寮生は姫君がお好き86_漂流

救命ボートが用意されている甲板に出ると、船の一部から煙が出ているのが見える。

遠洋航海用の船ではないので救命ボートも大きいものではないが、それでもおそらく定員30名くらいのものだろうか。
それに客室に寄って取ってきた最低限の手荷物を積むために余裕を持って20数名乗船し、乗り終わったボートは海へと降ろされた。

ボートには念の為にと一人ずつ船員が乗船していて、雨避けと防寒にと船を覆ったブルーシートの合間から外の様子を伺っているが、他の乗客達からは外の様子は見えない。

まあ見えてどうできるものでもなし、不安を煽られるようなものは見えない方がいいとの配慮なのだろう。

確かに義勇や善逸、それにそのほか数名乗っている女性陣は青ざめた顔をしていて、その一部はそれぞれの連れにしがみついて震えているので、ある意味その気遣いは正しいものなのかもしれない。

「義勇、俺がちゃんと天候まで確認することを怠っていて心細い思いさせてごめんな?」
と、寒くないように自分のコートの中に抱え込んだ姫君を見下ろしながらそう言う錆兎。

その隣では不死川が
「不死川さんっ!ね、これ大丈夫っ?!大丈夫だよねっ?!沈んだりしないよねっ?!」
とパニックを起こして泣き喚く善逸を
「うるせえ!黙れぇっ!船が沈んだ時に備えたボートなんだから、沈まねえだろォ!」
と、軽くどつきながらも、危険から守るように抱き寄せる。


船内に響き渡るシートに叩きつけられる雨の音。
それが今の緊急事態の深刻さを耳から直接心のなかに叩きつけてくるようで、どうにも気持ちが沈んでくる。

そんな中、義勇はふと思い出して船から持ち出したカバンの中をまさぐった。
そして中から出したのは色とりどりのまあるいキャンディの袋。
薄暗い中で準備の良い錆兎が持参していた懐中電灯で照らしてくれたそれはふんわりと明るく浮かび上がって、憂鬱な気分を少し癒やしてくれる。

「さびと、口開けて?」
と、声をかけて開けた錆兎の口に取り出したソーダ味のブルーのキャンディを放り込むと、自分自身の口にはブドウ味の紫のキャンディを放り込む。
その上で銀虎寮組、宇髄と煉獄にもそれぞれ勧め、もちろん金狼寮の不死川と善逸にも。

そしてこうして少人数でボートに乗って初めて気づいた、どうやら同じクルーズ船の旅を楽しんでいたらしい自寮の寮生3人組にも勧めてみたら、──姫君からの賜り物なんてっ!!と、随分と感激される。

そうして身内に一通り勧めた後、義勇は周りの人間にも
「もし宜しければいかがですか?」
と、勧めていった。

それで少し和やかになる船内。



(…可愛い……)
(…ああ、可愛いな)
(なんだかあの子の周りだけふわふわと花が飛んでる感じだな)
(連れの目つきがめちゃ怖いけど……)

などというつぶやきが漏れ始めた。


そんな中で、
「お嬢ちゃん、こんな状況で食いもんを分け与えるあたりがすげえな」
と感心したように言う宇髄。

「うむ。姫君としての実に正しい姿だっ!感心、感心!」
と、自身も姫君なのだがその名が実に似合わないどこか頼もしい雰囲気の銀虎の姫君が頷いて、自分の上着を脱ぐと、

「雨で冷えるからなっ!俺は頑丈に出来ていて大丈夫だから、これも姫君に着せてやってくれっ!」
と、義勇を抱え込んでいる錆兎に差し出す。

状況が状況なので錆兎が礼を言ってそれを受け取ると、それを見ていた宇髄が

「お~い、煉獄!一緒に包まろうぜ!」
と、自分の上着の胸元を開けて言って、即
「う~む…狭いから嫌だっ!」
と、断られたが、そこで苦笑交じりに
「俺がさみいんだよっ!お前体温高いから寄越せよっ!」
と、さらに言うと、
「…しかたないな」
と、体格の良い煉獄よりさらに体格の良い宇髄の腕の中に大人しく収まった。

そんなやりとりを見て、不死川が
「…お前は?寒いかァ?」
と善逸に聞いてくる。

実は寒い。
だが、ここで寒いと言えば不死川は自分も寒いのに上着を貸してくれてしまうのだろうか…と思うと、頷けない。

そこで押し黙っていると、
「我妻と実弥もこちらに来い。
煉獄の上着は大きいから義勇と我妻の2人で包まって、俺と実弥がそれぞれの横で抱えるようにすれば、暖かいだろう」
と、銀狼の寮長から声がかかって、不死川も善逸も二人して頷いてありがたく移動する。

本当に、本当に、銀狼の寮長の錆兎には世話になってばかりだ。
彼がこの時期に隣の寮の寮長で良かったと、不死川も善逸も暖を確保できてホッとしながら心のそこからそう思った。

Before <<< >>> Next 4月23日0時公開予定





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