寮生は姫君がお好き85_アクシデント

こうしてとにかく、どうしてそのメンツになってしまったのかもうわからないが、結局クルージングには不死川と善逸の金狼寮の寮長副寮長コンビの他に、錆兎と義勇の銀狼寮、そして銀側の3年の寮である銀虎寮の寮長副寮長である宇髄と煉獄が参加している。

一応ドレスコードがあるということで、善逸も以前に桑島老に買ってもらったタキシードを着てきたのだが、当日、銀虎の宇髄に

「お前なぁ…姫君なんだからタキシードはNGだろう?
そこはきちんとドレスを着てこいよ」
と、ダメ出しを喰らった。

「いや…でも、ですね…」
と焦る善逸を背にかばうようにして、不死川が
「そのわりに自分とこの姫君はドレスじゃなくてタキシードじゃね?」
と、言ってくれる。

それに宇髄は大きくため息をついた。

そして
「あのなぁ…学園内じゃねえんだから、一応TPOってもんを考えると、あれにドレスとかダメだろ?
仮装になっちまうだろ?」
と、親指で少し離れた所にいる煉獄を指して言う。

確かにそうなのだが…そもそも善逸だって男なわけだし、ドレスを着たら仮装じゃないか…と主張してみたわけなのだが、宇髄はきっぱり
「お前はまだドレス着ても違和感ねえし?」
と言ったあとに、お~い!と二人で窓から外を見ていた銀狼寮組を呼んだ。

「なんだ?」
と、義勇をしっかりエスコートしながらゆったりした足取りで近づいてくる錆兎。

それに宇髄は
「な、今日のお姫さんの服、どういう基準で選んだんだよ?」
と聞く。

それに錆兎は少し不思議そうな顔をして、隣の義勇に視線を落とした。

「…ドレスコードがあるからフォーマルな物で、着物にするかドレスにするかは迷ったんだが、俺がタキシードだから和装より洋装の方が自然かと思ってドレスにした。
本来なら俺の方が合わせるべきだが、何かあった時に姫君を守るなら洋装の方が動きやすいし、姫君の安全が優先だしな。
でも似合っているだろう?
有名デザイナーを親に持つ寮生に頼んでオートクチュールで用意したんだ。
外見の愛らしさはもちろん、料理も楽しめるようにウェストの部分は大目にいれたギャザーで細く見せているが実際は苦しくないようゆったりと作られているし、丈も品よく見えるよう長めではあるが歩きやすい程度になっている。
靴も特注品で、愛らしさと歩きやすさを両方追求した逸品だ」


え?え?俺が軽い気持ちで誘ったことで、そんなに手間暇かけちゃったの??
と、驚く善逸。

しかしそれは宇髄に言わせれば当然の事らしい。

「これが寮長と姫君のあるべき姿だ。
不死川も今日の事を伝えた上で我妻にタキシードしか用意してねえなんて言ったら、寮生達に殴られんぞ?
うちみてえにもうどうやってもドレス着せて歩いたら迷惑くらいの体格になっちまったんならとにかく、姫君は任期中は何をしてても姫君だからな?」

そう言われて心の底から自分達は一般ピープルなんだと逆に納得してしまった善逸と不死川である。


服装だけではない。
善逸と違って義勇は姫君としての自覚があるのか、立ち振る舞いもどこか品よく愛らしく、ピシッとタキシードを身につけた錆兎にエスコートされているその姿は、本物の令嬢にしか見えない。
おそらくこの会場にいるみんなが義勇の事は普通に少女だとおもっていることだろう。



こうして出航した船にはもちろん自分達だけではなく乗客は数百名にも及び、食事の会場もいくつかに分かれている。
年齢別…ということなのだろうか、善逸達の広間はわりあいと若いあたりが集まっていた。

当然そこには桑島老の姿はないが、乗船してすぐ船員から
『わしは仕事で少し部屋にこもるから、21時くらいになったら部屋にこい』
というメッセージを託された善逸は、それまではそれぞれ食事を楽しんでもらおうと思い、それを告げた。

「21時までだなっ!しっかり食わないとなっ!!」
と、目を輝かせる煉獄。

彼のしっかりはすさまじい。
体育祭前に体重を落とすために節制させていたから、なおさらだ。

しかしそれでももう体育祭が終わって彼を抱えるような行事がないので、宇髄も
「あ~、食え、食え。
でもその分ウェイト管理して筋トレして来年の3月の寮長バトルに備えろよ」
と、笑いながらも放置している。


まあ銀虎寮組はそれで良いとして、不死川は銀狼寮組のご機嫌はチェックしておく。
今回の旅行に乗り気ではなかった錆兎の機嫌だけは損ねたくない。

…が、杞憂だったようで、彼の大切な姫君が初めてらしいクルージング楽しんでいる時点で彼も楽しいらしく、機嫌が良さそうだ。

食事はバイキング形式だが贅を尽くしたもので、崩れやすいもの、取りにくいものは、係の者がとりわけている。

そんな中で彼の姫君のお気に入りは金魚や花など可愛らしい形をした点心の数々らしく、それをゆっくりおっとり楽しんでいる姿は良家の子女の図そのものである。

同じテーブルにいても一人で皿に目一杯積んだ料理をものすごい勢いで胃に流し込んでいる銀虎の姫君とはすごい違いだ…と、善逸も苦笑した。

…やっぱり性別違えば食い方も可愛いよなァ……
とため息交じりに言う隣の自寮の寮長の言葉は何かの聞き間違いだと思いながら…


この時点でも不死川は何も疑問を感じていなかった。
本当に自分でも不思議なくらいで、後に思い出すとあまりの危機管理のなさにこの時の自分を殴り倒したい気持ちになるほどである。


しかし食事も半ばとなった時、まず錆兎が眉を寄せて窓の外に視線をむけた。
宇髄もそれに気づいてその視線を追う。

ちょうど外でポツリポツリと降り出した雨が激しくなって、嵐のようになってきたようだ。
雷まで鳴り出して、義勇は錆兎にしがみつく。

それを不死川が羨ましそうな顔で見ているので、ここは自分も姫君として抱きついた方がいいのか…と善逸は悩んだが、考えてみれば今自分はタキシードを着ているので、抱きつかれても嫌だろうと思いなおす。

しかしそんな暢気な思考も、それから少しして、ドン!!と衝撃があって、広間の電気が明滅した時点で吹き飛んだ。

あがる悲鳴。
ここで不死川がようやく善逸のカバーに入る。

宇髄と煉獄は元々そういう依頼をしていたのだろう。
錆兎と共に義勇を守るように囲んでいた。

──…どうなってるの?
と、不安げに呟く善逸に

──雷でも落ちたのかァ?
と、不死川もどこか自信なさげに首をかしげる。

錆兎は無言。
怒っているのかと思いきや、何か考え込んでいるようだった。

そんな状態で数分も経った頃、ようやく明かりがつく。
バタバタと慌ただしく係員が行き来していて、その中でもおそらく現場の責任者であろう男性が、皆様…と、広間にいる客に向かって呼びかけた。

「大変申し訳ございません。
この嵐で避雷針が折れたところに雷に直撃され、当船はエンジン部分に深刻な被害が出ております。
復旧の見込みはたたず一部浸水の恐れもございますので、速やかに救命ボートの方にお移りいただければと思います」

え……と、その言葉にざわめく室内。
小さな悲鳴もあがる。

「救命ボートは人数分ございますが、一斉に詰めかけると危険ですので、一部の要人を除いて、お若い方から順にご説明ご案内をさせて頂いておりますので、どうかお静かに移動をお願いできればと思います」
と、その言葉にシンとする室内。

ここで騒いで他の広間に知られることとなれば、避難が遅れるだけでなく混乱が起きて危険が増すということを暗に言われている事に、皆さすがに気づいたからだ。

──宇髄、煉獄、ちょっとだけお姫さんを頼む
と、そこで錆兎が義勇を銀虎寮組に託して少しその場を離れて、やがて戻る。

そして戻ってすぐくらいに広間から客室、客室から甲板への移動が始まった。


Before <<< >>> Next 4月21日0時公開予定




2 件のコメント :

  1. 恐らく修正間違い?だと思いますが「香達の広間はわりあいと」→多分、この場合は善逸かな…と。
    ご確認お願いします。_(_^_)_

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    1. ご指摘ありがとうございます。
      修正しました😄

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