秘密のランチな関係Ver.SBG_9

「主将の例の弁当の彼女、誰かわかったよっ!」

それはいつもの報告会での言葉だった。
ドヤ顔で言う善逸は別に義勇の方を見てはいない。

つまり…義勇以外の誰かだと思っているという事だ。

(甘いな、我妻)

義勇は心の中でふふんとドヤ顔をしながらも、どうせわけのわからない当てずっぽうだろうと余裕の視線を送っている。

まあ所詮我妻だ、と、義勇が生暖かい目で見ているのにも気づかず、

「なんとっ!うちの部の佐倉さんっ!あの巨乳美女なんだよっ!!」

と、善逸が自信満々に挙げたのは、義勇達より1学年上の錆兎の同級生で、美人マネージャーとして剣道部はもとより校内でも有名な佐倉綾香だ。

その名を聞いた時、(ああ、やっぱり当てずっぽうだったか…)と義勇は内心呆れたわけだが、続く善逸の言葉は聞き捨てならないものだった。

「今日ねっ、佐倉さんが主将に弁当箱渡してんの見たから間違いないよっ!」


(え……っ?)

一瞬…空気が凍った気がした。
…が、

「それは本当か?何かの勘違いじゃないか?
鱗滝先輩の彼女は控えめで気遣いの女性なんだろう?
確かに佐倉先輩は美人だが、そういう一歩引くタイプじゃないように思うが?」

と、疑わしそうに眉をひそめつつ言う煉獄の言葉で、義勇はハッと我に返った。

そうだった。
確かにそういうタイプではない。
佐倉綾香は同性や下級生から見たらキツイ女だ。
うんうん、やっぱり所詮我妻の……

………

いやいや、問題はそこじゃないじゃないか、俺!
問題は佐倉先輩が錆兎先輩に弁当を渡してそれを錆兎先輩が受け取ったという点だっ。

一瞬納得しかけたが、ハッとする。


「甘いなァっ、杏寿郎」
と、そこでしたり顔の不死川。

「ああいうタイプは惚れた男には絶対にそんなところ見せねえって。
きっとウサ先輩といる時はそういう風に優しげに見せてんだろうよォ。
てか…見せてんぜェ?
あの女、ウサ先輩と話す時は声のトーンがワントーンあがってるからなァ、いつも。
ウサ先輩の方は相手にしてないみてえだけど、あれって相手にしてないんじゃなくて、鈍感すぎて気づいてなかったのかもなァ」

嫌な思いをさせられたことがあるのだろうか、辛辣な様子で解説をいれている不死川の声も遠くに聞こえ始めた。


本当に問題はそこではないのだ、と、義勇的には声を大にして割って入りたい。
ここ最近、錆兎に弁当を作っていたのは佐倉じゃなく義勇なのだ。

皆に対して秘密を持ちたいなんて口実だ。

少しでも錆兎に喜んでもらえれば…一緒にいたいと思ってもらえれば…本当はそんな事を思って作っていた。

強いて秘密という言葉にこだわるということならば、『みんなに秘密を持ちたい』ではなく、錆兎先輩と二人きりの秘密を持ちたい』というのが正しいのだ。

二人きりの秘密を持って錆兎の特別になれた気がしていた。
でもそう思っていたのは自分だけだったのだ。

錆兎にとっては一人ぼっちで浮いている可哀想な後輩の頼みを聞いてやったにすぎなくて、弁当だって自分が作ったからもらってくれたわけではなく、他に食べて欲しいという人間がいればもらってやるのだ。

ずっと皆に遠巻きにされ続けたことより、それはひどくショックな事実だった。


「冨岡?大丈夫か?顔色が悪いぞ?」

普段ならこんなに近くに人がくるのに気づかないわけはないのに、炭治郎がすぐそばで心配そうに顔を覗き込んでいるのにも全く気づかないほど、動揺していたらしい。

まさか本当の事は言えず、義勇は理性を総動員してなんとか笑みを浮かべた。

「ああ、ごめん。大丈夫。
ちょっと昨日宿題を忘れてて徹夜したから。
睡眠がほとんど取れないままだったから疲れてるみたいだ」
と言うと、深読みをしない炭治郎だったこともあって、あっさり信じてくれたようだ。

なら、今日は部活を休んで保健室で寝ていればいい。終わったら起こしに行くから…と勧めてくれたので、ありがたくそれに乗ることにする。

今錆兎の顔を見たら泣き出しそうだ。

「うん。そうさせてもらおうかな」
と義勇が言うと
「ああ、そうするといい。錆兎先輩には俺から言っておくよ」
と、義勇が素直に休息をとってくれることに自分も少しホッとしたように言う炭治郎に、義勇は心から感謝した。



そんな炭治郎を尻目に、善逸と不死川はまだ錆兎の彼女について話している。

「でもよォ…ウサ先輩がそんなにちょろいとおもわなかったぜェ。
あれだけ露骨に裏表ある女にひっかかるなんてよっ…」

「え~でも巨乳だしっ」

「我妻ァ…てめえ、胸がデカければ何でも良いのかァ?
カナエさんがあいつに色々ひでえこと言われてたのを知らねえのかよっ?
みんな、カナエさんにゃあ世話になってんだろっ!
てめえ見損なったぜ!」

「え?え??…不死川」
「………(ギロリ…)」
「うん。そうだよねっ。あの人ならもうちょっと良い女性いそうだよねっ」
「わかればいいんだぜ」

どうやら生理的に好かないという奴らしい。
…というか、一学年上のみんなの憧れのマネージャー、胡蝶カナエに対して不死川は憧れ以上の感情を持っているのだろうか…。
彼女に対しての態度が許せないらしい不死川の主張に、善逸は殴られる前にと慌てて同意した。

「煉獄や炭治郎もそう思うだろうがァ?」

善逸をねじ伏せたその後の矛先はどうやらあとの二人に行ったようだ。
善逸はすでに他人事としてため息をついているが、二人は嫌そうだ。

「俺はどうでもいいなっ!俺の恋人ではないのだからなっ!」
と、断言するのは煉獄だ。
いつものようにカッと目を見開いて笑顔で言う。

確かに煉獄は最初から報告会には興味を持たず、入っていない。
しかし不死川は逃すつもりはなさそうだ。

「他人事じゃねえぞォ?杏寿郎も」
「他人事だろうっ!主将は紛れも無く他人で、俺の家族ではないのだからっ」
「自分の部の主将だろうがァ?」
「主将にもプライベートくらいあってしかるべきだと思うぞっ」
「プライベートで済む問題なら、だがなァ」
「…?」

コテンと首をかしげる煉獄。
耳を傾けてしまったことで、その手のやりとりを得意とはしない煉獄の敗北は決まったようなものだった。

「佐倉、あいつすごく公私混同するからなァ。
正式に主将の彼女になんてなったら、部の方針にことごとく口を出しくんぞォ。
あいつに嫌われてやめた優秀な女子マネなんてたくさんいるからなァ?
ていうか、もう女子マネってカナエさんの他はあと2人しか残って無えだろォ」

「む…たしかに今年のマネージャーはあまりに辞める者が多かったが…」

「知らなかったのかよォ!
ほとんどが佐倉にいびられて辞めたんだぜぇ?
今はまだマネージャーにとどまってるけどよ、主将の彼女なんかになったら絶対に選手のほうにも口だしてくるぜぇ?
なんなら試合の観戦とかもうるさく言ってくるかもしれねえし?
ウサ先輩の目につきそうな可愛い女とか可愛い弟とか?そういうのも来んなとか言い出すかもしれねえぞォ?」

「そんなの主将が許さないだろう!」

「そこはうまく騙すに決まってんだろうがァ!
今だってほとんどの部員が騙されてるだろっ?
俺だってたまたまそこにいることに気づかれなくて、カナエさんが佐倉に、ちゃらちゃらした格好で選手の気をひくためにいるなら、迷惑だからマネ辞めろとかふざけた脅しかけられてんの見なきゃ気づかなかったしなァ」

「うあ~佐倉さんそんな事言うんだ~」
と、普段は美人無罪な善逸がさすがにショックを受けて青ざめる。

「言う言う。
それから気をつけてみてたら、カナエさんだけじゃなくて他の1,2年の女子マネ達も色々言われてて、その後どんどん辞めていったからなァ。
そんな奴がなァ、正式に主将の彼女になって権力を持ったと勘違いしてみろ。
部内はすげえ荒れるし、下手すりゃ観戦に来た家族とかでも可愛けりゃ嫌がらせされんぞォ。不細工ならスルーかもしれねえが…」

「それは由々しきことだなっ!
うちの弟は困ったことに世界一可愛い小学生だっ!
なんとか主将の目を覚まさせないと安心して観戦に来てもらえなくなるっ!」
「…杏ちゃん…相変わらずぶっちぎりな兄馬鹿だね…」

そこで個人の恋愛には興味がなく無関心だった煉獄が初めてその話題に関心を示し、そして見事に乗せられた煉獄を見て善逸がため息交じりに感想を漏らした。

残る二人は

「極端な性格の奴だからナァ。
主将の機嫌を取ろうとして服はきちっと着込んで、脱いだりはだけたりは禁止くらいは言い出すだろうし」
「ざけんなっ!そんなこと言い出したら殴るぞっ!」
「だよなぁっ?!とりあえず穏便な方向で主将との仲を断固阻止っ。潰そうぜぇ!」
「…面倒くせえけど、しかたねえな」

(伊之助…お前ちょろすぎでしょ…)
と、こちらもすぐ落ちて善逸に呆れた視線を向けられる。

なんだか全体的に不穏な方向に向かいかけている仲間達に危機感を感じ始めた炭治郎だったが、当然自分一人オブザーバーではいさせてもらえなかった。

「炭治郎よォ…」
とにやりと言われて、標的が自分になった事に気づいて

「な、なんだ?」
と顔を引きつらせる炭治郎。

「このままじゃマネージャー全滅だぜぇ?
マネ達が仕事してくれなくなったら…皆練習どころじゃなくなるし?
そもそも”尊敬すべき錆兎先輩”がそんな女に騙されて全国大会初戦敗退とか道踏み外してもいいのかよォ」

「そ、それはまずいっ!!
錆兎先輩は俺の目標だし、練習できなくなるのも先輩がそんなことで敗退とかも絶対に許すことはできないっ!」

竈門炭治郎…剣道と尊敬すべき先輩をこよなく愛する脳筋。
彼は仲間うちの中で一番“ちょろい”男だった…。




こうして不死川の号令の下、結集した1年組だったが、

「で?具体的にはどうすんの?
俺らが佐倉さんが実は良い性格だって言って、あの完璧に化けた状態しか見てない主将が信じると思う?」

「そこなんだよなァ…」

善逸の突っ込みに不死川がため息をついた。
問題はそこだ。

「もう、いっそのこと別の女とつきあってもらうとかかァ?」

百戦錬磨の化け猫に極々普通の男子中学生が敵うわけがない、と、不死川は早々に相手の本性を暴くという方向性を諦めて提案するが、そこで善逸が大きくため息をつく。


「…誰があの人を敵に回して錆兎主将を強奪してくれるの?
並みの女性じゃやめた女子マネさん達と同じく脅されて怯えて逃げて終わりじゃないの?」

「…そうだよなァ……。
っていうか、すでに脅されて怯えて逃げた女たくさんいるんじゃね?
ウサ先輩、モテそうなのに周りになんでか女いねえもんなァ…」

「…ありえるよねぇ……
主将に近づくきっかけがあって、主将を好きになって、佐倉先輩の脅しに負けずに主将に弁当を作ってくる女性なんて難しすぎだよ」

はぁ~っと男子更衣室に4人のため息だけが響く。

「とりあえず、部活の時間だぞっ。
素振りでもしていればなにか良い考えが浮かぶかもしれんぞっ」

「杏寿郎…お前のその根拠の無い楽観さがマジ羨ましいわァ」

「まあ…しかしここでこうしていても仕方ないし、時間も時間なのも事実だと思うぞっ。
遅れるわけにはいかないしっ」

「そうだよね…錆兎先輩にどやされるよね…」

こうしていつも元気な1年生達は若干肩を落とし気味に剣道場へと急ぐのだった。


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