寮生は姫君がお好き812_夜の密談

まずは金狼と宇髄と射人の小屋。
思いがけない食べ物の差し入れに、善逸が歓声をあげた。

そんな中で不死川は礼を言うためという風に近づいてきて
「錆兎、あとで相談したいことがあるんだけどダメかァ?
他には聞かせたくないから夜中に小屋の前まで来てもらえるとありがてえんだが…
例によって善逸には聞かせたくねえ。
そっちには下手な寮長より強い煉獄がいるし、何かあっても距離にして10mを戻る時間くらいはなんとかならね?」
と、深刻な顔をして小声で言ってくる。

それはそうなのだがこの状況で義勇からあまり目を離したくはないな…と錆兎が迷っていると、そこに気配もなく近づいてきた人影。

「あ~、俺も混ぜろ。
巻き込まれてやったんだから、ハブはなしだぜ?」
と、錆兎の肩に腕を回しながら言う宇髄。

まあもっともな要望だ…と錆兎自身は思うのだが、これは錆兎のではなく不死川達の問題だ。
なのでチラリと視線を向けると、不死川も何か伺うような視線をこちらに向けている。

「俺じゃなく実弥の用件だから?」
と、そこで錆兎がそう言えば、不死川は
「あ~…判断は錆兎に任せるわ。
俺じゃ判断つかねぇ」
とくしゃくしゃと頭を掻いた。

まあ…確かに一癖も二癖もある寮長達とどこまで情報を共有するかの判断は難しい。
それでも寮長としてはそこは他人に投げてはいけないところではあるが、今回の場合は善逸の命がかかっていることなので、失敗は許されないとなれば、寮長としてのプライドとか言ってはいられないのだろう。

錆兎がそんなことを考えていると、宇髄も同様のことを思ったらしく、
「え?そこ他寮の寮長に投げるとこじゃなくね?」
と、普段は言いにくいことは深刻にならないよう茶化した風に口にする宇髄にしてはわりと真面目に言葉を投げかけてきた。

それに表情を硬くする不死川。

ああ…もう仕方がない…
と、普段はそういう仲裁は自分の仕事ではないと思っているのだが、今回は錆兎も諦めて仲裁に入ることにする。

「今回は寮の勝ち負けじゃなく姫君の命がかかっていることだから、実弥も慎重にならざるを得ないんだ。
それでなくとも実弥は外部生な上に実家の後ろ盾がないからな。
かかっているものが人の命となれば、他に協力を求めるしかないだろう?
で、俺は実弥にない知識や物資を助成することを引き受けたんだ。
ということで…関わるなら大前提として学園内の寮の勝ち負けに持ち込まない、そして他言しないと誓えることなんだが?
俺は宇髄がそれを誓うなら信用できるし構わないと思うんだが…」

そう、寮対抗での勝敗には当然こだわるものの、宇髄個人の人格に関しては錆兎は厚い信頼を置いていた。
そして自分は人を見る目はある方だと自認しているので、誓うと言うなら宇髄はその誓いを守ってくれるだろうし、誓えないと思えばそう言うだろうと思っている。

正直、不死川の前では言えないが、自身も守らねばならない姫君を抱えている以上、自分だけで背負ってやるにはやや重い役割なので、宇髄も巻き込まれてくれると嬉しい。

「お前さ…俺に巻き込まれて欲しいとか思ってたりするか?」
と、そんな錆兎の心の内を読み取ったかのような宇髄の発言に、
「とても!」
と、苦笑交じりにだが即答する錆兎。

それに宇髄も
「可愛い後輩の頼みなら仕方ねえなぁ。巻き込まれてやるか」
と、宇髄も苦笑してそう答えた。

「助かる。
じゃあ、そういうことで俺はあと2組にこいつを配って一旦自分の小屋に戻って、夜中に抜け出す」
と、錆兎は食料の袋を揺らしながらそう言って、2人に見送られて金狼寮&宇髄&射人の小屋をあとにした。

そのまま、次の大学生組+幼馴染組の青年&仁の部屋に行って普通に礼を言われてそこを離れて、最後にCP&幼馴染組の部屋へ。

もちろんここでも食料の追加は大歓迎だ。
こうして全部の小屋に食料を配布後、錆兎は一旦自分達の小屋へと戻っていった。



錆兎が自分達の小屋に入ると、毛布を敷いた上にサバイバルシートを被せた上に義勇がすやすやと眠っている。

可愛い。
錆兎の姫君は今日も絶好調に可愛い。

去年まではランドセルを背負っていた中学1年というのもあって、眠っていると特にあどけない感じで、とにかく守ってやらねば…と、庇護欲がガンガン湧き上がってくるのだ。

しかもその愛らしい寝顔の横にはタオルをひいた上に鎮座する小鳥。
森の探索中義勇が見つけたそれは怪我をしていたので手当をして連れてきたのだが、タオルの上でコロンコロンの身体をゆらゆら揺らしながら眠っていて、こちらも非常に愛らしい。

控えめに言ってその空間だけ楽園だし、眠っている図は天使だ。
愛らしさの二乗…本当に楽園はここにあったのか!!と思うほどの癒しである。

茂部太郎もそこから少し離れた部屋の隅ですでに寝ていた。


「あ~…姫さんも眠っちまったのか」
と、錆兎が苦笑すると、二人から少し離れた床に座ってナイフの手入れをしていた煉獄が

「あまりに色々あって疲れたのだろう」
と、顔をあげて言う。

まあ、そうだろう。
クルーズ船から救命ボートに乗り換えて海をさすらうなんて事自体がとんでもない非常事態で、さらに孤島に漂着。

島の探索をしながらいつくるかわからない救助を待つなんて言う事態に陥っているのだから、普通に疲弊する。

錆兎自身も様々な事態に対応できるよう育てられているし、現在は姫君という立場ではあるが、元々は旧家の長子の煉獄もおそらくそうだ。

だが、そうじゃない人間の方が圧倒的に多いので、それらを二人でまとめろと言われると非常にキツイ。

今回、宇髄が煉獄を一緒に連れてきてくれたのは、本当にありがたいと思う。
この窮地で的確に動ける人間は多ければ多いほどいい。


なので
「そう言えば…このクルージングは元々は錆兎から誘われたと宇髄にきいているんだが…今回の諸々について、何か心当たりはあるのか?」
と、言われて、隠しごとはしないでおこうとまず謝罪した。

「あ~…まず謝っとく。
今回は何か起きる確率と起きない確率が五分五分だと思って不死川に宇髄を誘えと言ったんだ。
正直お前まで連れて来てくれるとは思わなかったがな」

「うむ。それは宇髄も言っていたし、俺もそのあたりの何か起きる可能性と言うのは承知してついてきたから大丈夫だ。
むしろ来年度、寮長になれた時のために色々な経験を積みたいからついてきた。
だからそのあたりは気にしないでくれ」
とそう言って笑顔を見せてくれる煉獄にホッとする。

そんな錆兎に
「俺はこう見えても錆兎と同じく剣術家、煉獄流の家の跡取りだからなっ。
宇髄もOBを含む他者の手前、学園内では姫君として遇していたが、2人の時は自分の跡を継ぐ未来の寮長として色々鍛えてくれていたし、今は学園外でさらに非常事態だ。
他寮の姫君と言う立場はとりあえず忘れてくれていい」
とまで言ってくれる。

寮対抗でも金銀で分かれることも多い学園で同じ銀寮という事もあって、宇髄にはかなり世話になってきたと錆兎は思っているし、宇髄の事はそれなりに信頼はしていたが、どこか策略家な部分のある宇髄より煉獄はさらにわかりやすいまっすぐな性格なので、来年度に新生銀虎寮の寮長になるであろう人物が、こういうタイプであるのは正直嬉しい。

今回の諸々はその未来の寮長と固い信頼関係を築いていくという面ではいい機会ではあると思う。

なので、まずは誠意。
嘘と隠し事は厳禁だ、と、錆兎はぎりぎり伝えられるところまでは伝えることにした。

「実は今回は俺達銀狼寮も巻き込まれ組だ。
もともとは我妻が我妻の保護者からの招待を受けて、うちの姫さんにも一緒にと直接声をかけてしまったことから始まっていてな」

「ああ…それはまずいな。
他寮どころか、金側の寮でもあるしな」
と、煉獄も苦笑した。

彼はかなり細かいことにこだわらない性格ではあるが、小等部から学園に通っているので、そのあたりのルールはさすがにわきまえている。

「ああ、それもまずいんだが…」
と、錆兎は続けた。

「それ自体は我妻には実弥を通して暗黙のルールということで注意させた。
このポカは我妻と実弥、うちの姫さん、そして俺までにしか知られていなかったしな、俺が黙っていて、我妻が今後繰り返さなければいい。
それより問題なのは、実は我妻がずっと攻撃を受けていることなんだ」

「攻撃?他寮からということか?」

「いや、それなら皆条件は同じだし、気にするほどのことではない。
そうではなく…おそらく外部の息のかかった人間が金狼寮の寮生に紛れて、我妻を害そうと…ああ、もうはっきり言ってしまえば殺そうとしているということだ。
詳しいことは俺は聞いて知っているんだが、詳細はこのあと実弥と宇髄と話し合いがあるから、そこで実弥に言っていいか聞いてからな?
とにかく、そうやって命を狙われている我妻と学園外で共に行動するというのが…な」

「それを許すとは錆兎らしくないなっ」
少し複雑な笑みを浮かべる錆兎に煉獄は彼らしくはっきり物を申す。

それに
「あ~…うちの姫さんも外部生で、しかも金側がこれまで友好的だったのもあって、“友達”の我妻からの誘いを喜んでしまっていて…」
と、困ったような笑みを浮かべる錆兎に

「なるほどっ!それは断れとは言いにくいなっ!」
と、煉獄はハッハッと笑いながら言った。


「それでは、今回の船の転覆も漂流もこの島への漂着も、偶然ではないかもしれないということだなっ」

「まあ、そういうことだ。
実は我妻のことだけじゃなく、別の方面からもきな臭い話が流れて来ててな…。
そっちは当事者が今居ないから話せないが、学園に戻ったらそっちも許可を取って話すようにはする。
それを知った上で協力するか距離を取るかの判断はお前自身の自由だが、最低限、我妻のことも含めて他言は無用だ」

「うむ!そのあたりは信用して欲しい。
寮対抗で戦って勝利を目指す身ではあるが、卑怯なことはする気はないっ。
正々堂々競っていこう!」

「ああ。そうだなっ。
…ということで、だ、俺はこれから寮長会議だ。
何かあったら茂部太郎起こして良いから。
これからまたちょっとお姫さん預けて大丈夫か?」

「もちろんだっ!
宇髄にもよろしく言っておいてくれっ!」
と請け負う姿はやはり姫君というよりすでに皇帝の様相を呈していて、どこか頼もしい。

こうしてと、煉獄は新たな依頼を当然のように快諾してくれたので、
「じゃあ、行ってくるっ!」
と、錆兎は義勇が眠っているうちにと、再度小屋を出て宇髄達の小屋へとひた走った。


Before <<< >>> Next (5月5日0時公開予定)





0 件のコメント :

コメントを投稿