結局離脱者は一人もなし。
そりゃあそうだ。
7日間の労働と引き換えに命が助かり7日間生き延びて鬼殺隊に入るという目的が達成できるのだ。
それこそ言い出しっぺの錆兎自身くらい強くて一人でも余裕で生き残れるのであろうほどの実力がある者でなければ、離脱なんて選択肢はありはしない。
同じものを真菰と義勇も背負っていて、3枚つなげて木にかけて、地面についた布の端を石で止めると囲いのようになる。
「女子は着替えとか寝る時とかはこっちね」
と、真菰の言葉に、皆それが何なのかを悟った。
そちらを真菰が中心に整えている間、錆兎はあまり遠くには行かないように近場でと注意を与えた上で手の空いている人間に薪にする枯れ枝を拾うように指示したうえで、自らは袴の裾をたくし上げてまだ冷たい川に入って、河原から運んだ石で川をせき止めていく。
普通にしていても寒い季節なので、さらに冷たい川の中というのは皆躊躇するが、村田は思い切って自分も同様に袴をたくし上げて川に足をつけた。
ひっと思わず声が出る。
それに一心不乱に岩を並べていた錆兎は驚いたように村田に視線を向けて目をまるくしたあと、
「ああ、俺は寒い山の中で育ってるから大丈夫。
でもそうでなければ寒いだろう。
ありがとう。気持ちは嬉しいが無理はするな」
と、笑った。
すごくすごく温かい笑顔だった。
「でも二人でやった方が早く終わるし。
俺だって錆兎の役に立ちたいんだ。
やらせてくれ」
と言ったのは半分強がり、半分は本音だった。
そしてその村田の発言に、自分だけ休んでいるわけには…とさすがに思ったのだろう。
他の面々もおずおずと近づいてきた。
でもできれば水に入りたくない…というのはなんとなくわかってしまう。
それでもそんな皆を見て錆兎は笑顔で、みんなありがとう、と、言ったあと、
「手が空いていて余裕のある者は水には入らんでもいいから、水のそばまで大きめの岩を運んでくれるとありがたい。
まず魚を捕るために岩で流れをせき止めたい。
それで食料が確保できるめどがついたら、今度は風呂だ。
狭い範囲を岩で囲んで、そこに焚火で焼いた石を入れて水を温める」
と、説明しながら、無理のなさそうな範囲での協力を乞う。
もちろん一番つらく大変な部分を皆の恩人で一番の強者であるはずの錆兎が受け持っているのだ。
それで不平不満を漏らす者など一人もいなかった。
そうしているうちに自分の羽織を脱いでそれを袋代わりに岩をかき集めて運んで渡す者が出て、皆それを真似たので羽織は汚れてぼろくなったが、思いのほか早く作業が終わる。
「すごいな、皆よくやってくれたっ!」
と、自分だけのためのものでもないのに、まず笑顔で礼を言う錆兎に、皆、互いに礼を言って労わりあう。
その頃には枯れ木も随分と集まっていて、こちらも真菰が主導で女子達が岩で作ったかまどに火が灯っていた。
皆わりあいと早い段階で錆兎に助けられたため重傷を負っている者はいなかったが、それでも多少の傷を負っているものはそこで手当。
女子5人とかすり傷以上の怪我を負った怪我人3人を除いた12人のうち半数の6人で火の番と見張り、半数は日中に交代ということで休むことにした。
もちろん錆兎は鬼が出る可能性のある夜に起きている。
村田も錆兎と同じく夜組だ。
ぱちぱちと焚き木がはじける音がするだけの静かな夜。
男ばかり6人が2名3組に分かれて右、中央、左と同期組が眠るあたりを挟むように焚かれた3つの焚火を囲む。
一番見通しが悪く鬼が出る確率の高そうな川から皆が眠るあたりを挟んだ後方のたき火には当然のように錆兎。
そして村田はその錆兎と同じたき火になった。
「村田、今日はありがとうな。
他の者が気まずくなるだろうから、お前だけに言うということはできなかったが、正直一番大変な役割を率先して受け持ってくれて助かった。
おかげで皆も積極的に手伝おうという気になってくれたし、作業も早く終わった」
大勢を前にした時の凛としたよく響く声と違って、それは周りを配慮した随分と小さな声で、その言葉と共にその声音から彼は随分気配りをする人間なのだと村田は思った。
「それを言ったら一番の功労者は錆兎だろう?
周りに対する仕切りも、今みたいな気遣いも、なんだか俺らとはずいぶん違う人間な気がする」
と、正直なところを告げてみると、錆兎はちょっと複雑そうな表情をして、それから困ったように笑った。
「いや…俺はいつも真菰に空気が読めない武骨者だと殴られるんだけどな。
もしそう見えてたとしたら少し嬉しい」
そんなことを口にする錆兎はそれまでの印象と違って、なんだか同じくらいの少年に見える。
なるほど、生来のものではなく、姉弟子のしつけだったか…と、村田も笑うと、
「本来、うちの一家は口より先に手が出る人種で…義勇が来るまではそれでも誰も困らなかったんだが、義勇は見ての通りお姫様だからな。
俺は義勇のために剣術だけじゃなくて人間関係も生き方も全て立派な男になりたいんだ」
と、なんだかまんま夢を語る少年の顔で語った。
いわく…お姫様である義勇を娶るには、やはりそれにふさわしい男にならねばならない。
だから正式な結婚ができる18歳になるまでには鬼殺隊で最も強く尊敬もされ、そして給金も良い柱になるのだと、それを目指しているのだという。
言葉だけ聞いていると、本当に幼い子どもが見る夢の話のようだが、実際、今の彼を見ていると、それもただの夢では終わらない気がした。
村田だってできれば強くなりたいし出世もしたいが、なんというか、錆兎はまとう空気が違う。
元水柱だという有名な師範をして自分が教えた中で一番強い弟子で、いつか自分を超える剣士になると言わしめるのだから、もう元からして違うし、心根も立派だ。
18歳までにかどうかはわからないが、このままいけば本当に柱になる人材なのだろう。
それが同期として今村田と普通に好きな娘の話をしているなんて、どこか不思議な気がした。
だって、村田が自分の髪がサラサラなのは好きだった子が褒めてくれて以来、椿油で手入れをしているからだとかそんな話をすると、おお!と感嘆の声をあげて『村田は洒落者なんだな。やっぱり都会では男でも見た目の手入れは必要か…』などと本気で感心したりするのだ。
女の子の好みとか扱いについては真菰に聞くのだが、師範の元には今日一緒の二人の少女しかいなかったので同年代の年頃の少年たちがどんなふうにしているのかなど話すのは初めてだと、興味津々で色々聞いてくるので、一晩話をした。
まあ実際は錆兎は村田より強くて、村田より顔が良くて、色々してやれることだって多いので、どう考えても錆兎の方がモテるのだが、本人は山で師範と4人で暮らしていてほぼ他の人間に接したことがないということで、まったく自覚はないらしい。
もっとも自覚があったとしても、錆兎は義勇にさえモテていれば他にモテなくとも全く問題はなさそうだが…。
今日半日一緒に過ごしただけだが、村田の目からみてもそういう意味では義勇も錆兎以上に他に全く興味はないようなので、双方モテそうな美少年と美少女でも周りに害なく互いに幸せで結構なことだと思った。
そうして夜が明けると、まだ薄暗いうちに真菰が起きてきた。
それを確認すると錆兎は
「おはよう、真菰。
ここを任せていいか?
俺は寝る前に少し獣用と鬼用の罠を作ってこようと思う。
ついでに何か周りにないか見てくる」
と、立ち上がった。
え?寝ないの?とさすがに昨日の晩からの諸々で疲れただろうと思い、村田が驚いて見上げると、それに
「ああ、ここは真菰が変わるから、村田も少し寝ておいてくれ。
俺も最低限の安全と食料確保のための罠を仕掛けたら眠るから」
と、当たり前に笑みを浮かべる。
「いやいや、そうじゃなくてっ!
錆兎も早々に寝ろよ。お前が一番色々して一番疲れてるだろっ」
と、村田が主張すると、錆兎は少し目を丸くして、それから
「村田は良い奴だな。
でも本当にほんの少し見回ったら寝るから大丈夫だ。
ありがとう」
と、破顔した。
良い奴って…お前がそれを言うか?とか、色々思うわけなのだが、おそらくこれ以上言っても聞かないだろう。
なので仕方なく
「本当にお前もちゃんと休めよ?絶対だからな」
と、念押しをして、村田はそのまままだ熟睡中の同期組のところまで行って寝ることにした。
その後、村田が起きたのは昼過ぎだった。
目を開けるとちょうど隣に宍色の髪が目に入って、錆兎もちゃんと眠ったんだなとホッとする。
そんな風に安堵したのも束の間で、すぐそばで
「錆兎さぁ~ん!お昼召し上がりませんか~?」
と、高い声。
いやいや、確かに飯は大事だけど、錆兎は寝たの遅かったんだから起きるまで寝かせておいてやれよ…と、思う村田の心の声とは裏腹に、
「なっちゃん、錆兎さんのは私が運ぶからっ!」
「あら、さきちゃんこそ、村田さんにでも運んであげたら?」
「いいから二人ともどいてっ!邪魔っ!」
と、女3人がそこで言い争いを始めている。
女3人寄れば…と言う言葉もあるように大変うるさい、かしましい。
これで眠っていられるはずもなく、村田の祈りの甲斐なく、錆兎はぱちりと目を覚ました。
そして…目の前で繰り広げられている女の戦いに視線を向けて目をぱちくり。
だが、それも一瞬。
次の瞬間には寝起きとは思えないほどの腹の底から出るようなしっかりとした声で
──真菰っ!!
と、一声。
それに少し離れたところで調理していた真菰は心得たように
「義勇、これ錆兎のね」
と、皿代わりの大きな葉に乗せた魚やら肉と竹筒で作った水筒に入った水を義勇に渡す。
それを大切そうにテチテチと運んでくる義勇から受け取って礼を言うと、錆兎は言い争いをやめてそちらを凝視している女子3人に
「3人ともありがとうな。
でも俺は体を維持するために食う量を決めていて、そのあたりは真菰に任せているし真菰がなんとかするから気にしないでくれ。
まだ寝てるやつもいるし、村田に一人分やったら、目を覚ましてるやつでまた食ってないやつがいたらすまないが声をかけてやってくれるか?」
と、にこやかに礼を言いつつ、わずかだがまだ眠っているあたりを起こさないように、起きている面々のいる方に3人を促した。
すると彼女らは少し顔を赤らめて大人しく去っていく。
イケメンの笑顔、すげえな。
対女兵器かよ…と思いつつも、村田が小声で
──なあ、錆兎、あれ本当?
とこそこそ聞くと、錆兎はふあぁぁとまだ少し眠そうに大あくびをしながら
──半分は?外で食事を摂る時に世話を焼かれそうになったらそう言えって真菰に言われてる。
と、答えたあと、それは真顔で
──そんなことはないと思ってたし言ったんだが…なあ、俺はそんなに子どもに見えるか?
と、聞いてきた。
いや…子どもだと思っているからじゃない。
あいつらはお前の気を引きたいんだよ…
と思うわけなのだが、恋人である義勇がいる前でそれを言うのもはばかられたので村田が空気を読んで
「そうじゃなくて…鬼出たら頼りになんのお前と真菰だけだからな?
みんなお前に体調崩されるのが一番怖いから、お前にはちゃんと休んで欲しいし、食って欲しいんだよ」
と言うと、その答えに納得したようで、義勇と共になるほど、と頷く。
そんな二人を見て、村田は秘かに真菰って大変だよな…と思った。
錆兎は強くて自分のことは自分でできるし、それだけではなく出来ない他人のことを気遣えさえする。
だが出来る少年なせいで気を配らないといけない範囲が広すぎるのだろう。
他人のことは見えるのに自分のことはしばしば見えていない。
特に自分に対する好意に関しては……
さっきのアレは義勇を守るために先回りした真菰の気遣いだったと断言できる。
義勇は錆兎の身の回りの諸々は自分がやるものだと思っているし、錆兎が起きたことを知ったら絶対に自分が食事を持っていこうとする。
義勇が持ってきたら錆兎は当然他に誰が用意していようと義勇から食事を受け取るだろう。
そうしたらもう義勇は全女子の敵認定だ。
その前にそういう状況になったら必ず自分を通すようにと言い聞かせておく真菰は賢い。
同じ義勇が持っていくのでも、そしてそれを錆兎が受け取るのでも、そこに“真菰に言われているから”という理由付けがあれば、それを潔しとしない人間が出てきたとしても矛先は妹弟子、弟弟子に行かない。
錆兎が男として姉妹弟子を守ろうとするのと同様に、真菰は姉として弟妹を守ろうとしている。
小柄で可愛いのに、真菰はなんだかお姉さんで、錆兎の姉弟子だからという下心も多少はあったようだが、女子3人組もどこか頼れるお姉さん的に思っているようだ。
昼間で鬼が出ないからと、真菰は薬草や食べられる草を女子3人組に教えつつ摘みに行っていて、村田は錆兎が作った食料にする獣を捕るための罠の確認に回っていた。
それでたまたま近くを通りがかった時に、彼女たちの話が聞こえてきたのだ。
──ちょっといいなって思う男の子ってだいたい彼女がいるんですよねぇ
──あ、わかる~!みんな良い男のこと見つけるの早すぎだよ~って思うよね。
…と、そんな異性がいないからこその女子の雑談。
おそらく暗に錆兎と義勇のことを匂わす女子に、真菰がばっさりと
──あんたたち、馬鹿だねぇ~
とぶった切った。
影で聞いていた村田はぎょっとした。
これ、救援案件か?!
錆兎を呼んでくるべきか?!
と一人で焦っていると、真菰は黙り込んだ女子達にきっぱりと言う。
「それは逆だよ。彼女が育てたからいい男になったの。
錆兎なんて義勇が来る前は力が強いだけの脳筋だったからね?
あの子、山で振袖着た義勇拾って帰った時の第一声が悪気なく、
『真菰、本物の女の子みつけたっ!』
だったからね?
『私だって本物の女の子だよっ!』って容赦なく殴ったくらいだから。
それが義勇の気を引きたくて私に叱られながら一生懸命女の子のこと学んで、空気を読むように努力して今があるんだよ。
よく女は男で変わるっていうけど、逆。
男の方が単純だから女次第ですごく変わるよ?
だから本当に良い男を手に入れたかったら他の女の子が育てた既製品狙っちゃダメ。
自分で自分好みに育てなきゃっ!」
少女たちの間から笑い声と歓声が沸き上がる。
なんだか大丈夫そうだな…と思ってこっそり離れて罠の点検に戻った村田が拠点に着いた時には、なぜか女子3人組まで真菰を真菰姉さんと呼んでいた。
その後は義勇のことも真菰が可愛がっている妹弟子と言うことであたりが柔らかくなり、女性陣はなんだか和やかで仲良しになる。
それから7日目の最終日夜明けまで、夜にはたまに鬼が襲ってきたが、錆兎が叩ききったり、弱めの鬼の場合は錆兎が見守り補佐をしてくれる中で戦闘の練習をさせてもらったりして、最初に村田が鬼の首を斬れた時には、それを知った昼組の男連中が大いに羨ましがって、昼夜の見張りの交代をしたいと申し出たりと、大騒ぎだった。
そして結局鬼狩りの練習をしたい者が夜の番、そして斬れたら昼の見張りと交代とそんな決まりが出来る
日中組は昼間に錆兎が作った獣用の罠にかかったイノシシや野兎を取って来てさばいて、肉は食料に、わずかばかりとれた毛皮も怪我人や女子の防寒に回す。
その他にも同じく仕掛けた罠から魚を集め、森の中で木の実を見つければ取って来てその場所は全員で共有。
風呂は女性陣が入る時は男は全員普段女性陣がいる囲いの向こう側に待機。
男連中はあいてる時間に適当に入る。
錆兎達はわずかばかりの米と一人用の小さな鉄鍋を一つ持っていたので、その米は粥にして体が弱っている怪我人と女性陣に。
男は焼いた魚と肉、それに木のみでの7日間だったが、正直塩を振っただけの魚や肉をこんなに美味しく感じたのは初めてで、そんな食生活も辛いとは感じなかった。
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