学園警察S&G_16_当事者が見た当日の諸々について

ああ、誰かに大切にされている奴を見ているのは和んでいい…。

あの火事で命を落として人生の時を止めずに成長していたら、少し鈍くさいことはこんな風に少しばかりよく気が回るしっかり者の彼氏でも作って世話を焼かれていたんだろうか…

そんなことを思いながら不死川がついつい微笑ましくて二人の様子を眺めていると、

──…お前、嬉しそうな顔してんなぁ…
と、正面の宇髄が話しかけてくる。

「例の事件がなくても、いっつもスマホいじってて、他人に対してうぜえって感じの態度だったから避けられてたが、いつも周りにもそんな顔見せてりゃあちったあマシだったんじゃね?」

と、さらに言われて返事に窮していると、元々コミュ力の高い男なのだろう。
今度は答えやすいように、

「もしかして、スマホいじってんのって、例の妹の写真見てたりしてたのか?」
と、YesかNoかで答えられる話題を振ってくる。

「おう。正確には…末の妹だけじゃなく、6人いる弟妹の写真なァ」
「え?マジかっ!!お前をいれて7人兄弟っ?!」

驚く宇髄に弟妹達と撮った写真が一枚表示されたスマホを見せてやると、宇髄はそれを覗き込んで
「すっげーー!!俺、こんな大兄弟初めて見たわっ!!」
と、興奮した様子で言う。


この学校に入ってこんな風に普通に会話を振られたのは初めてだ。

お坊ちゃん学校だということもあるのだろう。
不死川のような人種は珍しく、初対面ではまず顔の傷で引かれて、さらに粗暴な物言いで恐れられ…向こうからは敬語で話しかけられていた気がする。

1人でも全く問題がない。
自分は大丈夫なんだ…と思って高校生活を送ってきたが、いま普通のクラスメートのように話しかけてこられて、不死川はなんだか泣きたいような気分になった。


「それで本題なんだが…」
と、切り出す錆兎。

視線は不死川と宇髄に向けながらも、その手はヨーグルトやチョコレートで汚れている義勇の口元を甲斐甲斐しく拭いてやっているのが、わりあいと真剣な口調と比べてものすごい違和感である。

当の義勇の方はまったく会話に入る気はなさそうで、もきゅもきゅと口の中の菓子をひたすらに咀嚼。
ゴクンとそれを飲み込むと、小鳥の雛のようにあ~んと口を開け、次をくれとばかりの無言の催促に錆兎がせっせと放り込む菓子を咀嚼…の繰り返しに忙しい。

そこに幼女だった末の妹の姿を見出すのは仕方ないことだ…と不死川は思う。
どう見ても高校2年男子の行動ではない。

「聞きたい事と言うのは例の事件についてだ。
一通りは宇髄に聞いたんだが、出来得る限り情報は持っておきたい。
俺はとにかく、義勇はどこをどう割っても危機管理能力が少々乏しいしな」
と、そう続く錆兎の言葉に
どこをどう割ってもって言葉と少々って言葉は並び立たねえと思うけど…」
と、笑って突っ込みをいれる宇髄。

それに錆兎は
「そのあたりは、まあ、突っ込まないでくれ」
と困ったように眉尻を下げた。

ああ、わかる…とそのやりとりに不死川は思う
ここで危機管理能力がとんでもなく乏しいとか言うと、絶対に拗ねる奴だ、これ…
と、兄ちゃん人生を歩んできたので察してしまう。

なので
「まあ、話を先に進めようぜェ」
と、そこで助け舟を出すと、錆兎がホッとした顔をした。


「あ~…まず、俺の事ちっと話すかァ」
と、不死川は結局そう言って、くしゃりと頭を掻いて一瞬考え込み、そして宇髄、錆兎と順に視線を移して、話し始める。

「まあ皆疑いなんてかけられたらそう言うもんだと思うけどな、俺はマジやってねえ。
つかな、俺が疑われる理由が、成績が1位の奴が3位の奴に殺されて二人がドロップアウトしたら、2位の俺が得するだろうとか、そんな理由ってマジ勘弁だよな」

まあ…言われてみればそうである。
証拠もなければ、実際やれる方法すらないのだ。
ただそんな憶測とも言えないような憶測で殺人犯扱いされたらたまらないだろう。

「確かにな、成績は大事なんだよな。
俺は大人になったら絶対に叶えたい夢があるから、出来れば良い職について良い給料欲しいのは確かだ。
でもそこで犯罪者になって捕まっちまったら元も子もねえだろォ」

「…ゆめ?」

「ああ。俺の家族は3年前にすぐ下の弟以外全員火事で死んじまってなァ。
弟とはバラバラんとこに引き取られたんだ。
で、弟は親戚ん家から孤児院に送られて、その孤児院からさらにどっかの家にもらわれてったらしいんだけどよォ…。
あっちの親の希望でそれ以来一度も会ってねえし、誰に引き取られたのかも今どこいんのかもわかんねえ。
でも一度でいい、別に名乗んなくて良いから、いつか弟に会いてえんだよ。
もしさ、なんか困ってる事とかあんなら、力になってやりてえしなァ」

だからこそやばいことはやらない…と、不死川は言った。
何件もの事件に首を突っ込んできた錆兎の目から見ても、その言葉に嘘はないように見える。

「…信じる。不死川は殺人を画策するような奴じゃない」
と、錆兎が言った。

それに宇髄が
「ま、錆兎は元々、不死川は怪しまれそうな奴って言ってたからな。
疑ってはいねえってのはわかってたけど?」
と、にやりと笑みを浮かべながらコーヒーをすする。

あの事件の事で、信じる…と言われたのは、初めてだ。
思わず潤みかけた目。


だが、さらに続いた言葉は

──義勇を守ってやらねばならない相手と認識できる奴が悪人なはずがない。

で、宇髄が
「おまっ、結局それかよっ!!」
と、コーヒーを吹き出しかけ、不死川は反応に困って固まる。

その二人の反応に、錆兎は
「…冗談…なんだが…。誰か突っ込んでくれ」
と困惑の表情。

だが、それにも宇髄はむせて咳き込みながら
「お前の場合、冗談に聞こえねえよっ!」
と、不死川は
「…鱗滝の冨岡に対する態度みてたら、ああ、そういう理屈かァって心の底から納得しちまったんだがァ。
こんな扱い受けてっから、こんなぽやぽやの天然ドジっ子幼女みてえな人間になるんだなぁって」
と、真顔で答えた。


ともあれ、時間は有限だ。
錆兎と宇髄はまず、不死川から見た例の事件について聞いてみることにする。

「大前提なんだが…」
と、錆兎が切り出した。

「実は俺はここの学校についてな、ちょっと出所は言えないんだが、自殺した犯人は実は冤罪だったって噂を聞いたんだ。
つまり…それが示すことと言えば、それが本当なら例の事件の犯人はまだこの学園に潜んでいるということだ。
これは俺の名字は珍しいから気づいている人間は気づいていると思うし、でもまあ、あまり口にはしないで欲しいんだが、俺の祖父は鱗滝左近次って言う有名な剣術家でな。
正直腕に覚えはあるんで、刃物向けられてもはっ倒せる自信はある。
毒も前回そういうことがあったのを知っているから気を付ければ問題ないと思っている。
これは宇髄と不死川を信頼しているから口にする。
”俺一人なら全く死角はない。
だが、俺が守る者を絶対に危険に晒したくない”
だから全力で今回の事件を把握し、真犯人が居ると言うなら秘密裏に見つけだしてしかるべき場所に引き渡したいんだ」

これが錆兎が晒せるギリギリのカードだ。

今回は暴力や嫌がらせといったレベルではなく、紛れもない殺人事件で命がかかっているため、義勇を絶対に危険に晒せないとなると、自分1人では解決に時間がかかりすぎる。
協力者は必要だ。

命がかかっているのは相手も同じなわけなので、こちらもある程度身元と目的…そして覚悟を見せる必要があるだろう。

宇髄は
「あ~、そうかもと思ったが、やっぱ、天狗先生の身内なのか。
あれだよな?今、ハリウッドで制作中のUSIWAKAで殺陣の指導しに行ってんだろ?
お前が寮生活なのは、保護者が長期でUSなせいか」
と、相変わらず飄々とした様子で言う。

「ああ。爺さんは当分あっちで仕事。
宇髄、よく知ってるな」
と、嘘にはならないように、その部分だけ同意しておく。

そう、嘘はいけない。

「へぇ~。鱗滝の爺さん、有名人なのかァ。
どうりで普通の高校生っぽくねえと思ったわァ」
と、そこで不死川の言葉がさらに会話を触れられたくないあたりから離して行ってくれることにホッとしながら、錆兎は

「あ~、でも有名なのもすごいのも爺さんで、俺が有名とかすごいわけではないからな。
悪目立ちすると面倒だし、そのあたりはあまり他には口にしないでもらえるとありがたい」
と、とりあえずその話題を締めた。


「…というわけでな、冤罪とかじゃなく、本当に終わってるならそれはそれでいいんだが、万が一を考えて行動したいんだ。
だから、不死川の視点でのあの事件についての諸々も聞きたい。
当日の様子とか気が付いたこと、怪しい何かがなかったかとか、些末な事でも覚えている限り全てを聞かせてもらえるか?
学園祭の打ち上げで容疑者から渡されたジュースを飲んで被害者が死んだこと、残りのジュースの入っていたペットボトル、氷を入れたピッチャー、ジュースを注いだ紙コップからは毒が検出されず、被害者のカップからだけ毒が検出された事は知っている」

「わかった。
まずジュースなァ。
2ℓのペットボトルが全部で10本用意されていた。
種類はコーラとウーロン茶。
全部未開封で被害者の木村が飲んだのはその中のコーラだ。
コーラとウーロン茶どちらが飲みたいかは木村が選んで、その木村の目の前で容疑者の田中が開けてんだ。
氷は寮内の冷凍庫で作られたもんで、これも10個くらいのちっちゃいピッチャーに入ってた。
カップはコンビニによく売ってる20個くらい入ったやつなァ。
これも未開封で木村の目の前で田中が開けている」

「開けて注いで渡して飲むまでの状況は?」

「まず用意したのは教師の長谷川なァ。
これはまあ2年B組の担任だからで、毎年恒例。
で、まずその時の主席と担任が乾杯するのもうちの学校の恒例な。
だから長谷川がたまたまそこにいた田中にジュースを用意するように言ったんだ。
で、田中が長谷川と被害者の木村の二人分のジュースを作ってそれぞれに渡した。
それで二人は乾杯。
長谷川は減った分の木村のジュースを注ぎ足してやるよう田中に言って、田中がそうしたんだけどよォ、そこで木村が前回までトップだったのを入れ替わったことで田中を馬鹿にした発言したらしいんだな。
で、田中がキレて、木村に掴みかかりそうになって、危うく乱闘騒ぎ。
ま、長谷川や周りがすぐ田中を押さえつけたから木村には指一本触れられなくて、その代わりその騒ぎでテーブルが倒れかけて、ピッチャーいくつかひっくり返っておじゃん。
長谷川がテーブルに置いた紙コップも転がったから捨てたが、中身飲んだあとだったし。
あと開けてあった紙コップが床に転がったから、ビニールに包まれてなかった上の2個ほどはゴミ箱行き。
ピッチャーは床におちたのに関しては片付けた。
その後、田中の方が謝罪させられて、さらにずっと横について酌させられてて、開始から30分くらいたった頃か…いきなり木村が血を吐いて倒れて死んだって感じだ」

「…途中処分したものには毒は?」

「入ってない。
紙コップは事件後ゴミ箱から回収して調べたし、ピッチャーは氷は床に転がったから仕方ねえから捨てて容器は洗ったから、調べられないっちゃ調べられないけど、教師が同じモン飲んでるしな」

「わざわざ片付けて洗ったのもしかして不死川なのか?」
「あ~だって皆それぞれ一緒に打ち上げ祝いたい奴いるだろ?
俺はほら、一緒に楽しむダチもいなかったからな。
飲みモンと食いモン残ってる範囲なら別に遅れてもかまわねえしな」

そんな話を流し聞きしながら、不死川はどうもそのとっつきにくい外見と粗暴な言葉で損をしている、こんなにいい奴なのにな…と義勇は少し悲しくなった。


「他に毒が検出されたものは?」
「容疑者のポケットに被害者が飲んだものと同じ毒薬の包みがあった」

ここまで揃うともう決定の気もするんだけどな…と、笑みを消して考え込む不死川を前に、錆兎は視線をベッド横の窓から外へと移した。

「被害者の暴言が原因だとするなら、動機が出来てから毒用意するって時間的に無理だよな…」
「ああ、でも元々揉めてたからなァ。
毒はずっと携帯してて、それが最後の一押しになったんじゃって言われてた」

「普通の高校生が…手品師でもないのに、そんな皆が見てる前で誰にも気づかれずに毒を入れられるものなんだろうか…」
「まあ…練習してた可能性も?」

「そもそも…ずっと横で酌をしてるなら、被害者が持ってるコップの中に毒を混入するなんて被害者にも気づかれるような方法取るよりは、ジュースのペットボトルの方に毒入れた方が確実だろう」
「あ~まあそれはそうだけどよ…」

「とりあえず…明日ちゃんと図解でもして状況洗いなおしてみようぜ」
と、それまでそれを黙って聞いていた宇髄が提案する。

確かに色々情報が多いので、一度全てまとめ直して考えた方が良さそうだ。

不死川は自分の勉強、錆兎は義勇に明日の予習をさせなければならないということもあり、その日はそれで解散する。

そして錆兎は義勇の勉強を見ながら、情報を改めてきちんとまとめ直して一日が過ぎていった。


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