少女で人生やり直し中_08_最終選別

──肆ノ型 打ち潮!!

目の前で青い水しぶきが3体の鬼の首を一気に跳ね飛ばす。

いきなり現れた不思議な少年のそれはあまりに見事な剣技だった。

村田は水の呼吸を学んでこの最終選別に臨んだのだが、これほど完璧に力強く美しい打ち潮を見たことはない。
村田どころか村田の師匠のそれよりもすごいと思う。


つい数秒前まで村田に死の覚悟をさせていたとてつもなく強そうで恐ろしい鬼は、この少年にとってはおそらく雑魚なのだ。

倒せてもさして感動もなく当たり前の顔をして、

──大丈夫か?怪我はないか?
と、手を差し伸べてくる。


不思議な狐の面をかぶったその少年。
夜目にも鮮やかに浮かび上がる宍色の髪にきりりと太い眉、その下にはキラキラと澄んだ藤色の目。
唇から右頬にかけて大きな傷があるがそれを差し引いても整った端正な顔立ちをしていて、自分を呆然と見上げたまま固まっている村田の手を剣だこで固くなった手で握ると、グイっと力をいれて引き起こした。


態度だけを見たのなら、この最終選別に秘かに志願者を助ける達人を紛れ込ませているのだとでも思っただろう。

実際、少年は剣技だけではなく、村田達とは違ってとてつもなく強いのであろうことがわかる圧倒的な圧のようなものがあった。

それでも見た目は若い。
村田と同じか、もしかしたら年下なのかもしれない。

完璧に強くて華がある美少年。
それだけでも十分現実離れしているのに、少年は背後にやっぱり不思議な狐の面を被った、これまた活動写真の女優ですら見ないほどの絶世の美少女をなんと二人も連れている。

しかもそのうち一人はどう見ても戦うのには邪魔だろう?と思われる大きなリボンを髪につけ、細い腕で本当にお前がそれを使うの?と言いたくなるような風に刀を抱きしめている。


──さびと、さびと、さびとっ!やっぱり錆兎の剣技はかっこいい。

と、可憐な容姿に似合いの本当に愛らしい声で言うと笑顔で駆け寄って来て少年の腕にすぽりと収まる少女。
少年は錆兎と言うらしい。


その錆兎の腕の中の少女ではない、もう一人の連れの小柄な少女は、村田の前まで来ると、

「で?錆兎。この子どうする?連れていくの?」
と、錆兎と呼ばれる少年を振り返った。

村田がどうしたいか…ではなく、決定権は全て“錆兎”にゆだねられるのか…と思わないでもないが、まあこれだけ強い相手だ。
一緒に連れて行ってもらえるなら村田としてもその方がありがたい。
だから黙って錆兎の言葉を待つことにする。

すると肝心の少年の方は
「お前次第だが、俺たちとくるなら義勇と真菰の次くらいには守ってやるが。
どうする?」
と、村田の意志を尊重してくれるつもりらしい。
少女の一人を腕に抱え込んだまま、顔だけ村田に向けてそう言った。

もちろん村田に断る理由はない。

「頼むよっ!せっかく助けてもらったけど俺一人だとまた鬼に出くわしたら絶対に死ぬし」
と、答える。

すると少年はにこっと人懐こい笑みを浮かべると、
「そうか。俺は錆兎、こっちは義勇。そっちは真菰。
全員同じ水の呼吸の師範について学んだ兄弟弟子なんだ。
よろしく頼む」
と、どう考えてもよろしく頼まないといけないのは村田の方なのに、気さくな感じで、左手で少女を抱えたまま、右手を差し出してきた。

強くて顔が良いだけじゃなくて、性格も良いとか、おとぎ話の主人公かよっ!
と思いつつ、

「助けてくれてありがとうな。俺は村田。
やっぱり水の呼吸なんだけど、実戦となると全然みたいだ。
一緒に連れて行ってくれると本当に助かる。
よろしくな」
と、その手を握り返す。

見た目は村田と変わらぬ年に見えて、しかしその手は大きく硬い。
かなり刀を握ってきた手だと思った。



こうして不思議な3人組と一緒に行動するようになった村田だが、本当に驚きの連続だった。

なにしろ錆兎だけじゃない。
村田よりも華奢で可愛らしい女の子の真菰もサクサク鬼を斬って捨てる。

唯一、錆兎が鬼を斬っていない時はいつも彼の隣にぴとっと張り付いている義勇は、ずっと大切そうに抱え込んでいるだけで刀を抜かないので、

「…それ…抜かないの?」
と聞いてみると、

「んっ。これは鬼を斬りすぎて錆兎の刀がダメになった時に『はい、これ使って』って渡す用」
と、ほわほわと微笑む。

ひらひらと風に舞う大きなリボンといい、発言や物腰といい、少し幼い感じで本当に可愛い。
容姿は可愛いのに態度がどこかお姉さんぽい真菰とは対照的だ。

そう言ったら
「ああ、義勇はうちの一門の末娘だからっ」
と、言う真菰の言葉に納得する。

いつもいつも錆兎と手をつなぐか錆兎の羽織の袖口を握ってテチテチと歩く様子は、まさに妹っぽい。

そして錆兎は錆兎なのに、真菰のことは真菰姉さんと呼ぶので、
──真菰は真菰姉さんなのに、錆兎は錆兎兄さんじゃないの?
と、思わず聞くと、義勇は

──錆兎は…私のお婿さんだから。選別の前の日に真菰姉さんが準備してくれて祝言あげたんだっ
などと、にこぉと笑って言う。

祝言?え?祝言?おままごとか何か?
と、義勇の言葉だとそんな風に思えるが、それを聞いた真菰が

「ああ、錆兎と義勇は互いに想いあっている仲なの。
で、最終選別前の景気づけに?
まだ正式には結婚できないけど、婚約式みたいなものかな。
紋付と白無垢もちゃんと準備して、果実で味をつけた清水で三々九度もちゃんとしたんだよ」
と、補足してくれる。

なるほど。そういうことか。

おままごとのようなものと言えばそうなのかもしれないが、そうと知って錆兎と義勇がいつでも手を繋いで歩いている様子を見ていると、どこか微笑ましい。


その後も錆兎は他の選別参加者を助けつつ鬼を斬り、その都度助けられた者が加わって集団が大きくなっていった。

最初に村田に守るから…と言った通り、基本先頭に立つ錆兎は前方はもちろんのこと、後方に鬼が近づいても敏感に察知して、自分のすぐ後ろを歩く真菰に義勇を託すと、すばやく走って行っては鬼を斬って集団全員を守ってくれる。

そして二方向に鬼が現れた時は、義勇を預けられた真菰が今度は村田に義勇を預けて片方を受け持った。

錆兎ほどの圧もないし、おそらく腕的には錆兎ほどではないのだろうが、真菰も最終選別の参加者としてみるなら、段違いに強い。

本当にサクサクとまるで掃除でもするように鬼を斬る狐っ子二人に、皆、ほぉぉと感心するばかりだ。

そんな二人に目を向けつつ、皆、普段は錆兎に、錆兎が鬼を狩る間は真菰に、真菰が同じくな時はわざわざ村田にまで預けられる最後の一人に視線を向ける。

視線を向けられてもふにゃりと微笑むだけの義勇。
それを見て真菰が鬼を狩る合間ににこりと可愛らしい笑みで

「あのね、私たちはこの最終選別に行く条件の一つとして自分の身の丈より大きな岩を斬らないとだめなの。
もちろんそれは可愛い可愛い末娘でもね。
だから義勇も普通に強いよ。
でもほら、世の中何があるかわからないし、錆兎は男で私はお姉ちゃんだからね。
“私たちが”可愛い義勇に小指のさきほどの怪我もさせたくないんだ。
それが私たちの目標で、鍛えて鍛えて鍛えてきた理由だからね」
と、姉馬鹿発言。

そしてさらに

「私たちのお師匠はね、元水柱なんだよ~!
すっごく素敵な人なのっ!!」
と、にこやかにすさまじい事実を告げる。

なるほど!元とは言え柱の弟子となれば強いはずである。
ほとんど柱の継子のようなものだ。
いや、現役の柱よりも時間がある分、見てもらえる時間が多いから強くなれるかもしれない。

でもそっか~、強いのか~。
こんな可愛い子なのに俺より強いんだなぁ…
と地味にショックを受ける村田。

それに気づいてのか気づかないでか、鬼を斬っている真菰から預けられて村田の隣にちんまりと待機中の義勇は

「錆兎はね、すっごく強い。
先生が教えた子達の中でも群を抜いて強いって言ってた。
真菰姉さんはね、体の大きさとかね、やっぱり男の子にはかなわないけど、心が強い。
でも私は弱いよ?
岩は斬れるけど、斬らないでいいなら刀は握りたくないし何も斬りたくない。
鬼は…二人がいたら怖くないけど、一人の時に遭ったらきっと怖い。
それでも隊士になるのは、家でご飯作って待ってても二人が帰ってこなかったら悲しいから。
いつでもどこでも二人と一緒にいたいの」
と、つぶらな瞳で村田を見上げて言った。

2人きりで暮らしていた姉さんが鬼に殺されちゃったから…と、今度はうつむいてぽつりと零す言葉に、

ぎ~ゆ~う~~~!!!
と、全村田が泣きそうになる。

なんだろう…錆兎と真菰よりも弱かったとしても、義勇も少なくとも自分よりは確実に強いのだが、なんだかすごく庇護欲をそそられるというか、守ってやりたくなった。

村田ですらそうなのだ。
とてつもなく強いのであろう錆兎や真菰にしたら、そりゃあ何からも守ってやりたくなるだろう。



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