正直、錆兎も今の状況を楽しんでいる。
結局錆兎が思っていた通りで、おそらくどことなく漏れ出るお育ちのよろしい少年オーラのせいだろうが、周りが一歩引いて接してくるのが寂しいということだった。
そんな中で、錆兎が普通に親しく接してくれるのが嬉しいと言われれば、当然突き放すことなどできるわけもない。
こんな可愛らしい後輩が自分だけに懐いてくれば、ほだされないほうがおかしい。
よく小さな従兄弟達にしてやるように、涙目の義勇に飾り切りしたウサギやヒマワリのウィンナーを出してやれば、クルンと丸く大きな目がさらに丸く見開かれ、次に涙の残る目をキラキラさせてホワンと笑った笑顔にやられたのだと思う。
「なんですかっこれっ!鱗滝先輩、天才ですか?プロですかっ?!」
あの普段どこか表情のない義勇と同一人物とはとても思えない子どものような反応に、
「あ~、別に簡単だぞ?
なんなら今度飾り切りのバリエーションで弁当でも作ってやろうか?」
と言ってやれば、義勇はまたピタっと固まる。
今日部室で会ってから何度となくあった反応。
錆兎もなんとなくわかってきた。
極々普通の好意を向けられていない義勇は、家族以外から好意を向けられると動揺して固まってしまうようだ。
もちろんそれは嫌だからというわけではなく、そのまま待っていると少し動揺して頬を赤くしながら、はにかんだ笑みを浮かべるのだ。
「でも…ご迷惑では?」
と、ちらりと大きな目で上目遣いにこちらを伺うが、その顔は期待に満ちている。
「かまわないぞ。一人分作るのも二人分作るのも変わらないし、飾り切りも慣れているからな。
というか、子どもが変な遠慮をするものじゃない」
と言ってやれば、
「はいっ」
と、満面の笑みを浮かべた。
このところ祖父も忙しく従兄弟達と会うこともなかったので、誰かの面倒を見るということもなくて楽は楽だったのだが、もう当たり前に誰かにまとわりつかれている人生だったので、なんとなく物足りなく感じていた。
そこに降って湧いたように可愛らしい後輩が構ってくれと言うのだ。
――ま、構い倒してやろうじゃないか。
と、心の中で不敵に笑って、錆兎は脳内で一人のスケジュールからもう一人加わった場合のスケジュールを組み立てなおした。
翌週早々に海苔を切り抜いて絵を描いてデコふりで色をつけた○カチュウのご飯と○ィグダのウィンナーにミニトマトとうずら卵で作った○ケモンボールの弁当を作ったのは、ほんの出来心だった。
小学生低学年の従兄弟には馬鹿ウケな○ケモン弁当だが、中学生には少し恥ずかしかったか…と、昼休みに入る頃には少し反省していたのだが、弁当箱を開けたくらいの時間にピロピロと鳴り響くメールの着信音。
恐る恐る開いてみると、驚くほど興奮した義勇からのメール。
小学校の遠足でこんないわゆるキャラ弁を作ってもらっていた同級生が皆の注目を浴びて羨ましかった事、今、弁当を見てクラスメート達が話しかけて来てくれているのが嬉しい事などが本当にすごい勢いで書き連ねてあり、最後は錆兎の子どもに生まれたかったで〆られていて、その発想に錆兎は教室だというのに、思わず爆笑した。
『子どもじゃなくたって、別に作って欲しけりゃいつでも作ってやるから』
と返すと、
『とても…とても、嬉しいです』
と、最初のメールとは反対に短いメール。
しかしそれは随分と心がこもっているように思えた。
俺の後輩…俺の義勇…可愛い。可愛すぎじゃないか?
と、それに内心悶えていたら、悪友の宇髄に、愛妻からの電話が来た新婚の夫並みににやけた顔するのはやめろと言われて、思わずどつき倒した。
それから2日くらいは錆兎が弁当を作ってやっていたが、初日に漬け込んだベーコンを燻すため義勇が部活後に錆兎の家に来た時、
「錆兎先輩…お願いが…」
と、錆兎のエプロンの端をツンツンと引っ張る。
こういう仕草に錆兎が弱いのをわかっててやっていたらすごいと思うが、おそらく無意識だろう。
初めて錆兎の家に来た日…他の1年のように鱗滝先輩ではなく錆兎先輩と呼んで良いですか?と上目遣いに聞いてきたのにOKを出して以来、まだ声変わり前の高い声で『さびとせんぱい』と呼ぶのも地味にポイントが高い。
ともあれ、義勇はどうやらプライベートで物を頼み慣れていないらしく、ひどく緊張しているようで、断られたらどうしよう?と、不安でその大きな瞳が潤んでいる。
「ああ、なんだ?
言うだけはタダだから言ってみろ。
聞くだけは聞いてやるし、OKできることならやってやるから」
と、クシャクシャっと最近はすっかり癖になったように頭を撫でると、義勇はホッとしたように少し困ったような迷うような笑みを浮かべる。
そんな不器用な子どもに実は弱い錆兎はなんだかその願いとやらを叶えてやりたくなって、
「あ~、もうお前可愛いな。
わかったっ。俺にできることなら何でもやってやるから言ってみろ」
と、少し身をかがめてこの可愛らしい後輩に視線を合わせた。
こんな風にわざわざ頼んでくることだ。
どんなすごい願いなのかと思いきや、思い切って…というように告げられた願いは、ささやかにして意外なものだった。
――お弁当…俺も誰かにお弁当作ってみたいです。
続けて、
――錆兎先輩に作っちゃダメ…ですか?
と、コテンと小首をかしげて上目遣いに伺う様子は本気で可愛すぎて凶悪だ。
これを拒否れる人間がいたらお目にかかりたいと思う。
こうしてそれからは逆に義勇が錆兎の弁当を作ることになった。
そして錆兎がそれを了承した時、もう一つ了承させられた事がある。
それが、この弁当の作り主が義勇である事を秘密にすることだ。
「あ~やっぱ恥ずかしいとかか?」
と問うと、当たり前に、
「違います」
と返される。
「今まで散々俺にだけ秘密持たれてますからっ。
俺だってみんなに秘密を持ちたいですっ。」
と、胸を張って斜め上の宣言するドヤ顔。
でも可愛い。
まあ錆兎的には実害はないので、それも了承してやった。
たとえ多少の実害があろうとも、その時の義勇の本当に嬉しそうな顔を見たら、まあ、いいかと思ったであろう事は請け合いではあるが…。
そして結果的に…この秘密は随分と面白い状況を生み出した。
周り…特に剣道部1年が面白い。
皆それなりに異性に興味のあるお年頃。
そんな連中なので、錆兎の可愛い弁当=彼女が作った弁当と思い込んでいる。
そしてそれを隠しもせず、興味津々色々聞いてくる。
最初は義勇のことは秘密ということもあって、普通に知人が…と答えていたのだが、実弥や善逸あたりはあまりに必死に、『ただの知人じゃなくて彼女だろォ?』『どんな相手なんですかっ?』と尋ねてくるので、嘘にならないように“彼女”という言葉は避けつつも、あえて意味ありげに“特別な”もしくは“大切な”知人という言い方をしてやると、頭を抱えて大騒ぎをするので、その後は面白いからギリギリのラインでわざと誤解を煽るような言い方をして観察している。
そうやって義勇である、男である、その2点を除いて考えてみると、可愛らしい顔、気立てが良くお育ちも良く控えめで自分をたててくれ、最近は料理上手にもなってきた…と、なかなか理想の彼女、理想の嫁っぽぃ事に錆兎も気づく。
そんな相手が自分にだけ懐き、自分にだけ甘えて見せるのだ。
気分が良くないわけはない。
最初はからかい半分に一年生組に与えていた情報も、最近では自分でも惚気のようになってきたと思う。
そんな気持ちがつい出てしまったのか、先日義勇の料理を褒める際に、子どもって言うより嫁みたいだな、と、つい漏らしてしまって、引かれるかと一瞬まずったと思ったが、気味悪がる事もなく好意的に冗談と取ってくれたらしく、普通に和んだ様子で
「そんな事言ったら本気で嫁に来ますよ?」
などと嬉しい返答を寄越してくれて、思わず頬が緩んで思い切りだらしない顔になりそうだったので、内心慌てつつも平静を装ってこちらも冗談ぽく
「ああ、かまわんぞ。もらってやるからいつでも来い」
とさらに返したのだが、実は半分本気だったというのにはさすがに義勇も気づいてはいないだろう。
ああ、認めよう。
ミイラ取りがしっかりミイラになってしまった。
鱗滝錆兎は冨岡義勇に恋をしている。
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