「ほら、姫さん、これも美味いぞ」
と、錆兎はプレートに綺麗に取り分けた料理を彼の姫君の小さな口に楽しげに放り込んでいる。
口が小さいせいか食べるのが下手で、自分で食べるといつも口元を汚してしまう錆兎の可愛い姫君は、今日は制服や部屋着ではなく銀狼寮の姫君としてふさわしいようにと、よそゆきのドレスを着ているので、汚さないようにと言う配慮で寮長の手ずから料理を口に運ばれているのだ。
善逸はそれを眺めながら自分に当てはめてみて、不死川に料理を口元まで運ばれたら…と想像をしてみるが、
…ありえない…絶対にありえない…食べた気がしない。
と、脳が全否定をする。
だが、目の前でまるで小鳥の雛のように小さな口をぴよっと開けて、運ばれた料理をもぐもぐごっくんと咀嚼して飲み込んでいる隣の寮の姫君には全く違和感を感じず、むしろ可愛らしいなと思うので、おそらく人種が違うのだろう。
あれは男子中学生ではない。
“姫君”という生物なのだ。
そう、やんごとない方なのだ。
今回はそのやんごとない相手に不用意に声をかけたせいで、自分の保護者である自寮の寮長、不死川には随分と迷惑をかけてしまった。
不死川も善逸も中等部から学園に来た外部生なのでそのあたりの意識が希薄なのだが、本来は姫君と呼ばれる各寮の副寮長はその寮の象徴で、遊びに誘うならまず、寮のトップである寮長を介して許可を取らないとならないらしい。
それを怠ると、姫君に害意があるものとみなされて、寮同士の戦いになることすらあるということだ。
しかしながら不死川にも言われたのだが、相手が人格者な銀狼寮の寮長で助かった。
本当に知らずに悪気なくしてしまったことに対して焦って謝罪をした善逸に、銀狼の錆兎寮長は
「他にやったら本当に危険だからな?
これからは気をつけろよ?
あと…俺が激怒していたらお前に対峙させるのは可哀そうだと怒りは全部自分が被るつもりだった実弥にも感謝しておけ」
と、善逸の頭をくしゃくしゃっと撫でて許してくれたのである。
銀狼寮は姫君もやんごとなさ満載の可愛らしさなら、寮生を導きつつそれを守る寮長も能力の高さや外見のカッコよさだけでなく、その懐の深さと器の大きさが素晴らしい。
本当に皇帝と呼ばれる寮長と姫君と呼ばれる副寮長の見本みたいな二人だと思う。
「やっぱさ、錆兎さんてカッコいいよねぇ」
と、2人に視線を向けながら思わず呟いた善逸は、彼と同じ立場の自寮の先輩が隣に居ることにハッと気づいて慌てて口を閉じるも、彼の方は気にしてはいないらしい。
…というか、むしろ善逸と同意見らしく、
「だよなァ。
なんつ~か、全スペックが馬鹿みてえに高いけどよ、まっすぐで漢気があって……冒険譚か少年漫画の主人公みてえな奴だよな。
ぜってえに変な裏切り方とか悪意をぶつけてこられたりとか、そういうのがなさそうで、安心すんわ」
と、頷いて見せた。
「銀狼は義勇ちゃんも本当にお姫様だし、なんか藤襲学園の寮のあるべき姿だよねぇ」
と、どうやら自寮の寮長も彼らについては違う世界の人間と言う認識らしいことに安心した善逸がそう続けると、不死川が少し顔を赤くする。
「不死川さん?」
と、善逸が首をかしげると、不死川は
「あ~、ああ、まあそうだよなっ。
錆兎に色々世話になってるし、俺らも冨岡のことは気にかけて守っていかねえとなァ」
と、焦ったように言った。
そんな不死川を不思議に思う善逸だが、よもや彼が最初の顔見せの時の騒動で義勇の事を事情があって男装している少女だと思っているなど、さすがに想像だにせず、単に誰かを守るとか可愛いとか、そんな言葉を言うのが気恥ずかしい人間なのかと思って、その場は流すことにして、もう一組、何故か招待することになった寮長達に視線を移した。
──うまいっ!うまいっ!!
と、ドデカイ声で言いながら、すごい勢いで皿に山盛りにした料理を平らげている銀虎寮の姫君。
学園外なのもあって、服装も普通にタキシードで、学園内で見る以上に姫君には見えない。
まあ、3年生なので姫君として寮に君臨するのもあと半年もないのだし、ゴリラなプリンセス、縮めてゴリプリと寮長自身が命名してしまうくらいには今でも筋肉質で体格も良く、そしてそれに見合った腕力もあるため、おそらく来年度に高校に進級したら寮長になるのではないだろうか…。
とりあえず今回は彼らにも声をかけることと言うのが銀狼寮の寮長が義勇を連れてくる条件だったので誘ったのだが、何故いきなり銀側の3年生の寮長達を誘うように言われたのかは善逸にはよくわからなかった。
だが、それを不死川に聞いたら、どうやら何か不測の事態が起きた時に、義勇を守るのに自分だけでは心許ないから、と、錆兎が言ったからだと言う。
錆兎が自分だけでは心許ないなんて事態に陥ったなら、もう諦めてしまうしかないんじゃないだろうか…と、善逸は思ったわけなのだが、その、不測の事態と言うものが、もうすぐ起きることになることを彼はまだ知らない。
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