「ぎ~ゆうっ!今日はこの飾り紐で結ってみようかっ」
狭霧山の鱗滝先生の館では弟子たちはまだ暗いうちから起き出して修業を始めるが、それでも女子は身支度の時間は削れないらしい。
前世では義勇は錆兎と同じ部屋に寝起きをしていたので錆兎に起こされて寝ぼけ眼で顔を洗いに引きずられていくことで一日が始まったものだったが、今生では一緒の部屋で寝泊まりしている真菰に起こされて、綺麗に髪を結ってもらうところから一日が始まっている。
錆兎に最初にこの館に連れてこられた時に、錆兎も真菰も先生も、義勇には別に鬼狩りになる必要はないし修業もしなくていい、行くところがないならここで家事でもしていればいいと言ってくれたのだが、義勇は錆兎達と共に修業をして鬼狩りになることにこだわった。
だって前世では最終選別で錆兎が死んでしまったのだ。
そこは今度こそ回避しなければならない。
聞いたところによると怪我をした義勇を村田に託して助けを呼ぶ他の隊士を助けて回って、鬼を狩って狩って狩りまくって、結果、刀が劣化して折れて死んでしまったらしいので、その経緯がわかっていて回避できる行動をとらせれば、錆兎の死は回避できるはずである。
そう、助けに行かせなければいいのだ。
錆兎は今生では少女である義勇を守らなければと思っている。
だから、傍で守ってくれなければ死んでしまうと断固として主張すれば、義勇を置いて駆けずり回ることもなく、結果、生き残ることができるだろう。
そのためには義勇も最終選別に同行できなければならない。
だからこその修業である。
本当は刀を振るうのは好きではないし、錆兎のために家事をして生きていくということもやぶさかではないのだが、そうするにしてもそれは錆兎の死亡を回避してからだ。
ということで、自分だけ心配しながら待っているのは嫌なのだと主張して、前世と同様修業を続ける日々。
それでも前と違うのは、真菰の存在である。
義勇が錆兎に連れられて初めてこの館に来た日、錆兎が義勇のことを嫁だと紹介してくれたのだが、それを聞いて真菰がいきなり錆兎を殴った。
いわく…どこから誘拐してきたのよっ!!…と。
義勇はよそゆき用の振袖を着ていたし、どう見ても鬼狩りとしての弟子入り志願者には見えないとなれば、そう思っても仕方ないのかもしれない。
まあそれでも義勇に言わせれば、どこまでもまっすぐで正義感の強い錆兎が誘拐なんてするはずもないのだが、のちに真菰にその時の話をすると、
──だって義勇すごく可愛いから、錆兎も魔が差しちゃったのかなって思って。
と、自分の方がにこりと可愛らしい笑みを浮かべてそう語った。
もちろんすぐ誤解は解いて、義勇がひどい親戚に追われている上に身を寄せる所がないのだということを説明すると、先生はここにいることを許可してくれて、真菰は錆兎以上に義勇を歓迎してくれたのである。
彼女はやはり家族を鬼に殺されてここに引き取られるまでは、二人姉妹の妹だったそうで、
──私ずっとね、妹が欲しかったの。だから義勇がきてくれてすごく嬉しい!
と、言ってくれた。
そういうわけで前世でも姉のような存在だったが、今生ではさらに色々と世話を焼いてくれる。
その一つが髪の毛だ。
義勇は邪魔にならないように適当に縛るか切ってしまっても良いと思っていたのだが、真菰は
──せっかく綺麗な髪なんだからちゃんと結おうよ。髪は女の子の命だからね
と、綺麗に編み込んで、それは実家からいくつも持ってきていたという綺麗な結い紐で結んでくれた。
そうやって毎朝髪を梳いてくれる優しい手は、なんだか姉の手を思い出してほわほわする。
真菰は義勇に接するときはいつもそんな風に声音や態度が柔らかかった。
錆兎に対しては優しいところも厳しいところもある姉だが義勇にはひたすらに優しく、さらに錆兎について、よく“姉として”色々とアドバイスをしてくれたし、なんなら1週間に1度ある修業が休みの日の前日の夜には夜通し恋バナをしたりした。
ああ、こういうことを蔦子姉さんと姉妹でしたかったのだ…と、少女生活が楽しければ楽しいほどそれを悲しく思う自分がいるのだが、思い出して泣き出すと、真菰が
──これから私が義勇のお姉ちゃんだからね?寂しくないよ?
と、ふわっと抱きしめてくれる。
そんな風に、巻き戻ってすぐに亡くなってしまった姉とやりたくてできなかったことを真菰が姉代わりとして全てやってくれるので、義勇の女の子としての人生は存外に楽しいものになっていった。
錆兎だって、前世では一緒に採りに行ったヤマモモや草苺などの山の果実を今生ではたくさん摘んできてくれるし、男の時には全く話題にも上らず注意を払うことなんて皆無だった綺麗な花々も時折摘んできてくれる。
最初の頃はやはり姉を思い出すことが多くて元気のない義勇にと、修業の合間に目についた花々を摘んではそれを小さな籠に入れて、真菰と一緒に使っている女の子部屋の前にそっと置いておいてくれたものだったが、その花はなぜか日に日に大きな花になっていった。
そうしてある日、修業が休みの日に一人で山に出かけて行った錆兎が夕方に帰って来て、
──これが一番大きくて立派だった!
と、黄色いひまわりの花を差し出してくれて、その発言で初めて、錆兎が花も大きいものが良いものなのだという発想をしていた事に気づく。
その時は隣に居た真菰に
「錆兎わかってないなぁ。女の子はね、男と違って大きければ良いなんて単純な生物じゃないんだよ。
小さくて可愛らしい花が好きって子もいるんだから、相手のことを考えて贈らなきゃ!」
などと容赦のないことを言われて、ガ~ン!!と言う擬音が聞こえてきそうな顔をしていたが、義勇がそこで
「私、ひまわり大好きよ?
お日様が大好きでお日様のことをずっと見てる花なんだって、恋してる女の子みたいだねって姉さんが言ってた。
それにね、種が採れるし、それを植えたら来年はいっぱいの花が見られるだけじゃなくて、その種って食べることもできるしね」
と、大きな黄色い花を受け取りながら言うと、錆兎は翌年の5月に先生の許可を得て小さな畑を作って取っておいた種を植えてくれた。
もちろんそれまでの間も色々な花を摘んできてくれたが、翌年の夏に畑一面に咲いたひまわりの花はそれはそれは綺麗だった。
そのひまわり畑も前世には存在しなかったものである。
そんな風に、同じ狭霧山の生活でも今生は前世とは少しずつ何かが変わっていた。
前世では唯一の女の子だった真菰は免除されていた薪割りとか井戸の水くみとかの力仕事は、今生では義勇も当たり前に免除されていて、先生と錆兎でやっている。
真菰と同等どころか、前世では一番気遣われていたその真菰すら、義勇のことを色々気遣ってかばってくれるのだ。
外で修業中に雨が降った時など、錆兎はもちろんのこと、今生では真菰まで羽織を貸してくれる。
──義勇は水の呼吸の鱗滝一家の末娘だからね
と、笑う真菰の言葉は年の離れた姉に可愛がられて育った義勇にとってはとても心地良かった。
そして何より、錆兎がことあるごとに
──義勇は俺の嫁になる相手だから…
と、大切に大切に気遣ってくれるのが嬉しい。
意外に女性慣れしていなくて不器用なところとか、それでも一生懸命優しくしてくれようとするところとか、同性の男の時には気づかなかった錆兎の一面がどんどん見えてくるのが楽しかった。
義勇も前世では同性だということもあって頼ってはいたものの無条件に甘えられないところがあったのだが、今生では心の底から甘えられる。
前世では錆兎と同じく、名前をそのまま呼び捨てで真菰と呼んでいた姉弟子も、今は乞われるまま、『真菰姉さん』と呼ぶと、なんだか本当にもう一人姉が出来たような気分になった。
錆兎は未来の旦那様で、真菰はお姉さん。
そんな風に、前世の時より二人との関係が近くなった気がする。
修業はもちろん厳しかったが、義勇は確かに幸せだった。
そんな風に狭霧山で楽しく過ごすこと2年。
12歳の錆兎と誕生日がまだ来ていなくて11歳の義勇より一足先に、真菰が13歳になった。
鱗滝一家では13歳というのは特別な意味を持つ。
鱗滝先生が指定した岩を斬ること…それがここでの最終選別を受ける条件の一つなのだが、それともう一つ、13歳になっていることが必須の条件なのだ。
岩を斬るという意味では錆兎は10歳の時に3人の中で一番早く斬っている。
だが、まだ12歳なので最終選別に行く許可はおりていない。
一方で、錆兎に遅れること1年と3か月ほどで岩を斬った真菰だが、13歳になるのが一番早いので、選別に行けるのも早い。
前世では13歳になった後の最初の選別に行ったのだが、今生では先生が今回の選別に行くかどうか尋ねると当たり前に来年にすると言う。
「だって義勇を守ってあげなきゃだし」
という言葉に、え?俺か?と思うが、考えてみれば真菰も前世では13の時に一人で選別に行って亡くなっているので、ある意味、これで真菰も死を回避できる可能性が出来たのかと思えば、いいことである。
本来ならば自分のためになど申し訳ないからと言うところだが、今回は言わない。
末っ子全開で、『真菰姉さんが一緒に行ってくれるなら心強い』とニコニコと喜んでおいた。
ということで、翌年の最終選別には錆兎と義勇、そして真菰の3人で臨むことになった。
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