──…眠れないのか…?
夜…電気は消しているのだが、真っ暗闇は嫌だ…と義勇が言ったため、錆兎は小さなスタンドを用意してくれた。
さすがにろうそくだと危ないので光源は電球だが、ランプ型のアンティークのスタンドで、黒い太めの針金のようなもので吊り下げられたすりガラスを通してあたりを照らす柔らかな光は、眠りを妨げることなく、どことなく心を落ち着かせてくれる。
そんなぼんやりと広がるわずかな灯りの元、義勇の物とは反対側の壁際に設置されたベッドの上で眠る錆兎を眺めていたら、眠っていなかったのか、起こしてしまったのかはわからないが、声をかけられた。
眠れないわけではない…ただ、錆兎の顔を見ていたかったのだ…ということを、どう伝えようか…と義勇が迷っているうちに、錆兎の宍色のまつげがわずかに動いたかと思うと瞼が開き、そこから覗く藤色の瞳が義勇の方に向けられる。
そうした状況の変化に、義勇がまた口に乗せる言葉を一から考え直していると、錆兎はふっと笑みを浮かべて
──…待ってろ…
と、言うなり、あっという間に身を起こしてスリッパに足を通した。
そしてそのままキッチンへ。
言い訳する間も止める間もない。
義勇が遅いというのもあるが、錆兎はいつも行動が早い。
義勇が言いたい事、やりたい事がはっきりしている時は気長に待っていてくれるのだが、迷っている時にはあっという間に行動してしまう。
そんな時、その後ろ姿に義勇はしばしば不安を覚えた。
待って…と、縋りつきたい気分にかられる。
二度と会えないんじゃないだろうか…と思っていた時間が長かったからだろうか…
置いていかれるのが怖い。
一時的に離れてもすぐ戻ってきてくれるのはわかっているのだけれど…
実際、錆兎はすぐ戻って来た。
手に湯気のたつマグカップを持って。
そうしてベッドの上で半身を起こして待つ義勇の隣に腰を掛けると、
──蜂蜜入りのホットミルクだ。これを飲んで寝てしまえ。
と、カップを手渡してくる。
そこで何故か寝巻の襟元にタオルを巻かれるのがとても解せない。
だが、ミルクは美味しい。
眠れないわけではなかったんだけどな…と心の中でこっそり反論しながらも、コクコクと温かいミルクを飲んでいると、お腹がホカホカと温かくなってくる。
暖かくなると…なんだか眠くなってきて、少し目をしばしばさせていると、頭の上から
──眠れそうだな…
と、優しい笑いを含んだ声が降ってきた。
…違う……
と、どうしてだか眠気に支配されつつ、義勇は声を絞り出した。
…ん?何が違うんだ?
と、そんなわけのわからない義勇の反抗の言葉に、錆兎は気を悪くすることなく柔らかく問いかけてくる。
…錆兎の顔を見たい…見てたい…
と、義勇が言うと、まるで子どものたわいもない我儘を許容する親のように柔らかな声音で
…わかった。明日な?しっかり眠ってしっかり開いた目で好きなだけ見ればいい。
と言う言葉が返ってくる。
…やだ…一緒に寝る…
もう本当に眠くなって錆兎の手でマグカップを取り上げられて、それでも素直に寝るのが嫌でふるふると首を横に振ると、
…良いけど…狭いな…
と、返ってきた言葉に、狭いから嫌なのか…となんだか悲しくなって泣きそうになった。
一時は錆兎に嫌われたと思っていたので、少しの否定がすごく堪える。
が、続いた言葉は、
「今日は狭くても仕方ない。
夜も遅いしこのまま狭さは我慢して、明日、お前がそれを望むなら日中にベッドを動かしてくっつけるか…」
で、義勇は満たされた気分で頷いた。
…さびと…うれしい……すき……
もうあまり呂律が回らない口でそう告げると、はいはい、と、笑いを含んだ声が降って来て、
…わかったから、もう寝ろ
と、コトっとおそらくベッド横のミニテーブルにマグカップを置く音がしたかと思うと、ゆっくりと身を横たわらされた。
隣にはもちろん錆兎の気配。
もぞり…とその懐に潜り込むように顔を埋めると、ぽん、ぽん、と一定のリズムで眠りを促すように背が軽く叩かれて、義勇は満たされた気分で眠りに落ちたのだった。
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