「ん～秘密です。だって宇髄君、鱗滝君の耳みたいなものじゃないですかっ」
レジェロのクリスマスイベントのタイムで勝った方が負けた方の言う事を一つ聞く…そんな賭けをしたいと言い出した義勇。
そこで返ってきたのがそういう言葉だ。
まあそれも想定の範囲内だったので、宇髄は今度は言い方を変えてみる。
「何を言い出されんのかわかんねえとウサも不安だろぉが。
あいつも色々抱えてんだから、あんま脅してやんなや。
とりあえずいう事をきかせるってどんなもんことを聞かせたいのか、言えねえようなことじゃねえんなら、もう明かしてやってくれって俺が言ってたって、冨岡に言っといてくれ」
そう言うと、義勇のことについては断固たる態度で強気な亜紀も考え込んでしまう。
普通の人間なら、彼だったら大丈夫だろうと思うところなのだが、亜紀は経験上そうではないことを知っている。
錆兎は確かに強くて耐えられる限度は他よりかなり多いが、それを一歩超えた時点でいきなりポッキリと折れるタイプだ。
幼稚舎の時の諸々でそれは身に染みて分かっている。
「うん…。
別にね、そんなすごい事じゃないんだけど…そう言われればそうだよね。
なんでもって言われると不安になるよね。
わかった。私が勝手には言えないから義勇ちゃんから言ってくれるよう、お願いしておくね」
と言って家事に戻っていく。
そうしてその日の夕飯時。
錆兎と義勇、宇髄が並んで席についているテーブルに亜紀と空太が料理を並べ終わって、全員がいただきま～す！と手を合わせたところで、いつもならそく料理に箸を伸ばす義勇が箸を取らず、隣の錆兎を見上げて言った。
──あのね、錆兎、主導権を取りたかったの。
その唐突な言葉に、全員が好奇の目を彼女に向ける。
義勇が言葉足らずなのは毎度のことだが、今日はいつもにもましてわけがわからない。
何の主導権？そもそも何の話？
と、全員突っ込みをいれたくてウズウズするわけなのだが、彼女は錆兎に話しかけているのだから、自分達が口を出すのは違うだろう。
そう思って聞き耳をたてているので、今日は全員無言で食べている。
シン…としたなかで、柔らかな声が響く。
──レジェロの…クリスマスイベントの賭けの話か？
──うん。
別に普段からそれほど声を荒げたりするわけではないが、いつもはもっとキビキビというかキリッとした物言いをする錆兎が、義勇に話しかける時は声音がほわりと柔らかい。
だから最近では彼に憧れる女子達もなんとなく無理だ…と思ってきたらしい。
義勇は錆兎の特別なのだ。
他では取って代わることはできないのだ…と、納得してしまえたようで、義勇排除の急先鋒である武藤がいなくなったことで、義勇に対しての態度も穏やかになってきた。
──ふむ…
と、錆兎は少し考え込んで、それから少し目を細めて口元に笑みを浮かべる。
──別に賭けなどしなくても、たいていの希望は叶えてやる気はあるんだが…普通なら俺が嫌がりそうなことなのか？
──ううん。違うよ。ただ、クリスマスデートの時の…諸々？
──…諸々…か。別に普通に言ってくれればいいんじゃ？
──違うのっ！
と、伝わっていないことに対する苛立ちなのか、そこでぷくりと頬を膨らませる義勇。
いやいや、義勇の足りないどころかほとんど与えられない情報からここまで会話を続けられる人間は錆兎をおいて他にいないんじゃないだろうか…と、周りは思うわけなのだが、足りないらしい。
もう呆れるやらびっくりするやらの周りと違い、錆兎はそんな彼女ですら可愛らしいとばかりに笑顔を見せている。
──すまんな。わからん。何が違うんだ？
と、それでもそれ以上はわからなかったらしくて、彼女の膨らました頬を指でぷすりと突くと、義勇は
──やってもらうんじゃなくて…私がやってあげたいのっ。やらしてもらうんでもなくて、やりたくてやるっていう形にしたいからっ
と、自分でも言葉選びがうまくできなくてもどかし気に言った。
それに錆兎が助け舟を出す。
──つまり…本来はやる義務がないことを、わざわざ俺のために能動的にやってくれたいということでいいか？
と、その言葉に伝わったことが嬉しいのか義勇がうんうんと笑みを浮かべながら何度もうなずいた。
──そうか、ありがとな、義勇
と、それ以上に嬉しそうな笑みを浮かべて言う錆兎に
──まだ何をするのか言ってないよ？
と、きょとんとする義勇。
それに返ってくる言葉はおおよそ皆が予想している通り、
──お前が俺のために何かをしてくれようと思うその気持ちがすでに嬉しい。
…で、その錆兎の表情を見ていたなら、自分が彼女の代わりになどと思うこと自体が本当に無駄なのにな、と、その場にいた全員が思った。
まあ、元々が色々やってもらう側の末っ子の気質たっぷりに、他人に能動的に何かをやってやる習慣のない義勇が、とにかく相手が喜ぶようなことをやってあげたいと思う相手も、錆兎だけなのだが…。
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