そして1年半後…
最終選別の前日の夜…前世の最終選別で二人が亡くなった記憶のある義勇は不安で眠れない。
食事も砂を噛むように味がしなくて半分ほど食べて部屋に戻って青ざめて俯いていると、このところ夜遅くまで鱗滝先生に直前まで稽古をつけてもらうのだと言って居なかった真菰が珍しく早く部屋に戻って、
「明日から選別で湯にはつかれないだろうから、今日は一緒にゆっくりお風呂に入ろうか」
と、義勇の手を取って立ち上がらせた。
そうして館の裏に沸いている温泉へと向かう。
人もめったに来ない山の上なので小さな屋根がついているだけのその岩風呂の横には、脱いだものを置いておく小さな脱衣場と風よけ程度の本当に簡易的な洗い場の小屋があって、脱衣場で二人して着物を脱ぐと、真菰と連れ立って洗い場へ。
そこで真菰がいつもより丁寧に義勇の髪をあらってくれる。
まるで姉がしてくれたように丁寧に丁寧に。
洗ってまとめる前にもつれない様にと柘植の櫛で微塵もひっかかりがないように梳くと、手ぬぐいで拭いて上にまとめてくれた。
ここに来た当初こそ、今は自分も一応女性なのだが、女性である真菰の裸を見ることにとても抵抗があったが、年単位で一緒に居て家族になってくると、むしろ細身なのに女性らしいふくらみのある真菰の身体と、まだあまり女性らしさが足りないように思われる自分の身体を見比べてみたりするようにすらなってきている。
そうやって自分の胸元に目をやってため息をつく義勇に真菰は笑って
「大丈夫。義勇もそのうちもっと大きくなるから。
そもそもが錆兎はきっと大きくても小さくても、その時の義勇の胸の大きさが一番好きな胸の大きさだと思うしね」
などと言うので、そのあけすけな言葉に義勇は真っ赤になってしまった。
本当に真菰は錆兎とのことで協力はしてくれるが、その分容赦なくあからさまな発言を口にするので困ってしまう。
そうやって耳まで赤くなって胸を隠して俯く義勇に
「もう、義勇ったら本当にか~わいい!
今だけは錆兎も見られないこんな可愛い義勇を真菰お姉ちゃん独占だねっ!」
などと言うのでますます居たたまれなくなって
「もう、からかわないで」
と、義勇は洗い場を出て岩風呂へ。
そして目の前に広がる光景に、小さく声をあげた。
なんと風呂に色とりどりの花が浮いている。
「綺麗でしょ。義勇のために錆兎と二人でこっそり集めて浮かべたんだよ」
と、驚く義勇の後ろから、真菰がにこにこそう告げてくる。
「私のために?」
「そうそう。最終選別が終われば、しばらくしたら狭霧山とはお別れだからね。
可愛い義勇にとびきりの思い出を作ってあげたいなぁ、なんて思ってね」
本当に…なんということだろうか…
前世だって狭霧山の生活は幸せな思い出がいっぱいだったが、今生はもう幸せを通り越してキラキラしている。
正直…錆兎や真菰に死なれて置いて行かれるのは絶対に嫌だが、自分自身の人生はもう最終選別で死んでしまったとしても一生分としては十分なくらい幸せをもらっている気がした。
感動しすぎて声も出せずポロポロと涙を零す義勇に、
「あ~、もう。うちの末っ子ちゃんは本当に泣き虫なんだから。
ほら、風邪ひいちゃうから湯舟に入ろうね」
と、真菰が笑ってそう言うと、義勇を促して一緒に湯に浸かる。
空には綺麗な月。
立ち上る湯けむり。
目の前にいるのは義勇のことをやたらと可愛いと連呼するが、自分の方が可愛らしい顔をした真菰。
少女として時を巻き戻って、錆兎と出会ってまるでおままごとのように将来を誓い合って、そのあとにこの館で会った久々に見る真菰の愛らしさに、あの状況で義勇が錆兎の嫁になりたいなどと言ったから優しい錆兎が断れなかっただけで、実は真菰を嫁にしたいとか思ってたんじゃないだろうか…と、少し落ち込んだりもした。
そのくらい真菰は可愛らしい。
でも真菰に言わせると全然そんなことはなくて、
「そもそも、義勇だって聞いてたでしょ?
錆兎ったら義勇を連れてきた時、本物の女の子みつけたとか言ったんだよ?
私のことは女の子だって思ってないからっ」
と頬を膨らまして、自分たちは姉と弟なのだと主張した。
確かに前世で女の子が真菰しかいなかった時も今も、錆兎の真菰に対する態度は変わらない。
一応性別的には女の子だからと多少はいたわりもするし、本気で手足が出ることもないが、今の義勇に対するように強い日差しにも冷たい風にも極力あてないようにくらいの勢いで気遣ったりはしなかった。
真菰いわく…錆兎は男としてどうあるべきかというのを父親から随分と厳しく躾けられてきたから女性に対してはそれなりに優しいが、身近に母親以外の女性がいたことがないので女性に慣れていなくて、おそらく義勇が初恋だということだ。
だから本人的には女性の中でも最上級に大切にしているつもりらしい。
──慣れてないから見当違いの気遣いしてたりするけどね
と、付け足して笑う真菰は、それでも義勇にその錆兎の思いが少し伝わっていないかなと思う行動に関しては、いつでも補足をして二人の仲を取り持ってくれる。
錆兎の嫁というのも嬉しいが、そんな真菰と錆兎について語るのも義勇の今生での楽しみの一つになっていた。
好きな相手と両想いで、さらに仲の良い姉のような相手と恋バナなんて最高じゃないか。
前世では義勇の人間関係の楽しみは13で錆兎を亡くしたところで終わっていて、その後は恋をするどころか極力他人とのかかわりを避ける日々だったので、思えば恋愛自体が初めてだ。
明日の最終選別を3人揃って超えられれば、蔦子姉さんのような白無垢を用意して、それを着て祝言を挙げる日が来るのかもしれない。
そう思うと明日が来るのが少しだけ楽しみになった。
そうして真菰と二人、花の浮かんだ風呂を堪能して部屋に戻ると、そこでも義勇は驚きに目を丸くすることになる。
部屋に風呂に行くときにはなかった衣桁があり、そこにはなんと白い着物がかけられていた。
白い鶴の刺繍の入った白い絹の着物。
それがどういう用途のものかなんて、義勇にはわかりすぎるくらいわかっている。
なにしろ姉が亡くなる前、さんざん羨んで見せてもらったものだ。
…なぜ…こんなところに白無垢が…?
と、呆然と立ち尽くす義勇の着物を真菰が甲斐甲斐しく脱がせていく。
そうして襦袢、長襦袢と着せかけて、下着を着終わったところで衣桁から白無垢を下ろして義勇に袖を通させた。
「私はね、錆兎や義勇と違って伯母がいてね。
嫁ぎ先の手前引き取ることはできないけどって奉公かここに来るかは選ばせてくれたの。
で、鬼狩りの修業をするってことでここに来る時に母が着た花嫁衣裳を伯母が持たせてくれてね。
私は嫁ぐ予定もないし、それなら可愛い妹に着て欲しいかなって思って。
鱗滝さんに相談して錆兎にも話して、最終選別を超えて鬼殺隊に入ったら錆兎だって一人前だし、年齢的にまだ正式に結婚はできないけど、結婚予定ってことで仮祝言をあげちゃおうかってね。
例えるならそうだねぇ…結婚予約、婚約式?」
ほわほわした笑顔。
ああ、これはわかる。
蔦子姉さんの祝言を楽しみにしていた時の自分だ。
なぜかそんなことを思い出して、嬉しいのか悲しいのかわからない涙が零れ落ちた。
でも一つだけわかることは
「お姉ちゃんの可愛い義勇ちゃんは、錆兎と祝言をあげてお嫁さんになるのは嫌?」
と、大好きな真菰姉さんが笑顔で義勇の顔を覗き込んで口にする質問に、
「嫌なはずなんて絶対にない」
と答えた自分の気持ちだ。
錆兎と祝言をあげるのも、そうしてあげたいと思って本当なら自分のために用意されたのであろう大切な白無垢を貸してくれた真菰の思いやりも、それを許可して協力してくれた鱗滝先生の気持ちも…何もかもが嫌なわけがない。
「…嬉しい……」
と、義勇がしゃくりをあげながら言うと、真菰は少しほっとしたように微笑んで
「うん、じゃあ行こうか。
居間で先生と錆兎が待ってるから」
と、義勇に手を差し出した。
それは本当におままごとのような祝言だった。
花婿も花嫁も13歳。
まだ幼くも愛らしい。
それが紋付と白無垢を身にまとって神妙な顔で座っていると、まるで変わり雛のようである。
参列者だって彼らの師匠と姉弟子の二人だけ。
それでも彼らにとってはどんな豪華な祝言よりも立派な祝言だった。
彼らよりもずっと前から何人もの弟子がこの館から最終選別へと旅立って、そして戻ってくることができずにいた。
だからこそ、今いる弟子の中で一番長くいる弟子から将来を真剣に誓い合っている弟弟子と妹弟子の祝言を挙げてやりたいと言われた時、鱗滝は一も二もなくそれを許可して自らも協力を申し出た。
それは死ぬ前にせめて…という思いからなのか、それともそうやって少しでも絆が強く結びつくことでなんとか生きて帰る力が生まれることを祈ってなのか、彼自身にもわからない。
それでも互いにぎこちないながらも幸せそうな笑みを浮かべて、まだ酒は飲めないので夕方に汲んできた綺麗な湧き水に果実の搾り汁をすこしだけ入れて味付けをしたほんのり甘い水で三々九度の真似事のようなことをする幼い弟子たちを、鱗滝は目を細めながら祝福した。
「…世間的にはまだ認められなくとも、お前は夫として義勇を娶ったのだ。
妻の身を守るのはもちろん、己が死んでは妻を守ることはできんからな。
絶対に義勇を守って、お前自身も無事に戻ってこい。
それが男としての責任だぞ」
と、念押しするように言うと、錆兎は
「はいっ!」
と、生真面目な様子で頷く。
錆兎は強い。
鱗滝が今まで育てた弟子たちのなかで、おそらく一番強いのではないだろうか。
しかし強すぎるからこそ、しばしば己の防御が甘くなる傾向がある。
そこを律するのに義勇の存在が良い影響を与えればいいのだが…と思う。
鱗滝はこの子たちが無事戻っても戻らなくても弟子を取るのはこれで最後にしようと思っているので、最後の最後に送り出した弟子が、鬼殺隊で活躍しないでもいいからせめて無事生きて戻って幸せになってくれるよう、心から神に祈った。
そして…師匠に言葉をかけられた錆兎は心の底からその言葉に賛同する。
死ねない。絶対に死ねない。
だって嫁が可愛すぎる。
こんな可愛い嫁を残して死ねるわけがないだろう。
義勇のために仮にでも祝言をあげてやりたい…そう言いだしたのは姉弟子の真菰だ。
彼女は錆兎以上に義勇を気に入っていて可愛がっている。
もう猫かわいがりと言う言葉がしっくりくるレベルで、彼女の朝はその猫の毛並みの手入れならぬ、義勇の髪の手入れで始まるくらいである。
同性なので同じ部屋に寝泊まりをして、義勇が朝に目を覚まして最初に見るのも、寝る前に最後に見るのもこの姉弟子なので正直少し羨ましいが、同性だから嫁にはできないのだし、大人になって嫁にして人生の最後までずっと共にあることができるのは自分だけなのだから…と、今はじっと我慢の子だ。
とにかくそんな風に可愛がっている妹弟子を最終選別前に元気づけてやりたいと思ったのだろう。
祝言をあげようと言い出した真菰の言葉に異論はない。
「本当は衣装も錆兎が用意してあげるといいのかもだけど、今は甲斐性ないしね。
私のとっておきを貸してあげるから」
と、錆兎にはたまに毒舌だったりするのだが、それも事実だから仕方がない。
でも仮のではなく、大人になってきちんと籍をいれられるようになってあげる本当の祝言では、三国一の立派な花嫁衣裳を用意してやれるよう頑張ろうと思う。
そのためにも目指すところは18歳の誕生日を迎えるまでに柱になること。
お姫様のように可憐な義勇を娶るなら、当然自分は鬼殺隊の頂点に立たねばならない。
ということで、義勇に出会ってから錆兎はとにかく今まで以上に鍛錬にいそしんできたのだ。
まだ実戦を経験できていないのでどこまで通じるかはわからないが、新米隊士くらいには負けない気がする。
それでも新米隊士くらいでは可愛い義勇を守りきれはしないと思うので、錆兎は日々頑張るのだった。
そんな錆兎からすると、可愛い可愛い義勇が自分との祝言のために一足早い白無垢姿を見せてくれるとなれば、それに応えないわけにはいかない。
雪のように真っ白な細く華奢な身を真っ白な白無垢で包んだその姿は天女と見まがうくらいの可憐さで、錆兎の視線に気づいてふにゃりと浮かべる笑みの愛らしさと来たら国宝級である。
こんな愛くるしい義勇に小指のさきほどの怪我だってさせられない。
義勇は俺が守るんだ!
命に代えても守るんだ!
と強く強く思っていたわけなのだが、自分に何かあったら義勇を守る人間がいなくなるという鱗滝先生の言葉は盲点だった。
なるほど、そこな。
それは大事だ。
と、一周回って冷静になって、錆兎はなるほど…と考え直した。
せっかく真菰も一緒なのだから、二人で協力して3人一緒に無事選別を突破することを第一に。
いつか自分の力で愛しい義勇を世界一幸せな花嫁にするために頑張るのだ。
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