ギルベルトさんの船の航海事情_41

こうして協力体制をとることになって早々に、ギルベルトはそのメリットを享受することになる。

それはナガルプルの情報だ。

なにしろようやくアフリカを出てアラブ圏に足を伸ばしたばかりで、諸々をこれから一から調べようと思っていたので、正直そのあたりの情報が一気に与えられるのはありがたい。

もちろん通常ならウッディーンをも疑うところから始めるべきではあるのだが、海上警備責任者という職業上、ギルベルトはスパイや密輸業者などとも数多く接してきたため、その手の悪行に手を染める輩を見る目は養われている。

そんなギルベルトの眼力で見ると、彼は利には聡いが目先の欲にとらわれず長期的な利益を見据えることができる、信頼することができる相手と判断できた。

そもそもがそうでなければアラブ圏のことは何もわかっていないギルベルトの艦隊など、適当な場所に誘導して弱ったところを沈めてしまえばいい。

ということで、相手を全面的に信用して、ギルベルトは相手が共有してくれる情報を頭に叩き込んだ。


まず、ウッディーンたちが旗艦に滞在する準備が出来たら、目指すはインド洋。
そして、エスピノサの奴隷売買の大口相手である、ザモリン・ナガルプルの勢力圏を奪い取り、彼を駆除することが最終目標だ。

ギルベルトは商人ではないので、基本的には最低限の航路を確保できれば、その地域の商人を排除して交易権を独占しようとは思わないのだが、エスピノサとナガルプルは別だ。

ギルベルトにとって何より大切な姫君を拉致し、そして不埒な目的で手に入れようとした輩は絶対に許すわけにはいかない。

もちろん、元々の艦隊の方針としても、物品の強奪までは状況によっては配慮するが、人身売買に手を染めている輩は全て駆逐なので、そういう意味でも彼らはアウトだ。

ということで、ギルベルトはまずその自分達の方針を説明する。

「うん、実に良い方針だと思う。
私も品位のない商法は見たくないたちでね。
彼が私が足を運ぶことが多々ある海域から消えてくれるなら、他の勢力…君たちが独占しようと構わないよ」
と、それにウッディーンは鷹揚な様子で頷くが、ギルベルトは
「いや、そのあたりについては聞いてくれ」
と、それに待ったをかけた。

「俺達は商人じゃねえし、交易権の独占までは望んじゃあいない。
正直、俺達と友好的で俺達が航海を続ける燃料を稼げる程度のシェアを奪ったりせず保障してくれる相手なら、ほとんどのシェアを独占してくれてかまわねえ。
だからナガルプルが排除できたら、インド圏の全港でうちのものとして10%ほどのシェアを残してウッディーン商会のシェアにしてくれ」

「それは…ずいぶんと欲のないことだね」

ギルベルトの申し出に初めてウッディーンが驚きの表情を見せる。

そこで、ギルベルトはさらに補足説明をすることにした。
こちらの艦隊が動いて得たものの9割を譲ると言われれば、利口な人間なら警戒するだろう。
自分が相手を信用しているからといって、相手もそうだとは限らない。

「あ~…正直に言うと、見ての通り俺達は5隻で艦隊を組んで世界を旅していて、ひとところに留まらねえ。
だから離れた海域のシェアの管理が難しいんだよ。
目が届かなくなると他の勢力に奪われる可能性もあるし、そうなったとしても即対応するということが出来ねえ。
目的は世界の大商人になることじゃなくて、自国の海軍の名を高めるための武者修行だから、マイナスになるほどじゃ困るが、金という意味ではそこまで必要としないし、むしろ、現地の勢力と友好関係を築いて任せることで、航路に必要なシェアの管理っつ~こっちにしたら面倒なことを任せたい。
こちとら世界征服をしてえわけじゃねえんだ。
自分が利益総取りより、地域の人間が支配する中で間借りってのが、平和だろ?
その土地の利益はその土地で生きている人間のモンだ。
それを根こそぎ奪ったりすんのは、面倒ごとしか起こさねえ」


最終的にそう締めたギルベルトに、ウッディーンが彼にしてはかなり温度のある笑みを見せて言った。

「君はまったく私の欧州に対する認識をひっくり返す男だな。
西欧の人間は白人以外は人間と思っていないような輩が多かったんだが…」

「あ~…まあ、そういう奴も居るよな。
でも、本来はな、俺らが信仰してる神様っつ~のは、人類みな平等を説いて選民意識の強い民族に処刑されたって方だからな。
俺はさっき俺が言ったことが本来は俺らの考え方としては正しいと思ってんぜ?
ま、でもなんだ、どこの国にも良い奴も悪い奴もいて、ついでに言うなら、完璧に良い所のない悪人も、完璧に悪い所のない善人もいねえ。
で…俺は俺を育ててくれた国と親の名と…あとは大切な姫さんを抱えてっからな。
そのすべてに恥じない人間で居たいし、自らの欲と理想の姿とのはざまで足掻いてるってこった」

「素晴らしい考え方だと思うよ。
私も君と同じようなものだ。
国と血筋と家と家臣…それに3人の小鳥たちのために良き主でありたいと思っている。
私達は理解しあえそうだね。
安心して話を進められる」
と、彼にしては珍しいほどの裏のない笑みを浮かべて言った。

極々身内以外にそれを向けるのは、おそらくそれはかなり珍しいことなのだろう。
隣で護衛としてどこか警戒した様子で居た小鳥たちの1人、ドニアがわずかに驚きの表情を浮かべている。


その後、淡々と語られた話の内容は、まずインド圏のシェアをほぼほぼ抑えているナガルプルは金と女に汚い人間だということ。
積極的にアフリカの奴隷商人から女性を買っていたというから、おそらく助け出せなければギルベルトのお姫さんはそちらに送られていたのだろう。
あのウジ虫のようなぶくぶくと肉のついた指がお姫さんの陶磁器のように美しい肌を這いまわった可能性を考えると虫唾が走る。

それを想像してしまってギリリと不快気に歯ぎしりをするギルベルトに、ウッディーンは
「私も一度奴と対面した時に私の可愛い小鳥たちに気持ちの悪い視線を向けられたからね。
君が不快に思う気持ちは理解できるよ」
と、苦笑した。

とりあえず一通りの情報提供後、決まった条件は、
・ギルベルトの旗艦である【北海の黒鷲号】の中にウッディーン用の私室一部屋、3人娘用の私室一部屋、家臣2人用に1部屋の合計3部屋を用意すること。
・ウッディーンは航海中は基本的にはギルベルトの相談役という立場で、必要なら資金や物品の提供もすること。
・インド圏の交易権については、シェアの90%をウッディーン商会が、残りの10%をギルベルトが得る代わりに、ギルベルトのシェアはウッディーンが責任をもって確保維持すること。
・インド以外の海域の交易権については、その都度話し合い、現地の状況も加味しつつ決めること。

それを2枚の紙に書いてそれぞれサインし、1枚ずつ持つことにする。

こうして心強い味方を得て、ギルベルト達はインドを目指すことになった。






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