とりあえず、義勇が自主的に自分に何かしてやるという形を取りたいだけで、賭けで命じられること自体はそう警戒するようなことでもないらしい。
そうと分かればあと考えねばならないのは、普段なら出来るだけ義勇の希望に沿うようにということなのだが、こればかりは難しい。
そうなると女性チームの成績を越さないように、しかし男性チームの6位以内にはいるようにということになるので、加減がとてつもなく難しい。
というか、義勇達のタイムが男性チームの6位より遅い場合だって十分考えられるので、そうすると2つの条件を両立が出来ない可能性がある。
さて、どうするか…と、錆兎は頭を悩ませた。
義勇達に勝たせてやることと、義勇に非常に有用な限定装備を贈ってやること。
普通なら義勇の希望は全てに優先するし、自分の装備なら諦めもつくのだが、この限定装備は後衛クラスにはとてつもない神装備である。
この時期にしか取れないという特別な物なのもあるし、義勇の賭けの目的が錆兎に何かしてやりたいということなら、別に賭けに勝とうが負けようが好きにしてもらえばいいだろう。
まあ…錆兎はもともと勝負ごとに手心を加えるということはあまり好きではないのだが、それでもたかだか遊びでムキになるのも…と思って諦めたつもりではあった。
が、そういう理由があると思えば、あとは正々堂々だ。
同じチームになる空太と小芭内とはそのあたりの理由を説明したうえで、彼女達にこのイベントでしか取れない貴重にして優秀な限定装備を贈るために全力で勝ちを目指す旨を宣言する。
まあ、賭けをしているのは錆兎と義勇だけであり、元々は男女に分かれてそれぞれ順位が決まるもので、自分達の成績が良いからといって彼女組に何か影響がでるわけではない。
なので他の2人にとっては全力で勝ちに行くのはそれぞれの恋人達に対する献身以外何者でもないので、全く問題はなかった。
「全力で勝ちに行くのは当然だろう。
野良の頃はしばしば甘露寺にタゲを寄越す万死に値するようなナイトもいたが、ギルドに入ってからは甘露寺にタゲがくるようなことは一切なくなったからな。
防御が0でも状態異常が一切なくなる靴は欲しい」
「だよね。亜紀君は動き回らないとダメなジョブだし、タゲとる心配より早く動くために毒の沼とかあってもダメージ受けずにショートカットで動けた方がいい。
そもそも、”メイド長の靴”なのに、亜紀君が持ってないってありえないしね」
と、彼氏組の2人はそれぞれ主張する。
そのあたりは錆兎だって同じ気持ちだ。
義勇は少しばかりやんごとないところがあり、狩りに行く道々にダメージを受ける毒の沼があっても、しばしば足を突っ込んでHPを減らすことがあるので、そのあたりを無効化してくれる装備はぜひつけていて欲しい。
ということで、今日は鱗滝家の居間で彼氏組3人は刺繍を施したティッシュケースやペンケースなどの小物を作成しながら、確実に靴をゲットできるように全力でタイムを縮めていくことを誓い合った。
ブツは布や糸の色は違えど、皆一様に産屋敷学園の校章である藤の花をかたどった模様を刺繍。
男3人がチクチクやっていると、
「お疲れ様~。根を詰めすぎないようにね」
と、亜紀がカモミールティーをいれて来てくれる。
「義勇は?」
と、いつも一緒の義勇がいないので錆兎が亜紀を見上げて聞くと、亜紀は生地などを汚さないように配置場所に気を付けながらカップを置きつつにこやかに答えた。
「あ~、今日は私達もお茶会だから、蜜璃ちゃんと女子部屋で空太君が焼いてくれた焼き菓子とお茶を飲みつつ歓談中だよ。
あ、それとね、錆兎君…」
「ん?なんだ?」
「出来ればね、ペンケースとか刺すスペースのあるある程度の大きさの物には見える場所に”Giyu”とか名前を刺しておいてあげてくれる?
たまにね、錆兎君の作った物が欲しくてこっそり持っていっちゃう子がいるから。
義勇ちゃんの名前が入ってると持っていきにくくなると思うし」
「あ~…了解」
武藤まりがいなくなって最近は義勇に面と向かって嫌がらせをする輩も減ったと思ったのに、しばしば私物がなくなるのは何故だろうと気にはしていたのだが、なるほど、嫌がらせではなくそういう理由だったのか。
優秀なメイド長様からの情報と提案にホッとしながら、錆兎は綺麗な飾り文字のアルファベットで義勇の名を刺繍。
それを見た他の2人もどうせなら、と、それぞれ恋人のネームを追加した。
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