸々に毒を塗った針とかが仕掛けられて…まあ、それは毒針とまでは知らずに単なる嫌がらせで針を仕込まれたのかと思った不死川が回収しておいて無事だったわけなんだが…。
…というわけで、だ、我妻と学園外で共に過ごすなんてリスキーな事をさせたくはなかったんだが、姫さんは同じ立場の同級生からの誘いで出かけるというのをすごく楽しみにしてしまっていてな。
断れ!…と言えなかったんだ」

「マジかっ!忖度なんて言葉、お前の辞書にはないと思ってたけど、お姫ちゃんには弱いってかっ!!」
がっくりと肩を落とす錆兎に盛大に吹き出す宇髄。

「ああ、もういい。好きなだけ笑えっ。
姫さんを無事に学園まで帰す手伝いをしてくれるなら、そのくらいのことどうでもいい。
とにかく、だ、暗殺者くらいは送ってくるだろうと覚悟はしていたんだが、まさか船を沈めるまでしてくるとは思ってなかった。
実は…今回のこれが片付いたら、もう一つ別件がある。
それも引きずり込まれてくれ」

「え?マジかっ。
お前の性格だと助けてくれんじゃないかって色々厄介ごと抱えた奴が寄ってくるのかもしれねえが…巻き込まれすぎじゃね?」
と、さらに笑う宇髄。

「そこで笑う余裕がある宇髄先輩は困ってる後輩を見捨てはしないよな?」
「仕方ねえなぁ…。
まあ来年度からは大学で、自宅から通うし色々自由が聞くからな。
面白そうだし、巻き込まれてやるよ」
「…これが面白いって言える余裕が羨ましい。
俺は出来ることなら義勇の身の回りの世話と軽い護衛だけして平穏に過ごしたいんだが…」
「あ~、うちはほら、姫君はもう姫君もどきで後輩寮長みたいなもんだからな。
守る必要はねえし?」

と、そんな会話を交わした後、というわけで…と、宇髄が話を先に進めた。

「我妻が命狙われてるってことはだ、一緒に流れ着いた中に暗殺者がいるってことだよな?」
「おそらくは…」
「ん~、お前的にはどのあたりだと思ってる?」

宇髄に聞かれて錆兎は
「幼馴染組かCPのどちらか」
と、即答する。

ずっと宇随と錆兎のやりとりを黙って聞いていて、その錆兎の答えに驚きの顔を見せる不死川。

一方の宇髄は
「…だよなぁ。どっちだろうな…」
と、考え込む。

…もしかして、状況が読めていないのは自分だけなのだろうか…と思いつつも、当たり前に互いの言う事を理解しているらしい宇髄と錆兎に問うことができずにいる不死川に気づいた錆兎が、ああ、すまんな、と、悪くもないのに謝罪して説明をしてくれた。

「暗殺者というのは当然身バレしないようにしようとするから、男の目に触れない時間を作るよう配慮を求められる女性の方が、相手にバレたくないことをする時間を作りやすいだろうということだ。
こういう状況だと、男同士では常に誰かしらの視線に晒されるからな。
そこで一人になりたいのだと主張すれば怪しまれる。
ということで、グループの中に女性が混じっている幼馴染組かCPなんじゃないかと思ったわけだ」

なるほど。
そう説明を受ければ納得はできるのだが、これを思いついたり説明なしに理解できてしまうのは、やはり育ちなのだろうか…

それができない人間が寮長になってはいけなかったのでは…と、今更どうしようもないのだが内心落ち込む不死川。

それにも当たり前に気づいて
「俺の家は元々貴人を守る武家でな、宇髄は遠く先祖をたどれば同じく貴人に仕える忍者の頭領の家だから、俺達は少し危機管理意識が違うんだ。
別に寮長だからと言ってそのあたりに詳しい奴ばかりじゃないし、実際学園で普通に寮対抗の行事を仕切るだけなら、そこまでの知識は必要ない。
それこそ俺の前の代の銀狼寮の寮長だって弓道の上級者だというだけの一般人だったし、銀竜の寮長の村田だって普通に武芸ができるだけの学生だろう?
我妻のようにプロから命を狙われる寮生に当たる確率なんてそう高くはないから、まあ…実弥は運が悪かったな。
そのあたりの学生としての範囲を超えたことに対する対応については、俺や宇髄もフォローするから、そう気にするな」
と、ぽんぽんと肩を叩いてくる。


「錆兎は…姫さん巻き込むことになってもいいのかよォ…」

ありがたい。
錆兎や宇髄の協力の申し出は本当にありがたいのだが、姫君がもう姫君どころか皇帝に片足突っ込んでいる宇髄の銀虎寮と違って、錆兎には守るべき姫君がいる。

それも…勘違いではあるのだが、不死川は男装して男子校に忍び込まなければならなかった可哀そうな少女だと思っている相手だ。

善逸の事は自分だけでは抱えきれなくて、本当に助けて欲しいところだが、彼女を巻き込むのは気が進まないというのが、不死川の素直な気持ちだ。

おっとりほわんほわんしているあの愛らしい銀狼寮の姫君を危険に晒してまで助けてくれとは絶対に言えない。

不死川はそう思ったのだが、錆兎はそんな複雑な顔をする不死川に苦笑した。

「結局寮対抗イベントに共に参加する時点で全く巻き込まれないというのは無理だからな。
それなら腰を据えて関わって、情報を得て状況を把握して対策を練った方が安全だ。
まあ…うちの寮には信頼できる弟弟子や寮生達が多くいるからな。
うちの姫さんがターゲットなわけではないから、うちの寮に暗殺者や裏切者はいないし、俺が危険な領域に足を踏み入れる時は、姫さんは奴らに預けられる」

そう言う同級生の寮長仲間のなんと頼もしい事か。
そして非常に互いに信頼できている寮生との関係も羨ましい限りだ。

自分もそんな銀狼寮の寮生になりたかった…と思わないでもないが、それでも…信頼できない人間が紛れ込んでいるからこそ、善逸を守ってやれるのは自分だけなのだから弱音を吐いている場合じゃない。

そう、寮生にすら狙われている金狼寮の姫君を守ってやれるのは、金狼寮の寮長である自分だけなのだから。


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