少女で人生やり直し中_09_きつねっこ達

それからすぐ鬼を倒して戻ってきた錆兎が
「義勇が世話になったな」
と、義勇を腕の中に戻すと、彼女は

「さびとぉ、おかえり!今回も錆兎の剣技は見事だったっ!
さすが錆兎だっ!」
と、ぽわぽわ微笑んで錆兎に抱きついた。

一方で同じく戻った真菰は錆兎が戻って隊列を整えている集団から離れて、体重などないかのようにするすると近くの木に登ってあたりを確認している。

そして
「さびとぉぉ~、川はこのまま道なりに北北西ね~!」
と、木の上から錆兎に向かって叫んで見せた。

「お~!わかった。じゃあそこで拠点を作るぞ」
と、言うと、錆兎は、

「もう少し歩くが夜は冷えるからこれも着ておけ」
と、自分の羽織を脱いでそれで義勇を包む。

そこに木から降りてきた真菰も
「あ、私のも…」
と、自分の羽織も脱ぎ掛けるが、錆兎は

「真菰はやめとけ。今日は冷える」
と、それを押しとどめた。

「え~、それは錆兎だって同じでしょ」
「違うだろ。女は体を冷やすのは良くない。
俺は男だからいいんだ」

錆兎は義勇ほどではないにしろ、真菰に対しても多少の気遣いはあるらしい。
錆兎は彼女にも温かくしておけ…と、それは襟巻代わりにしていたらしい手ぬぐいを首元にまいてやっている。

そんな狐っ子3人組を見て、数少ない女性の参加者達が、錆兎さんかっこいい、優しいと、後ろの方できゃあきゃあはしゃいだ。

そんな周りを気にすることなく、錆兎の言葉に顔を見合わせる狐っ子姉妹は愛らしい顔にいたずらっぽい表情を浮かべて頷きあって、

「じゃあ、これで錆兎も温かいねっ!」
と、二人左右から錆兎の左右の腕を取ってそれを自らの首元にえりまきのように巻き付けると、錆兎の懐にもぐりこむように身をよせる。

「ちょ、お前達……」
と、やや焦って反射的に引きはがそうと錆兎だが、

「錆兎だけじゃなくて、私たちも温かいよ?」
と、左右でほわほわと楽しそうに笑う少女二人に、降参!と言うように肩をすくめてため息をつくと、

「鬼が来たら秒で離せよ」
と、二人をそのままにして歩き始めた。

それに今度は男どもの羨みの声があがる。



村田はというと、羨ましいのは羨ましいが、美少女二人に…というより、仲良しの兄弟弟子で選別に臨めるその状況の方を羨ましく思った。

鬼をサクサクと斬れるのはそれだけすごい修業をしてきたからだろうし、だから強いのだろうとも思う。
でも村田だって、おそらくこの選別の参加者の大半だって、辛い修業を乗り越えてきたのにこれだ。

元の才能と師範運。
そして普通の鬼なら苦も無く切り捨てられる、己と同等とまではいかなくてもそれに近い剣技を身に着けた姉妹弟子が同年代にいて、一緒に選抜に臨めることは本当に羨ましい。

そんな狐っ子たちといると、自分たちまで、生存率がだいたい5分の1以下と言われている死と隣り合わせのはずのこの最終選別で、死から随分と遠ざかった気がするくらいだ。



そうしてしばらく歩いて言葉通り北北西に進んだ先にたどり着いた川べりで、先頭を歩いていた錆兎はついてきた同期達をくるりと振り返った。

そこで左右で楽し気に錆兎にじゃれついていた狐っ子姉妹が空気を読んだのか錆兎の腕を放して一歩後ろに下がる。

空気を読んだのは狐っ子姉妹だけじゃない。
同期は皆、これから錆兎の話があるのだろうと、口を閉じてまるで先生を前にした生徒のように大人しく錆兎の言葉を待った。


「とりあえず…説明もなしに引きずりまわして悪かった。
最初に説明で集まった時に俺たちを合わせて参加者は20人いた。
で、今ここにいるのが20人だから、全員集まっていると思う。
ということで、改めて…
俺は錆兎。渡辺錆兎と言う。
元水柱の鱗滝左近次師匠の元で水の呼吸を学んできた水の呼吸の使い手だ。
連れの二人は真菰と義勇。
おなじ師匠について修業していた姉妹弟子だ」

と、始まる錆兎の言葉。
移動中に簡単に聞いていた自己紹介を改めてきちんとされると、そこで場がややざわついた。

いくつかある呼吸の中で水の呼吸の人口が一番多い。
ここにいる同期達も村田を含めて半数くらいは水の呼吸の修業をしてここにきているのだと思う。

しかしもちろんほとんどの師範は引退した一般隊士だ。
現でも元でも柱なんて希少なのだから、それに師事できるなんてことはめったにない。

だからこそ、柱は有名人だ。
鱗滝左近次…という名も、実は村田は水の呼吸の使い手である自分の師範から聞いたことがある。
優しい顔立ちをしていて、戦いには好ましくないだろうということで、常に天狗の面を被っている変わった人物だと言っていた。
だが、とてつもなく強いのだとも…。

ああ、あの噂の天狗の水柱の弟子だったのか…と、思ったのはおそらく村田だけではない。
ざわめく同期はきっと村田と同様に水の呼吸の使い手である師匠から、その名を何度もきいたのだろう。

この情報で、少なくとも水の呼吸の同期達にとっては、錆兎は同期というより自分達より上の人間という認識になった。
少なくとも村田は対等だという気持ちは全くなくなっている。

なのに、そこでとどめを刺すような義勇の言葉。

「さびとはね、先生が教えた中で一番強い子どもで、いつか先生を超える剣士になるって先生自身が言ってたんだよ。
すごいんだよ」
と、それでもう皆見る目が変わった。

…が、錆兎本人は

「義勇、それは今言わんでいい。
先生の言う事だって絶対じゃない。
とりあえず黙っていろ」
と、苦笑して義勇をたしなめるが、そこで真菰が

「先生は絶対だよっ!先生の言う事を否定するなら錆兎だって怒るよ?」
と、むぅっと膨れて見せる。

それに錆兎が片手で顔を覆って
「先生を否定しているわけじゃない。悪かった。
頼むから…真菰も黙ってくれ、話が進まない」
と、肩を落とした。

なるほど。
真菰は道中の発言からもわかるように、師匠である鱗滝先生を盲信しているらしい。

と、村田はそんな風に思ったのだが、“みんなのお姉さん”は伊達じゃなかった。
先生に対する想いだけの発言ではないようだ。

彼女は
「謙遜なんて命のやり取りの場でしてる場合じゃないでしょ。
錆兎は強い。
どのくらい強いかという情報も他の子達が今後を判断するのに必要なものだよ」
と、両手を腰に当てて自分よりもだいぶ大きい錆兎を見上げてそう言った。

すると、なんとあんなに強くて堂々としていた錆兎が
「…あ~…でも……」
と、動揺して真っ赤になる。

それを
「その態度、男らしくないよっ!!」
と真菰姉ちゃんが一喝。

そして彼女はクルリと反転。
同期達の方を向いて、

「錆兎は強いっ!めっちゃ強いっ!!
まあ、ここに来るまで鬼を斬ってるのを見たらわかったと思うけどねっ。
私からは以上っ!!
ということで、話を聞いてやってっ」
と、言い切ると、自分から一歩下がって錆兎を促した。


それから三秒。
錆兎は気を取り直したように、こほん、と咳ばらいをすると、顔をあげた。

そして気合と根性を総動員したような表情で、話を続ける。

「あ~、とにかく俺たちについて色々話したのは、皆が選択をするための情報を開示するためだ。
俺たち3人は元々一緒に来ているし、3人で協力して最終選別7日間を乗り越えようと思っている。
そこで皆についてなんだが、一緒に来るというやつは、俺は自分の身と同等くらいには守るつもりだ。

ただ、全員平等にはしない。
まず食料とか色々な諸作業の免除などについて、怪我人、ついで女性が優先だ。
つまり、自力でなんでもこなせる人間からすれば、必要のない作業もすることになる。

もちろん俺は男で丈夫にできているし、雑事も率先してするつもりだ。
他人より多く持つ者は持たぬ者のために労を惜しむな。
父も師範もそういう人で、俺はそういう人たちに育て養われてきたから。

自分以外の人間にそれを強要するつもりはないが、集団で動く以上方針は必要だ。
そして俺といる場合は7日間、我慢して俺の方針に従って欲しい。

ここまではとりあえず非常時で、助けたは良いが退路を確保する余裕がなかったから一緒にきてもらってしまったが、そういう諸々を俺は俺のやり方でやるつもりだから、それが嫌だというやつは遠慮せず申し出て離れて欲しい。
怪我などで薬が欲しいということなら、離れる場合でも分ける。
ただ、そこからは自己責任ということで、やってくれ。
俺自身が自分の手で責任を持つ相手の人数を把握できていないとやりにくい」

驚いた。
正直村田は“平等にはしない”というのは自分達を優先しろということかと思っていた。
そしてそれでも仕方ないとも…。

だって命がかかっている。
7日間多少の雑事をこなしただけで命が助かり選別に受かり、無事鬼殺隊士になれるなら、安すぎるといっても良い対価だ。

ところが錆兎が言うところの優遇すべき相手というのは、怪我人と女性という、強くて男である彼自身とは真逆の弱者で、そこに自分が含まれることは決してないという前提の発言である。

それを知って村田はすごいと思った。
彼は剣技も一般人とは違い過ぎるが、その心根もとんでもなく違う。
こいつは本当にいつか柱にでもなるんじゃないだろうか…
そんなことを思いながら、とりあえず最初に助けてもらった人間として

「了解!これまでの鍛錬のことを思えば雑事くらいこなせるよ。
それでなくとも俺は錆兎に命を救われてなければ死んでる身の上だからな。
俺は錆兎といて少しでもその手助けになれればと思う。
今後7日間、なんでも申し付けてくれ」
と、最初に手をあげて言った。

すると皆、我も我もと手をあげる。

特に女子3人は
「素敵!錆兎さんに守って欲しいっ!」
ときゃあきゃあはしゃぎながらぶんぶん手を振った。




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