寮生は姫君がお好き82_困った招待

──善逸にクルージングに誘われたんだっ

その日の朝、朝食を摂りながら錆兎の姫君はそれはそれは嬉しそうに言った。

…まじか…と、錆兎はそれを聞いて頭を抱えたくなったわけなのだが、自分の失望を表に出して姫君の楽しい気分に水を差したくはない。

そう、マイナスな気持ちを表に出すのもダメなくらいなのだから、断れと言うなど、言語道断である。

だが、正直それは断って欲しかった。
OKするなんてとんでもないと言うしかない誘いだ。

これは…義勇には間違っても言えないので、実弥に苦情…か……

普段なら口にする、──それは良かったな…という言葉を口にするわけにもいかず、錆兎はただ笑顔でそれを受け流しつつ食事を済ませ、炭治郎を呼んで義勇を任せると、自身は金狼寮へと出かけていった。



そんな一方で、こちらは金狼寮の寮長副寮長のリビングでの朝食時…

──はああ????勝手に銀の姫さん誘っただあぁあ~?!!!

今日は休日だ。

だが、実家に居た頃には休日こそ早起きをして大騒ぎの弟や妹に囲まれていた不死川実弥は、今でも休日にゆっくりするという習慣がない。

学校がなくとも普通に朝起きて二人分の朝食を作り、それを学校のある日と同様にリビングに並べていく。

それが並べ終わった頃に自室の隣の部屋をノックすると、出てくるのは後輩であり、自寮の副寮長姫君である我妻善逸。

彼は入寮後すぐは実弥に怯えまくって逃げ回っていたが、実にありえないことにライバルである隣の寮、銀狼寮の寮長に宥められて仲裁に入ってもらって、今ではなんとか普通に馴染んでいた。

そうなると、この学校の寮長としては一応副寮長の身の回りの面倒も仕事の一つであるため、不死川は毎日自分の朝食を作るついでに善逸の分も作って、2人で食べている。

善逸の方もそれを嫌がることなく、というか、彼は家族に恵まれずに育ったため、誰かと一緒に食事を摂るのが嬉しいらしく、この習慣がさらに彼との関係を良くしていた。


「おはよう、不死川さん。
あ~、今日もいい匂いだねっ!」
と、ドアを開けて顔を出すなり、クンクンと匂いを嗅ぐ善逸。

体を動かすのも細々したことをすることも苦ではない。
だが、長らく下の兄弟の世話をし続けてきた身としては、自分だけのために何かをするのはどこか寂しく感じる。
だから、それを喜んで受け入れてくれる相手がいると不死川自身も嬉しくて、最初の諸々が嘘のように、善逸とは友好な関係を築いていた。

しかし…だ、今日もいつも通り二人で向かい合って朝食を摂りつつ、善逸が機嫌よく明かした事実には思わず声を荒げてしまった。



最初は良かった。

「不死川さんのご飯、本当に美味しいよね。
毎日毎日ありがとね」
と、和やかに始まる朝。

善逸は恵まれない環境で半ば虐待されて育ったため、不死川からすると当たり前のようなことでもいちいち嬉しそうに礼を言ってくる。
最初は面倒だった後輩も、こうなってくると普通に可愛い。

白米と焼き魚、あとは漬物とみそ汁くらいの朝食でも、本当に嬉しそうに美味しそうに食べる善逸を見ていると、なんだか温かい気分になってきてしまう。

「おう、そうかよォ。
たくさん食えよ。育ち盛りだしなァ」
などと言いつつ自分も差し向かいで食べていると、善逸はなんだかいつもよりニコニコとご機嫌で切り出した。

「あのね、実はね…爺ちゃんからさ、クルージングに招待されたんだよ、俺。
今度の大型連休なんだけどね。
でさ、不死川さんも一緒に行かない?
友達とかも誘って良いって言われたからさ…」


爺ちゃん…と言うのは、善逸の本当の祖父ではない。
善逸はさる財閥の総帥の愛人の子で、正妻がその母親の元から拉致して自分が雇った人間に育てさせたのだが、善逸の実母が亡くなる前に縁があって善逸を見つけてもらえるように頼まれたのが、今、彼が爺ちゃんと呼んでいる桑島老だ。

老人は現在後見人として善逸を引き取っていて、どうやら自分に何かあっても善逸が困らぬよう自身の資産は善逸に残す様に手続きをしてくれているようだが、亡くなった善逸の実母と善逸を繋ぐ唯一のものである我妻の名字をそのままにするため、養子にはしていない。

それでも二人は実の祖父と孫のような関係で、忙しい桑島老と会える時間を善逸がとても楽しみにしているのを不死川も知っている。

善逸がそうなのだから、老人の方も善逸のことは可愛がっているのだろうし、善逸の周りの人間関係も知っておきたいだろう。

本来は色々と危機管理に気を使わなければいけないのもあって、善逸にはあまり活動的にして欲しくはないのだが、これは仕方ないし、家族が大切なのは自身のことを振り返ってもわかりすぎるほどわかる不死川としては、否とは言いたくない。

なので、まあ自分が同行して気を付けられるなら良いかと

「おう、じゃあ俺も世話になるかァ」
と、応じることにした。

そこまでなら問題はなかった。
全くとは言わないが、まあ至極許容の範囲内だったのだが、

「良かったァ」
と嬉しそうな善逸から

「実はさ、義勇ちゃんも誘ってOKもらってるから…」
と続いた言葉に、不死川は顔色を失ったのである。


「…それ…錆兎の許可は?」
と、おそるおそる聞いてみると、話をしたのが昨日の中等部の教室でということで、当然、善逸と義勇、2人だけの間での話らしい。

やべえ…これ、マジやばいぞ!!!
と、不死川が頭を抱えた瞬間、寮の管理人から連絡が入った。

いわく…血相を変えた銀狼寮の寮長が自分に面会を求めて訪ねてきている…と。



Before <<< >>> Next 4月15日0時公開予定





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