少女で人生やり直し中_11_50人を喰った鬼

皆が笑顔でワイワイと郊外での合宿のような7日間。
その最後の夜のことだった。


明日の朝には正式に鬼殺隊士だ…と、誰もが思ったその夜に、村田はいきなり見張りをしていた一人に起こされた。

村田だけではない。
女子や怪我人を含めた全員が起こされている。

それだけで非常事態だということがわかった。


川べりに集合。
皆の前に立つ錆兎の顔に珍しく笑みがない。

その厳しい表情にあたりに緊張が漂っていることに気づいたらしい。
錆兎が軽く目をつむって小さく深呼吸をした後、目を開いて皆を見回した。

「みな、落ち着いてきいてくれ。
落ち着いて冷静に行動すれば大丈夫だから」
と言う言葉は、おそらく何か厳しいことが起こったのであろうこんな時でも仲間に対する気遣いが見え隠れする。

それにこんな時なのに心がほわっと温かくなった。
それは他の皆も同じらしい。
動揺で騒ぐでもなく、

「俺らは錆兎のこと信頼してるから。
なんでも話してくれ」
と、自然とそんな声が上がる。

それに錆兎が一瞬、
「みんな、ありがとうな」
と、嬉しそうな笑みを浮かべた。

そして静かに話し始める。


「今こちらに向けて強い鬼が近づいている気配がしている。
鬼は食った人の数だけ強くなるというのを聞いたことがある奴もいると思うが、これまで斬ってきた鬼が食った数が1,2人から多くてせいぜい3人くらいだとすれば、その鬼が食った数はおそらく50人は超える。
それで強さは分かってもらえると思う。
見習いの試験に使うにしては規格外の強さだ。
何故そんな鬼が紛れ込んでいるのかはわからないが、移動速度を考えればこのまままっすぐこちらに向かってくるならたどり着くまであと20分ほどだと思う。
途中進路を変える可能性もあるが、あるいはここに拠点があるとわかっていて向かってきているならこのままこちらに来るだろう。
ということで、俺は先手を打ってそいつを倒しに行こうと思うが、今までの鬼と違って絶対はない。
幸いにして今日が最終日であと夜明けまで5時間生き抜けば皆選別を突破できる。
だから倒すのが難しくとも最悪可能な限り足止めはする。
皆はここでいつでも移動できるように支度をして待機していて欲しい。

迎撃に出るのは俺と真菰、義勇、それに連絡係に出来れば村田が来てくれると嬉しい。
俺が崩れそうになったら、真菰が活路を開いて、義勇が村田に同伴して道中の鬼に備え、必ずここに戻ってそれを伝えるから、そうしたら皆は逃げろ。

なるべくバラバラにならぬよう、出来れば日の光が当たらぬ森の中ではなく、夜が明けたら真っ先に日が当たって安全圏になる川べりを逃げると良いと思う。

そして今までそうしてくれたように、できれば怪我人と女性に助けの手を差し伸べてやって欲しい。
もちろん各々の命の重さに差異などないし強要はできないが、そういう気持ちを持って進んでくれると俺が嬉しい」

それは静かで穏やかで優しくて…でもどこか悲しく聞こえた。
シン…とする中、しかし突然あがった声は

「冗談じゃないっ!そんなのごめんだっ!」
という声で、村田は驚きの視線をそちらに向ける。

この期に及んで自分の身だけ優先するつもりか?と思ったのだが、違ったらしい。

「俺は逃げないぞっ!ここでお前を待つから、絶対に戻ってこいっ!!」
と続く言葉に、なんだかホッとすると同時に胸が熱くなった。

それに続くように今度は女子組から
「そうよっ!私たちは真菰姉さんから良い男を捕まえる極意を教わるまではぜぇ~~~ったいにここを動かないわよっ!!
それに狐っ子姉妹とはもうズッ友なんだからねっ!!」
と、声が上がる。

それを皮切りにあちこちからそうだ、そうだ、と声が上がって、錆兎と真菰は顔を見合わせて泣きそうな顔で笑った。

「ああ、俺達は良い同期を持った。
わかった。俺と真菰も自力でここに戻ってくる。
万が一のことがあっても魂だけになっても戻ってくるから待っていてくれ」

そう言うと、そこで義勇が初めて自分がずっと大切そうに抱えていた刀を錆兎に差し出した。

「先生に手入れをしてもらってから一度も使っていない最高の状態の刀だから。
これを使って」
と言われて錆兎が礼を言ってそれを受け取ると、集団の中から女子組の一人が飛び出して

「これも持っていってっ!鱗滝様の家のほど立派じゃないと思うけど、うちの師匠が用意してくれて一度も使ってない、状態はいいはずの刀だから。
私が持ってても使えないし、義勇も一応刀使えるんでしょ?
自分で使っても良いし、錆兎さんの刀に万が一のことがあったら渡しても良いし。
予備の予備ねっ」
と、自分の腰から鞘ごと抜いた刀を義勇に差し出す。

義勇はそれをびっくり眼で凝視して、それから

──ありがとう…嬉しい
と、ふわりと笑った。


それを見て皆が我も我もと刀を差しだそうとするが、それは錆兎が
「俺がいない間に他の鬼がここに来る可能性もあるんだから、倒せる奴は自力で自分の刀を使って鬼を倒さねばならんだろう。
気持ちはありがたいが、他のやつは自分の刀は自分でもっておけ。
第一義勇だってそんなに何本も刀は持てん」
と、苦笑しつつ辞退する。


「というわけで…俺たちはちょっと鬼退治に行ってくる。
またあとでな」
と、皆が落ち着いたところで錆兎は最初につけていた狐の面を頭に乗せると、先頭を切って他3人をうながした。






なんというか…緊張する。
狐の面を被った3人は元水柱の愛弟子たちで、一般の少年少女とは違うのだ。

夜の森を走り抜ける小狐達。
普段はほわんほわんとどこか天然ドジっ子臭のする義勇ですら、なんだか神々しい。

そんな中での一般人代表。
もう自分だけ場違い感満載だ…と村田は思う。
まあ当然だ。
自分は出来ることなんてほぼなくて、刀を抜きさえしないという前提で、ただの使いっぱとしての役割以外は何も期待されていない。
そう思っていたのだが、途中、錆兎が言った。

「今回は村田には最初から最後まで助けられっぱなしだな。
お前に出会えて本当に良かった」


はぁ???
と、村田はその言葉に唖然とした。

いやいや、逆だろ。
助けられたの俺じゃん?
と思ってそれを口にすると、今度は真菰が

「ああ、確かに。
村田が率先して協力する姿勢を見せてくれたから、みんなこっちの指示を素直に聞いてくれたしね。
あとは錆兎の緊張緩和?
ずっと先生以外は女の中で過ごしてきたから、同年代の男の子久々だしね」
と言いつつ、アハハっと笑う。

それに
「真菰は余計なこと言わないでいい」
と、バツが悪そうな顔をする錆兎。

「え?錆兎も緊張なんてするんだ?あんなに堂々としてるのに?」
と、村田が驚いて聞くと、それにも真菰が

「うん。錆兎はね“そういう家”に育ってるから、おおやけの場ではすごく堂々と立派にふるまえるけど、個人的な関係になるとすごく不器用なの。
他人にはきちんと接しなさいって育ってるから上手に気が抜けないっていうか…。
普段だと家族しかいない場所、家族しかいない時間て言うのがあるけど、今回は7日間ずっと肩の力を抜く場所がないからね」
と答えた後、

──村田といる時の錆兎、すごく楽しそうだったよ。
と、嬉しそうな姉の顔で言った。

本当かよ。
とちらりと錆兎に視線を向けると、錆兎は

「あ~もうっ!真菰の言うことは気にするなっ!」
と照れたようなバツが悪そうな顔をする。

どうやら本当のことらしい。
真菰の言う通り、錆兎は皆の前で語る時は先生のようなのに、二人きりだったり真菰たちしかいないと年相応の少年の顔をする。

その素顔を見せてもらえる一人に加えてもらっていると思うと素直に嬉しい。


──気にはなるな。だって俺も楽しかったし?
にぱっと笑って村田が言うと、少し照れた顔で

──…うん…俺も楽しかった……
と、錆兎は頷く。

──美味い飯屋とかさ、甘味屋も教えてやるから、鬼殺隊に入って休みがあったら行こうぜ
と、さらに続けると

──村田だけずるい…
と、義勇が膨れる。

そこに真菰が察して
──そこは口出しちゃダメなとこだよ、義勇。男の子っていうのは見栄を張りたい生物だから
と、意味ありげに笑うのに、

──どうして?
と義勇は小首をかしげた。


そう、これは見張りをしながらした会話。
真菰は女の子の気持ちはよく教えてくれたらしいので、村田は一緒に火の番をしながら今時の町で女の子が喜ぶような店の話をよくしていたのだ。

鬼殺隊に入って最初の給金が出たら義勇のために髪留めを買ってやりたいのだと楽し気に語る錆兎に、じゃあ店を教えてやるし、どうせなら義勇と行くのにちょうどいい、流行りの甘味屋も教えてやる、と、そんな話もしていたのである。

だから互いに死ねないな、と、そんな会話を交わしたのも記憶に新しい。
そう思うと、それは今の場にとても似合いの話題な気がした。


ほどよく皆緊張が解けた頃、錆兎のように気配に敏いわけでもない村田ですらどこか身震いするような圧がただよってくる。

気力を振り絞らないと足が止まってしまいそうだが、狐っ子たちは義勇ですら淡々とした様子でそれぞれ準備を始めているように見えた。

──ここからは俺が出る。わかってるな?
と、錆兎が言う。
いつになく緊縛した低い声で。

それに続いて、
──錆兎が遅れをとるような奴を相手に助けようと前に出たら足手まといになってかえって退路を断つことになるからね?わかってるね、義勇
と、真菰が義勇に対するにしては初めて聞くような厳しい声音で言うのに義勇が頷く。

そして前方に錆兎、そのわずかばかり後ろに真菰…さらにそれよりだいぶ後方に控える義勇と並んだ村田にだけ聞こえるような小さな声で

──死ぬ時は一緒に…でも、後を追うのは村田を逃がしてから…うん、わかってる
と、義勇がつぶやいた。


まるで冒険活劇の英雄達のようだ…と、こんな時に不謹慎なと自覚しつつも村田は思った。


そして目の前に見えてきた、錆兎いわく50人は人を喰っているという鬼。
それは上背も幅も錆兎の倍以上はあって、体から多数の手が伸びてそれが体を守るように覆っている。

──また狐どもが喰われにきたかぁ…

鬼が錆兎を見てはなった第一声。
にやりと笑って嬉しそうに言う。

狐と言うのは考えるまでもなく、錆兎達の被っている面を指しているのだろう。

錆兎達の師匠が弟子を選別に送り出すときに作ってくれるという厄除の面。
錆兎達を見ればわかる通り、他の参加者よりはきっと強く優れていた錆兎達の兄弟子達が一人も選別を超えなかったのは、あるいはこの鬼に食われたからかもしれない…
そんな風に村田は思ったのだが、それは事実だったらしい。

──お前で12匹目…後ろの2人で13匹、14匹だな
と、錆兎と真菰、そして義勇を指さす。

それでも錆兎は変わらない。
いつでも飛び出せるように刀を構えながらも相手の出方を待っている。

怒りの空気が漏れ出しているのは普段冷静な真菰の方だ。


「あいつの弟子はみぃんな食ってやるって決めてるんだよ。
あいつも馬鹿な奴だ。
自分が作って持たせた面が俺に踏みにじられるための目印になってるなんて知らずに今年もまたせっせと作って持たせてんのかぁ。
ガキどもが喰われんのは全部あいつのせいだっていうのになぁ」

──黙れぇーー!!先生を侮辱するなああーーー!!!!

激高する真菰を初めて見た。

あっという間に錆兎の横を通り抜け、鬼に斬りかかっていく。


──真菰っ!下がれっ!!!
と、瞬時にそれを追う錆兎。

だがそれよりも先に鬼の太い腕が首を狙った真菰の刀をはじき返し、迫る手が真菰の手足を捕らえた。

ギリッと力の入る気配。
引きちぎられるっ!と思った瞬間、追いついた錆兎の刀が真菰の四肢を捕らえた鬼の手を切り落とし、真菰は地面に落下する。

そこに振り落とされる巨大な鬼の足。
飛び上がったまま鬼の肩口あたりにいる錆兎。

ザン!!と鬼の足が地面にめり込むギリギリに、真菰が激高して動いたあたりで自身も前に走り出していた村田が真菰を掬うように両腕に乗せて鬼の足の落下地点から転がり逃れた。

──村田っ!感謝するっ!!
鬼の手をかいくぐりながら、視線も向けずに気配で察したのだろう。
錆兎がやや顔を引きつらせながら、それでも笑みを浮かべた。

──真菰は俺が見てるし状況によっては責任をもって逃がすからっ!!

そう、真菰の刀の刃ですら通らないような相手なら、錆兎が選んでくれた弱めの鬼をようよう斬れるくらいの自分では攻撃の役には立たない。

それなら、と、村田が申し出ると、錆兎は

──お前に出会って…お前を同行させて本当に良かった!
と、今度こそ曇りのない満面の笑みを浮かべた。


もちろん義勇とてそうなれば動かないという選択肢はない。
刀を包んでいた布を放り出し、自らそれを握る。

──義勇は……
と、やはり気づいた錆兎が口を開くのを遮って

──戦えるっ!!
と、一言。


そしてさらに
──私は揺るがない、戦えるっ!錆兎が生きている限り自己を見失うことはないっ!!
と、続けると、この状況で止めるのは無理と判断したようだ。

錆兎は
──村田は撤退。義勇は流流舞い。間違っても捕らえられるなっ!
と、指示を出す。


──参ノ型 流流舞い

初めて見る義勇の剣技。
それはまさに舞いというのにふさわしい、流れる水のように綺麗な剣だった。

錆兎の力強い剣とは違うが、義勇のそれもとても洗練されていて、彼女も本当に剣の達人であることを村田は実感する。

面白いもので義勇の剣はなぜだか殺気を感じない。
だからだろうか。
ただただ綺麗で目を奪われる。

それはなぜか鬼も同じなようだった。
一瞬動きを止めてそれに見入る。

涼やかな水の流れ…と、そこに急にものすごい質量の大波がズドン!!とぶつかってきたような錯覚を覚えた。

──壱ノ型 水面斬り!!

まさに無防備な状態の急所。
斬るべき場所に寸分の狂いもなくスパァッ!!!と打ち込まれる刀。

斬られた当の鬼ですら、何が起きたかわからなかった様子で、呆然とした表情の頭がぽぉ~んと夜の闇の中に吹き飛んでいった。

それはそれは見事なまでの連携で、鬼の首が体から少し離れた場所にコロンと転がったその瞬間に、錆兎と義勇が同時に地面に着地した。


あっけないほどの結末。
さらさらと砂となって崩れ落ちていく鬼の身体。

ずいぶんと簡単に終わったものだと知らなければ思ったところだが、実際刃を入れる場所を判断。
その場所に寸分の狂いもなく刃を入れるには、かなりの集中が必要だ。
その間に錆兎は完全に無防備になる。
それこそ雑魚鬼の一匹、一般人ですら簡単に殺せるくらいには。
ましてや目の前の鬼が手の一本でも伸ばして来たらそれで終わりだ。

だから義勇が完全に鬼の気を引かなければならない。
そのうえで他の外敵が近づいていないかも気を配らなければならない。

そして…なにより、錆兎自身がそうやってその間義勇が錆兎の身を脅かす何者をも近づけないという信頼を持って全神経を集中できなければならない。
そんな綱渡りの戦いであったことを、村田はのちにきいて、冷や汗をかいた。



…私たちで色々な意味で最後だね……

拠点までの帰り道、最初、怪我をした真菰は錆兎が背負うと言ったのだが錆兎自身も鬼とのやりとりでボロボロなので、村田がこのくらいはやらせてくれとその役を買って出た。

怪我をした真菰だけじゃない。
師匠が弟子の無事を祈って作ってくれた狐の面が鬼に食われる目印になっていたという例の鬼の言葉でそれぞれに思うところがあるらしい。

おそらくこの選別の会場にいる中で最強の鬼を倒したのだが、その表情はどこか暗い。

村田の背中でぽつりと呟いた真菰の言葉に、

…ああ、先生も弟子は俺達で最後にするって言ってたしな…
と、錆兎が答える。

そうなのか…こんなに優秀な剣士に育てられる才があるのにもったいない…と、村田は思うが、その優秀なはずの弟子達が一人として選抜を超えられないとなれば、確かに心も折れるだろう。

それもたった今、原因となっていた鬼を倒したので最後となるのだろうが、逆にじゃあなぜそれを知ったかと言う話になれば、鬼が言っていた面を目印にして弟子たちを喰っていたことを言わねばならない。

それはそれでひどく傷つくだろうし、難しいところだ。


錆兎もそれを悩んでいるのだろう。

──先生に…言うべきか……
とぽつりと零すが、それに

──だめっ!絶対にだめだよっ!!
と、背負った真菰が村田の頭の後ろで即叫ぶように言う。

──でも兄弟子達の名誉のためには…
とさらに言いかけた錆兎の言葉は、

──私たちは頑張ったっ!錆兎と真菰姉さんと一緒に生きて選別突破出来て嬉しい。
と、そういえば一人どこか幸せそうな義勇のはずんだ声に遮られた。

相も変わらず錆兎と手を繋いでテチテチと歩きながら、

──1人きりで生きるくらいなら錆兎と一緒に死にたいと思ってたけど、今は錆兎と一緒に生きたいと思ってる。

一緒に先生にただいまを言おうね、と、嬉しそうに自分を見上げる可愛い少女にだいぶ険しい顔をしていた錆兎の顔も緩んでしまう。

──そうだな。まずはそれだ。
と、頷く錆兎に

──先生、絶対に喜んでくれるよねっ
と、真菰も頷いた。


──鬼殺隊の制服着た錆兎が早くみたい。きっとカッコいい。
と、ほわほわと微笑む義勇は可愛い。

そして村田以上に恋人である錆兎や姉代わりである真菰はそう思っているのだろう。
空気が一気に柔らかくなった。


Before <<<   >>> Next (6月2日0時公開予定)





0 件のコメント :

コメントを投稿