秘密のランチな関係Ver.SBG_13

そして今日、その年最後の練習を普通に終え、明日から冬休み。

冬休み2日目から泊まりで強化合宿があり、その前に話し合いをということで、放課後は錆兎の家に直行だ。
当然夕飯も鱗滝家で摂ることになる。


鱗滝家では料理のメインは錆兎で、義勇が手伝うのが日常だ。
今日はメインは簡単にということでオムライスで、サラダの上のカリッカリに焼いた自家製ベーコンの良い匂いが食欲をそそる。

いつもの分厚い生地の黒いエプロンをつけて片手で軽々フライパンを扱う姿はカッコいい。
そして動作も雰囲気もカッコいいのは当然だが、顔もまたキリリと男らしく整っていてカッコいいので困ってしまう。

こんなカッコいい相手が自分の恋人だと思うと嬉しくも誇らしく、義勇が思わず見とれていたら

「お~い、手が止まっているぞ。皿をくれ、皿っ」
と、片手に菜箸、片手にフライパンを持っているために手が空いてない錆兎が、義勇の額にコツンと軽く額をぶつけてくる。

止めて下さいっ!心臓に悪いっ!!
ほんっきで俺はあなたのその顔が好きすぎるんですからっ!!!

と、叫びそうになって義勇はあわててその言葉を飲み込むと、オムライスを乗せる皿を取りに走った。
今自分は耳まで真っ赤に違いない。

本当に自分は鱗滝錆兎が心底好きなんだと思う。
いつもいつも見とれてしまうし、あの顔が近づくと動揺する。

剣道をしている時もカッコいいけど、料理をしている時もカッコいい。
とまた考えて赤くなって慌ててそんな考えを追いやるように義勇は首を横に振った。

「ぎ~ゆ~う?どうしたんだ?大丈夫か?」

いきなり頭上から降ってくる少しからかうような声に義勇がびっくりして取り落としそうになった皿は、おっと危ない、と、菜箸を置いた錆兎の大きな手によって救出される。

「お前…たまにそそっかしいよな」
よっと、っと小さく声を上げながら器用にオムライスを皿に移しながら笑う錆兎の笑みが眩しすぎて直視できない。

本当に初恋の相手を前にした乙女か、俺は…と、思いつつも、まあそれと大差ないな…と思って義勇はもう一枚、皿を用意した。




カッコいいだけじゃなくて、この人はしばしばお茶目だ…と義勇は思う。

料理が終わってテーブルの上に置かれたオムライス。
今日はかかっているのはケチャップじゃなくてデミグラスソース。
それも…キツネの絵が描かれた…。

「…なんですか、これ?」
「ん?キツネだ」

いや、それは見ればわかるのだが……

絵を崩すのが嫌でちびちびと端っこから食べていると、正面に座った錆兎がクスリと笑みをこぼすのが聞こえる。

「ホント、お前可愛いなぁ。別にまたいつでも作ってやるから、普通に食え。
これ、かけるのがケチャップなら赤だしハートにでもするかと思ったんだが、そうしたらお前、上のハートの形の部分の卵だけ残しそうだよな」
と、自分は盛大にキツネを崩しながらオムライスを口に運んで錆兎が言った。

…見抜かれている……

当たり前じゃないか。
錆兎先輩が俺のために作ってくれたハートを崩すなんてもったいない事できるわけない…と、義勇は思う。

そこで、うっと言葉に詰まる義勇にニコリとまた笑いかけて、ほら…と、錆兎は自分のを注ぐついでに中身が減りかけていた義勇のグラスにもアイスティを注いでくれた。

ふわりとした宍色の髪に藤色の瞳と、色合いは柔らかいのだが、顔立ちはきりりと精悍な日本男児といった風貌で、性格もとても質実剛健で男らしい。

なのに時折見せるこの甘さって……と、思わずスプーンを握ったまま義勇がフルフル震えていると、錆兎はふと笑みを消して、お前な…と、小さく息を吐き出した。

「そういう顔な、他に見せるなよ?
俺の前だけなら可愛すぎて撫で回したくなるだけだしいいけど、俺は狭量だからな?
自分の嫁が他の奴にちょっかいかけられるとキレるかもしれないからな?」

へ??
何言ってるんだ、この人……

義勇はポカンと口を開けて呆けた。

俺に対してそんなこと思うのあなただけですよ、と、声を大にして言いたい。
むしろ他からちょっかいかけられているのは、あなたの方じゃないですか……と、そこでそう言おうとして、義勇は昼間の1年組の話を思い出した。

「そういえば錆兎先輩…」
「ん?」
「ちょっと今日、相談を受けたんですが……」
と、今日の昼休みの話を話して聞かせる。

佐倉の話…。
それは義勇としても気になる話だった。

弁当に関してはそういう意味ではないと錆兎はきっぱり否定していたし、そういう事でうそをつくような人柄ではないとわかってはいるが、佐倉自身についてどう思っているのか、佐倉に好意をもたれているという事についてどう思うのか…。

好き嫌いはあるものの、美人でスタイルの良い女子マネだ。
男として悪い気はしないのではないだろうか……。

1年生組からきいた話、依頼された内容を、なるべくありのままに感情を交えないように気をつけて話し終わると、義勇は錆兎の反応を待った。

…怖い……。
正直怖い。

いまだかつてこんなに強い不安を感じたことがあっただろうか…。
それでも視線はそらすまいと凝視してしまっている。
そして1分ほど。

「…あ~、もう。やめろ、その顔。」
と、気づいたら目の前で錆兎が困ったような顔で笑っていた。

「お前可愛すぎだろう、ほんと」

いつのまにかテーブルを超えて錆兎がこちら側に回ってきて、目の前で膝をついて、大きな手で義勇のあたまをくしゃくしゃ撫で回す。
その暖かさに思わずポロリと零れ出た涙を義勇よりは太く長い指先が器用にぬぐってくれた。

「俺の嫁さんは泣き虫だな」
「…錆兎先輩の事以外では泣きません」

言われた言葉に即そう返すと、錆兎は

「それは光栄だ。旦那冥利に尽きるな」
と、嬉しそうに笑う。

しかしその後すぐ少し笑みを抑えて
「まあでも…大切な嫁さん泣かせるのは男として駄目だよな」
と、ちゅっと鼻先に口付けを落とした。

「秘密にしたいと言ったのはお前の方なんだが…それは今でもか?」
少し吊り目がちなアーモンド形の綺麗な目が静かに問いかけてくる。
それに対して義勇は首を横に振った。

「いえ…あの頃は秘密って形で錆兎先輩と何かを共有したかったので…。」
と正直に答えてみると、それまでは大人びた余裕の表情だった錆兎の顔が赤く染まる。

「…お前……なあ………」
がっくりと落ちる肩。

「さびと…せん…ぱい?」
不安になってうつむいた錆兎の顔を義勇が横から覗き込むと、じろりと下から赤い顔で睨まれた。

「お前…俺をどれだけ萌えさせれば気がすむんだ。
自分を振り返れ。
こんなに可愛い嫁がいて他の女に気が向く奴はいないぞ」

「へ???」

不思議そうに大きな目をぱちくりさせながら、こくん、と、小首をかしげるその様子自体がすでに犯罪級なんだが…と、錆兎は内心思う。

義勇ははっきり言って人目をひくほどには愛らしい顔立ちをしている。

大きく丸い青い目に、長いまつ毛。
真っ白な肌に桜の花びらのような唇。
とても整った、人形のような可愛らしさだが、それが笑っても泣いても怒っても、いちいち可愛い表情をするのだから、困ってしまう。

他人に取られないか嫉妬しないとならないのは絶対に自分の方だと主張したいところだ。


「とにかく……」
それでも素早く体勢を立て直せるのが錆兎の錆兎たる所以で大きな長所だ。

こほんと咳払い一つで立ち直ると、錆兎は続けた。

「隠す必要がないのなら、いつもどおりにすればいいだろう?
幸い明後日から合宿だしな。
今年はマネが異様に少ないから、選手も色々手伝うよう言われてるし、その時に佐倉より義勇を優先すればいいんだろう?」
「…そうですね」

錆兎に…優先される。
その言葉に飛び上がりそうに心躍るが、そこは平静を装ってそうこたえると、

「じゃ、その件はそういう事で…とりあえずご飯を食べてしまいましょう」
と、義勇は話を切り上げた。


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