寮生は姫君がお好き83_友人と後輩と

錆兎が自分を訪ねてきている…
こんな早朝に…!

と、なれば、もうその理由は一目瞭然だ。

寮の象徴である姫君の危機管理を担う寮長の許可を得ずに、勝手に他所の寮の姫君を連れ出す算段をしたとなれば、その寮に宣戦布告をしたも同然である。

中等部からの外部生であっても少なくとも3年間は寮生として生活をしている不死川はさすがにそのことは理解していた。

ああ、まずい。
本来なら色々協力を求めないとこちらが立ち行かなくなる相手を怒らせた…

もう呆然自失の不死川だが、動揺している場合じゃない。
とにかく謝罪だ。

だがその前に…それでも善逸にはあまり揉めているところを見せたくはない。
彼は中等部から入学していきなり姫君に選出されて、他からは若干距離を置かれる立場になって、唯一同じ立場の同級生と楽しく交流が持てれば…と、本当に欠片も悪気なく思っただけなのだ。

だから最終的には説明をして謝罪はさせないとならないが、まずは自分だけで錆兎と会ってある程度ガス抜きをしてからだと思って、

「ちょっとな、俺は錆兎と会ってくるから、お前は食ってろ。
俺の分はラップかけて置いておいてくれ。
で、食い終わったら自分の分の食器さげて洗っておけよ?」
と、善逸にはなんでもない事のようにそう言って、管理人には会議室に通して置いてもらうよう連絡をする。


そうして急ぎ会議室へ。

怒っているだろう。
ああ、激怒しているに違いない。

なにしろ外部組の寮長と副寮長で、この学園の風習と言うものにあまり重きを置いていない自分達と違い、錆兎はそんな自分達のことは理解を示してくれるものの、本人は下からの生粋の藤襲学園生で、寮長として自身の寮の副寮長の姫君をそれはそれは大切にしている。

不死川と善逸のように先輩として後輩を可愛がっているとかそんなレベルではなく、まさに寮生の代表として姫君を気遣い守りお仕えしているのだ。

そんな保護者兼親衛隊長のような彼の許可を得ず、その大切な姫君を連れ出す算段をしていたなんてことを知ったら、なまじ彼はこちらの事情を知って本来ならライバルにあたる他寮の自分達を色々助けてくれていただけに、それはもう敵対行動をしてきた裏切者として縁を切られても仕方ないポカだ。

そして…そんな錆兎に本当に突き放されたとしたら、自分はとにかくとして、善逸は終わる。
文字通り人生が終わってしまう。

そんなことを考えながら青ざめた顔で会議室のドアの前。
ガチャっとノブを回してドアを開けて中に入ると、不死川はまずその場で土下座をした。

「俺の管理不行き届きだっ!申し訳ねえっ!!!」

錆兎のような相手に言い訳はダメだ。
余計に揉める。

まず全面的に非を認めて謝罪。
それで相手の反応を待つ。

これでだめなら何をしてもダメだろう。
そう判断しての土下座謝罪。

もちろん、それは別に裏があってとか許してもらいやすくするとか、そんなためだけではない。

普通なら別寮な時点で突き放されるどころか弱みを見せたら付け入られるのが当然のこのすべてが寮対抗の学園で、色々後ろ盾やら知識やらがない外部生の寮長では大変だろうと、同級生の誼みで助けてくれている相手の信頼を裏切る形になったのだから、少しでも不快感を和らげたいというのが一番だ。

でも、それと同時に、外部生と言えど中等部の3年間を普通にこの学校で過ごした自分と違い、本当に入学すぐに姫君などという特殊な役割を担うことになった善逸の負担は出来る限り自分が被ってやりたい。

もう自分が1発2発殴られるか蹴られるかで、骨の1,2本折ればそれで済むならそうして欲しい。

そんな思いで誠心誠意床に頭をこすりつけた不死川。

すると上からため息が降ってきた。

とりあえず…腹はたてつつも話を聞いてくれる余裕くらいはあるらしい。
でなければ下げた頭を踏みつけられているだろう。


「…真剣な話をする時は相手の目をきちんと見るものだ。頭をあげろ」

ホッとしすぎたせいだろうか…その声がとんでもなく魅力的に聞こえた。
いや、錆兎はもともと顔も良ければ声も良い男なのだが…

顔をあげるとやや呆れ気味な視線で

「とりあえず座れ。
この寮は客に茶も出さんのか」
と、言いつつ、自分もどっかりと椅子に座る。

いっけん横柄な態度だが、それもおそらく不死川の方に気を遣わせないようにと敢えて取っている態度なのだろう。

ポカンとしている不死川に、
「座らんのか?立っていたいなら止めはしないが?」
と、椅子で片足を組んで腕組みをして見上げてくるその表情は、とんでもないことをやらかした不死川に呆れつつもまだ見捨てずに許容してくれている色が見える。

そのことに不死川は心底ほっとして銀狼寮の寮長が来客としてきた時点で管理人が会議室のテーブルの上に用意しておいてくれたティーセットからお茶を注ぐと錆兎の前に置き、自分はその正面に座ってもう一度、

「本当に悪い。今回は色々教えておかなかった俺の責任だ。
だから我妻にはあまり言わないでやってくれ」
と、錆兎に向かって頭をさげた。


こうして始まるお説教。
しかしそれは不死川が思っていたよりも、ずっと深刻なものだった。


「あのな…今回、俺がお前を叱らねばならない理由は二つある。
1つはお前も自覚している通り、他寮の姫君を勝手に連れ出そうとすればその寮に宣戦布告をしたも同然と言うこの学園独自の事情だ。
まあでもこれだけならな、俺はお前も我妻も特に他意があってそういう行動を取る人間ではないと思っているし、よしんばそれがうちの寮生にバレて揉めたとしても、なんとか宥めてやれるし、そう大きな問題にはならない。
だがな、もう一つの理由のほうについてはそういうわけにはいかない。
うちを巻き込んできたという以前に、そっちは我妻が全く無自覚なあたりですでに本人が危険だろう」

男らしい太めの眉を寄せて、やや難しい顔でそう言う錆兎に、

「もうひとつの…りゆう?」
と、不死川は首をかしげる。

「教える以前にお前の方に自覚がないのか…」
と、その様子を見て錆兎が大きく息を吐き出した。

「義勇がうちの学園にいるのは、普通の家庭に生まれ育った義勇の親が事故で亡くなった際に引き取ってくれた相手がたまたま資産家だったから放り込んでくれたというだけで、義勇自身は普通の家の孤児に過ぎないし、気を付けなければならないのは銀狼寮の姫君であるという事だけだが、我妻は違うだろう?
お前も知っての通り我妻は命を狙われているんだぞ?
事前に自分自身で安全確認を出来ない場所に連れ出すなんて狂気の沙汰だし、俺が今回のことで一番危惧したのはそれにうちの大切な姫君を巻き込まれるところだったことだ」

うあああーーー!!!!
不死川は頭を抱えた。

明らかに気づいていなかったであろう不死川の反応に、錆兎は、はあぁぁ~と大きく息を吐き出して片手で顔を覆って首を横に振った。

「何故こんなことを忘れてられるんだ?」
「…いや…でも我妻の爺さんの招待だっていうから…」

「…そこに行くまでの道々は?
あと、爺さんの方には我妻がそうして誰かに狙われているという報告はしたのか?」
「……」
「……」
「……」
「……してないんだな?」
「……わりい…」

「俺に謝っても仕方ないだろう…」
と、錆兎はまたため息。

「なあ、錆兎……」
「…なんだ?」
「無理を承知で言うんだが……」
「無理だと思うなら言うな」

身も蓋もない言い方で返されたわけなのだが、それで不死川がどういって良いのか悩んで俯くと、

「…なんだ?話せ」
と、またため息が降ってくる。
もうなんだか頼れる優しい男を前に泣きそうだ。

「なんか…俺、お前に惚れそうだァ…」
と、思わず漏らすと、錆兎にすごい顔をされた。

「俺にとって同性からそういう言葉を吐かれて問題がない相手はうちの姫さんだけだ。帰る」
と、何か誤解されたのか席を立たれそうになったので、

「ち、ちげえよっ!!これは言葉のあやで…本題はちげえっ!!」
と、慌てて引き留めると、錆兎はまだ嫌そうな顔で

「そういう気持ちの悪い世辞は要らん。さっさと本題に入れ!」
と、それでもまた座りなおして話を聞く体制にはいってくれた。


そして本題。

「たぶん…な、色々気づいちまうと我妻も気軽に友人を誘ったりできなくなると思うんだわァ。
だから、今回で最後になっちまうと思う。
ってことで…今回だけ、ほんと~~に今回だけで良いから、お姫さんも一緒に遊びに行ってやってもらえねえかァ?
あいつにだってなァ、楽しい学園生活の思い出ってやつを作らせてやりてぇんだよ。
あいつな、ぜんっぜん楽しいことも知らずに育ってっからよォ。
俺もまあ大変っちゃぁ大変な環境で育ってっけど、母ちゃんと弟妹がいたからなぁ…
ずっと一人であいつの事嫌ってる金で雇われた女に汚部屋で食いもんもロクに与えられずに育てられたあいつに比べりゃあ天国だったんだと思うんだわ。
だってあいつな、俺が毎朝、本当に簡単な飯用意するだけで、めちゃくちゃ幸せそうな顔してそれ食うんだぜ?
ありがとう、ありがとうって毎日礼を言ってくんだわ。
一番上の妹と同い年ってのもあって、なんだかそれ見て俺も切ねえ気ぃになるっつ~か…
なあ、どうしてもダメかァ?
俺も一緒に行くし、何かありそうなら体張って守るから…」

実は非常に優しい男である錆兎のことだから、これで絆されてもらえないだろうか…と、恥も外聞もかなぐり捨てて縋ってみたりしたのだが、そうしてダメもとで言った言葉に

「申し訳ないが…お前くらいではうちの姫さんは任せられん」
と、そう返ってきて、不死川はまた俯いた。

そりゃあそうだろう。
今の今まで善逸の周りの状況の危険性についても気遣いが出来なかった男だ。


…あ~あ…あいつがっかりするなァ…つか、むしろ誘ったことで迷惑かけたって落ち込みそうだなァ…
と、不死川は内心ため息をつく。

自分がもう少し…それこそ目の前にいる銀狼寮の寮長くらいに危機管理能力と後ろ盾のあるデキる男だったら、あの気の毒な後輩にそんな悲しい思いをさせないで済んだんだろうに…と、落ち込んだ。

しかし、そんな不死川が頼りにしていた隣の寮の寮長は、彼が思っていたよりも人情に厚い男だったらしい。

一瞬の間のあとに続いた言葉は
「だから、仕方ないから俺も行くぞ。
それでもやや不安が残るから、宇髄にでも声をかけておけ。
姫君の煉獄を連れて来るかはわからんが、奴だけなら面白がってついてくるから」
…で、さらには驚く不死川に、

「とりあえずどちらにしても我妻には自分でも危機感を持てるように説明すべきだ。
だが、気を付けないと今回のことが自分の環境のせいだと必要以上に落ち込みかねん。
だから、今回について叱るのは飽くまで我妻の境遇の問題ではなく、本来は姫君の保護者で管理役の寮長を通さずに直接誘いをかけたことだと言っておけ。
で、今後は学園外のイベントに誘う時は自寮の寮長の実弥にまず相談。
その後、実弥から相手の寮の寮長へ許可、その後、姫君の所に話を持っていくと言う手順を踏まなければ、寮同士の争いになりかねんということを教えて、今後はまず実弥を通すように言い聞かせろ。
その後、けじめとして我妻にもしっかり俺に謝罪をさせること。
その方が本人もすっきりするだろうからな」
と、指示を与えて立ち上がった。

ああ、本当に不死川は長男で本来は依存心が強い方ではないのだが、錆兎が頼りになりすぎて、なんだか力が抜けてしまう。

「うちの寮との諸々はこれで良いとしても、ぼ~っとしている暇はないぞ。
今日は忙しいぞ。急げよ?実弥」

と、そんな状態を見透かされて、錆兎にそう言われ、彼が帰ったあとに、不死川はまず善逸の所に戻って錆兎に言われた通りに注意をし、説明をして、今度会った時に謝罪をする旨を伝えたあとで、銀虎の宇髄に急いで連絡を取った。


Before <<< >>> Next 4月17日0時公開予定





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