救命ボートに移ってどのくらい経ったのだろうか…
ザザン、ザザンと波の音がする。
雨音もまだ聞こえるが、少し小さくなった気がするが、どうだろうか…
と、錆兎は義勇を不死川と善逸に預け、一人シートの隙間から外を見ている船員の元へ。
そうして止める間もなく彼の頭の上から外を見て、そして表情を固くした。
という錆兎の言葉に身を固くする船員。
船の近くにいるなら当然見えるはずの他の救命ボートの姿がなく、乗ってきたクルーズ船の姿もない。
あれだけの船が沈んだとしたらさすがに何らかの音や衝撃のようなものを感じるだろうから、結論としてこの救命ボートはクルーズ船やその他の救命ボートがいる位置からだいぶ流されていると考えるのが正しいだろう。
「…何故黙っていた…」
と、低い声で問えば
「言えば混乱するかと…」
と、返ってくる返事。
確かに流されていてもあの嵐の中、どうすることも出来なかっただろう。
それを知れば混乱が起きる…と思うのはおかしなことではないかも知れない…
……が……
何かすっきりしない気分で考え込んでいる錆兎に、船員は
「あ、あ、でもっ…ほらっ!陸地が見えてきましたよっ!」
と、おどおどとシートの隙間から指をさした。
無言でその指さす先に視線を向ければ、確かに陸地が見える。
しかしながらそれは大陸ではなさそうだ。大きめの島。
砂浜の向こうには鬱蒼と生い茂った木々が見えるが、人が住んでいるのかはここからでは判断できない。
「…現在の位置はわかるか?」
とそこで問うと、船員はまた
「申し訳ありません」
とうなだれた。
「このあたりにある大きめの島とかは知らないか?」
とそれにさらに問うと、これにも首を横に振られて、ため息をつく。
それ以上あれこれ言う間もなく、船がザザ~!!と、波に乗って砂浜に打ち上げられた。
その衝撃で、皆異変に気づいたようである。
「どうしたんだっ?!」
と、口々に問う乗客たちに、
「この船はどうやら流されてクルーズ船からかなり離れてたらしい。
で、どこぞの島に打ち上げられたっぽいぞ」
と、説明するとあがる悲鳴。
一部の人間が船員に掴みかかるが、宇髄がそれを止めて言う。
「ここで無駄な体力を消耗しても仕方なくないか?
沈むクルーズ船に巻き込まれて救命ボート自体が転覆するとか嵐で沈むとか、最悪な自体にはなってないだけマシな感じじゃね?
とりあえず船にトラブルが起きた時点で捜索が始まるだろうし、船のトラブルが外部に伝わらなかったとしても、船が予定通りに帰港しなければやはり捜索が始まるはずだろ。
少なくとも、俺が知ってるあたりでもここにはちょっとすげえお坊ちゃまとかいるし、家人が血相変えて探すだろうから、今は島で飲み水確保したほうが良くね?」
「まあ、そうだな」
と、そこで煉獄が立ち上がって、ザブザブとボート内にあったロープをボートにつないで引っ張っていった。
少し遅れて錆兎も同様に船から飛び出すとそれを手伝い始める。
「男どもは手伝えよ?!」
と、声をかけると、さらに他の男性陣もそれに続いた。
ズリズリとボートをひきずっていって、一人がボートを繋いだロープを砂浜にある大きい岩にしっかりと結びつけると、女性陣も島に降りた。
「…日があるうちに水を探して補給して、夜には発とう」
と言う錆兎に、不死川が不思議そうな顔をする。
「救援ならここで待った方が良くないかァ?
海上だと見つけてもらえるまで時間がかかるようだと水がみつかったとしても足りなくなる可能性も高いんじゃね?」
確かにそうだ。…そうなのだが……
錆兎は砂浜の向こうに見える森林を振り返ってフルリと身震いした。
…嫌な感じがする……
なぜだかわからないが、とてつもなく嫌な感じがするのだ。
自分でも理由がわからないものを他人に説明しようがなくて、どう答えるか悩んでいると、
──ああ、なんか分かる気がする…この島、どこか嫌な感じがするよな…
と、同じ不安感を感じていたらしい、宇髄がそう口にした。
「え?なに?猛獣でもいるような雰囲気?そういう系のこともわかるの?宇髄さん」
宇髄の言葉に今度は善逸が泣きそうな顔で聞いてくるが、錆兎と宇髄は顔を見合わせる。
「いや…わからんねえけどよ。
ただなんとなく…な、すごく嫌な感じがするんだ、この島…」
と、宇髄が眉を寄せると、
「同じく。第六感というか…いや、違うな。
おそらく五感で無意識に感じ取ったもので分析した結果、経験がやばいとこだって告げてるんだと思う。
ただ、それがなんなのかわからないという感じだな…」
と、錆兎も眉をしかめてみせた。
2人の言葉にざわつく一同。
皆が躊躇する中、それでも動き出したのは錆兎だった。
「まあそれでも嫌でも何でもとりあえず動かないとな。
飲料水は必要だ。
危険かも知れない場所ならなおさら、日が落ちないうちに川か泉、もしくは水分を多量に含んだ食物を探すのが急務だろう」
と、ふところから大きめのナイフを出すと、
「それじゃあ正午にいったんこちらに戻るということで、俺は森を探索してくる。
お姫さんは残して行けないから、すまないが宇髄も護衛に来てくれないか」
と、スタスタと森へと入っていく。
そこで宇髄も切り替えた。
確かにここに滞在するにしても海に戻るにしても物資は必要だし、錆兎の言う通り探索は日があるうちの方がいい。
ということで、
「あ~…確かにそうだな。
ここを離れるにしても物資は必要か。
じゃ、同じく正午に戻るってことで、俺も探索だ。
煉獄も歩けるよな?」
と、自分も当たり前に背負ったリュックの中からナイフを出して、それを
手にしたのと反対側の手で自寮の姫君…というのは少しばかり抵抗を感じてしまいそうな後輩に向かって手招きをした。
「あ、待ったっ!俺らも行くぜぇ!」
と、森に入りかける銀狼寮の寮長と姫君の背中を見て、善逸の手を引っ張りながら駆け寄ってくる不死川。
引きずられる善逸の方も、不気味な森に入るのは気は進まないが、危険かもしれないこの島で頼りになる面々と離れて待っているよりはマシだと思えば異論はない。
そして最後に
「あ、寮長、俺たちも行きます!」
と、銀狼寮生3人組も当然のように寮長に従った。
森の中は木々が陽の光をさえぎって、午前中だと言うのに薄暗い。
道らしい道もなく、宇髄が先頭で時には生い茂った草を刈りながら、奥へ奥へと進んでいく。
そうして木々の中に足を踏み入れて数分…すでに脱落しかけている人間が一人…
「ね、ねえっ!もう戻った方がいいんじゃないっ?!
なんか暗いし怖いし、迷って帰り道がわからなくなったら大変だよっ!
ねええぇえーーーー!!!!」
と、半泣きで不死川の腕にしがみつくように歩く善逸。
──俺らは迷わねえし?戻りたきゃ好きにしろ
…と、いつもなら冗談交じりにそんな感じで返すであろう宇随は今回は無言。
厳しい表情をしている。
それだけで十分異常事態だ。
全体に緊張感が漂う。
義勇ももちろん不安げで、錆兎にしっかりしがみついているが、そこは寮長オブ寮長と姫君オブ姫君の組み合わせである。
──すまないな。寒いし疲れただろう?
──ううん。錆兎が上着貸してくれたし温かいよ?
──ではこの震えは恐ろしさか。
──………
──大丈夫。俺がついている。お前に小さな怪我すら負わせはしないから。
──…さびと…(はぁと)
と、そこだけなんだかハートが飛び散っている通常運転で善逸はなんだか安心した。
まあ、錆兎の方は姫君と笑顔でそんな会話をしながらも、磁石で方向を確認して先頭で道を切り開く宇髄に知らせたりと、それなりに働いてはいるのだが…。
鬱蒼と茂った森の中なのに、鳥の声も虫の音も、動物の鳴き声もしない。
位置を確認する錆兎の声だけが響く。
視覚的には時折ひらひらと綺麗な蝶が宙を舞っているのが目につくが、普段は綺麗に見える蝶もこんな薄気味悪い森の中だと、近くに飛んできて視界に入るたび善逸はぎょっとした。
空気がどこか重々しく、時折なにか、ウォォォオーーーンという気味の悪い音だけが聞こえてくる。
「音が聞こえてくる位置が動く気配がない。
特定の位置に何かいるなら動かないうちに先に確かめたほうが良いな。
危険なものなら放置して無防備にしている時に襲われると危険だろう」
と言う宇髄の言葉でその音の聞こえる方に進んでいるのだが、正直この森は錆兎ですら長居はしたくない。
しかしその音自体にはなんとなくこれと言って危険な空気を感じなかったので、その言葉に従った。
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