ギルベルトさんの船の航海事情_40

とりあえずお姫さんはアフリカでも商人や職人たちとのやりとりもしてきたので、おかしなことにはならないだろうし、物理的な危険もアントーニョがすぐそばについていて、自分もこの距離なら即フォローにはいれるから大丈夫だろう。

そう判断してギルベルトはいったんウッディーンとの話に集中することにして、彼を向き直る。


ウッディーンはたいそう整った顔立ちで初っ端から3人の乙女を侍らせていたので一瞬フランのような優男かと勘違いしそうだが、こうして改めて対峙してみると、かなり怜悧な印象を受ける。

おそらくフランよりは自分に近い戦略家…いや、戦闘だけでなくこうした交渉事も含めるなら、自分を遥かに超えた海千山千の総帥だと、ギルベルトはやや緊張を強くした。

しかも恐ろしいことに、相手はそのギルベルトの緊張に気づいていて、普通にしていれば相手を委縮させるくらいには整い過ぎた美しい顔に、ニコリと人好きのする笑みを浮かべる。

そうして彼がまず提示したのは一枚の肖像画だった。

「とりあえずまずこれを見てもらおうかな。
…ファティマは絵がとても上手でね、人物や場所などで記録が必要なモノに関しては彼女に描いてもらっておくことが多いんだ。
ということで、私は私の脳内に記憶をしておきたくはないし、私の可愛い小鳥たちにも記憶させたくないので、情報が必要な時のために描かせておいたナガルプルの肖像がこれだ。
外見で全てを判断してはいけないのだけれど、まあ、彼の場合は本当に見たままの人物だよ」
と、言う言葉と共に差し出された肖像画を見て、ギルベルトは
「なるほど…」
と苦笑する。

確かに”そういうことをしそうな”外見である。


いわゆる脂ぎった感じのしまりのない太った体型の中年の男が、ジャラジャラと悪趣味なくらいに宝石を巻き付けている。

アラブ圏一の勢力であるウッディーンとは対照的に、女性どころか男にだって嫌悪感を抱かれそうな男だと思う。


「基本的な容姿は生まれつきのモンだから仕方ないにしても、もうちっと鍛えて体型引き締めるべきだなっ。
俺様の兵の筋トレのプログラムをフルで受けさせてやりたくなるな」
と、まずそんな感想を述べると、ウッディーンは

「これをなんとか真人間に近づけたいなんて、欧州の提督は物好きだね」
と、呆れた顔をしてみせた。

それにギルベルトはにやりと笑う。

「殺るのは簡単だが、うちの姫さんに手を出そうとしやがったような輩をそんなに楽に終わらせてやる気はねえ。
うちのトレーニングプログラムはきついことで有名だからな。
ベテランの部下でもだいたいこなせて1日に半分。
フルセットこなせる人間は片手の指の数もいねえな。
さらにどれだけ疲れ切って食欲がなかろうが、きちっと美味くはねえが栄養の摂取には優れた飯を食うのもセットだ。
なかには戻しちまう輩もいるが、適量食うまで延々と用意される。
その代わり、鍛錬と栄養摂取による体づくりを1ヶ月もこなせばヒョロでもデブでも筋骨隆々だぜ?」

「ほお…」
と、その言葉にウッディーンは少し興味深げに目を細めた。

「そうか…それは興味深いな。
ああ、興味深い。
バイルシュミット提督、ものは相談なのだが…」

「ああ?」

「私の方にも色々事情があってね、近々世界の海を回ろうと思っていた。
だが、私は遠洋に出た経験がなく、そのノウハウもない。
だからどうだろう?私と小鳥たち、そして部下を2名ほど、君の船に乗せてはもらえないだろうか。
もちろん、船が足りないようならそれ相応のものを調達し整えられるだけの金と人員は出す。
私達の目的は遠洋航海の経験を積むことと、君のトレーニングを実際に受けて学ぶこと。
自分達だけで外洋に出る時には世界…それこそ極東から西洋まで回るつもりだから、西洋式の戦い方も知っておきたい。
当然、こちら側の利益だけではなく、君達にもメリットは提供する。
自分で言うのもなんだが、私は王族の血を引いていてこのあたりではかなりの地位にある。
アラブ圏の港では君達に航行や貿易に不自由のないよう一定のシェアを提供するし、資金も出す。
他の海域でも必要なら、アラブの盟主としての私の名を使ってもらっても構わない。
そのあたりは実際にこうして対峙してみて、悪用することはない人物だと判断しているからね」

「なかなか意外な提案だな」
と、そのウッディーンの言葉にギルベルトは目を丸くした。

資金援助と狭くはない地域の盟主の後ろ盾。

大きな世界から見れば西の果てのヨーロッパの新興国の貧乏艦隊として出発したギルベルトの艦隊にはそのどちらも与えられてこなかったものだ。

資金の方はそれでも貿易をしつつここまで来たのでなんとかかんとか艦隊の航行に支障がない程度には貯まってはいるのだが、パトロンがつくとなれば貿易を続けつつ進むにしろ、軍備に重点をおいた構成にするにしても、だいぶ楽になる。

そしてそれ以上に、これからインド、東南アジア、東アジアと船を進めるにあたって、すでに先人がやらかしていて白人が警戒されている地域も少なくはないので、有色人種の権力者の後ろ盾と言うのは大きな力になるだろう。

問題は…物理的な船のスペースと…ウッディーンとのパワーバランスだ。

前者は旗艦の船員を少し他の船に割り振って、空いた船室を改築すればなんとかなるだろうか…

「アラブ地域の盟主の後ろ盾と資金提供というのは願ってもない申し出なんだが…それを最大限生かすために、対外的に見せるパワーバランスに関してきっちり決めておく必要がある」
と、ギルベルトは脳内で考えを組み立てながら口にする。

それに対してウッディーンはやはり笑顔で
「ああ、もっともだね」
と、頷いた。

本来なら相手は王族だ。
しかもかなり古くから続く血筋の…

「俺はこの艦隊の提督ではあっても、大きな世界で見れば西の果ての一地域でしかない欧州の豊かとは言えない新興国の…さらに王族でもない1貴族で、あんたは王族の血を引く人間でこのアラブ地域の盟主だ。
普通に考えて、あんたが俺の船に乗るということは、盟主様を世界観光にご案内といった印象を与えるか、あるいは、白人の艦隊が盟主を力で拉致と思われるか、どちらかだと思う。
が、どちらも俺にとってはありがたくない。
俺はたとえ豊かとは言えない新興国だとしても、祖国の海軍の名をあげるために海に出ているし、国家以外に従属するつもりはないからな。
もちろんあんただって、白人の艦隊に力で屈したなんて思われたくはないだろう。
だから俺達は飽くまで対等な人間関係を築いているという立場をとりたい。
ということで、互いに相手の人間性を認めた上での友人ということにしないか?
あんたは物見遊山じゃなく後学のためアラブ以外の地域を実際に訪れて研究したいし、俺は軍人だから商会の総帥としてのあんたの経験と知識を色々学びたい。
もちろん互いに信頼できない奴の船には乗れないし、信頼出来ない奴を船には乗せられない。
だから互いに認め合って一緒に旅をしている。
そんな感じでいいか?」

「ああ、賢明な案だね。
良いと思うよ」

王族に一軍人を友人扱いしろなどと、不敬罪でつかまりそうな提案だと思ったのだが、ウッディーンはそのあたりは実利的な人間なのか、不快な様子を見せることもなく了承してくれて、ギルベルトはほっと肩の力を抜く。

そんなギルベルトの内心をも見透かされているのか
「私は家系より知能と能力と精神性が重要だと思っているよ。
生まれで言えば、コレもインドの名家の生まれらしいしね。
それでも私はコレとまともな会話や取引ができると思ったことがない」
と、ウッディーンはファティマが描いたというナガルプルの肖像画を指先ではじいた。




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