「まず初めに伝えておく。
大前提として俺が共学科に移籍してきたのは義勇を守るためだからな。
古くからの知り合い以外で義勇に急に接近しようとする相手は一応は気を付けることにしている。
だから早川美弥のことは念のためその手のことに長けた兄弟子の部下に調査依頼してたんだ。
その結果、彼女は親が今色々問題視されている新興宗教【万世極楽教】の幹部で、彼女自身も熱心な信者であることがわかった。
彼女の弟という子どもも、こちらに転居する直前に養子にしている。
もちろん偶然と言う可能性も否定できないが、あるいはお前の弟と同じ保育園に通わせることでお前と接点を持つため引き取ったのかもとも考えられるだろう?
だから、この時点で申し訳ないが、彼女を義勇に近づけることはできないと判断させてもらった」
「…万世…極楽教……」
錆兎の言葉に不死川は驚きに大きく目を見開いた。
なるほど、それは近寄らない、近寄らせまいとするだろう。
なにしろその団体に関わった多くの人間が行方不明になったりしている、宗教団体というよりカルト集団と言った感じの団体だ。
しかも弟の件も錆兎はそうでない可能性も口にしてはいるが、普通に考えて直前に養子にというのは怪しさしかないし、それを不死川に伝えていない時点で真っ黒だと思う。
そんな諸々を考えれば、不死川だって錆兎の立場だったら遠ざけるどころか塩をまく。
というか美弥本人だけじゃない。
そんなもんを連れてきて大切な相手と仲良くさせろなんて言ってきた不死川自身だって同罪だと激怒するだろう。
「…お前…なんでそれ言わなかったァ?
排除して当たり前だろォ!」
それをしなかった、しないでくれた錆兎に怒りをぶつけるのは間違っている。
だけど不死川は高くなる声を止められなかった。
ああ、自分は結局変わりなんてしていない。
好きな女子を怒鳴りつけていた頃となにも変わってなどいなかったのだ。
自己嫌悪で吐きそうになる不死川に対して、錆兎は飽くまで冷静だった。
「…偏見はダメだろう?
別に万世極楽教とは関係なしに、ただ不死川や義勇と親しくなりたいと思っている可能性だってなくはない。
ただ、俺は義勇に関しては守る義務みたいなものがあるし、その観点で言うと、彼女に悪意があろうとなかろうと、巻き込まれる可能性を考えると義勇に近づけたくはなかった。
ただ、それはそれとして、彼女自身が仲良くなりたいということ以外、何も特別なことを言ってこないなら、信仰についてマイナスな事を口にすべきではないと思ったんだ。
もちろん第三者である実弥にまで彼女を排除させるべきではないしな。
結果、曖昧な態度で実弥を遠ざけることになってしまったのは、本当に申し訳なかった」
そう言われて、不死川は自身と比較してますます落ち込んでしまう。
「…悪いのは俺だろォ…。
錆兎達を騙して冨岡連れ出して誘拐させる手伝いしたんだから…」
錆兎の側に謝罪をされてしまうと、不死川の方はもうこういうしかない。
しかし自分の非を全面的に口にしてもなお、言われてしまうのだ。
「いや…それは結果論だ。
俺の方も、さっきも言ったが、そういうわけでその手の行動に出られる可能性はたぶんにあると思っていたし、実際、お前が動いた時には買い物の打診があった時点でコウさんの方に報告して護衛と阻止を依頼して動いてたしな。
騙していたということであれば、俺の方もお前を騙していた。
ただ、相手に悪意があったと言う事が明確になった今、俺はお前が早川よりは俺達の方を選んでくれると思っているし、相手が義勇に悪意を持って何かしようとしているなら、一緒に阻止に動いてくれるだろうと思っている。
だから今後のために、何を言われてどういう考えで今回の行動に至ったのかを知りたい。
それは今回のターゲットはお前だっただけで、今後、他の人間だって同じように騙される可能性があるから、それを防ぐためにも周知したいんだ」
あまりに綺麗な相手を前にすると、自分が薄汚いもののように思えて目を合わせるのも辛い。
なのにその相手は容赦なく
「俺はまだお前と友達で居たい……ダメか?」
などと、あちらから視線を合わせてくるのだ。
思わず
「…俺のほうから悪いなんて言えるわけねえだろうォ、この馬鹿がァ」
と、いつものようにそんな言い方をすれば、少し離れていたところで聞いていた錆兎の先輩の部下とやらがすごい目で睨んできたが、当の本人はホッとしたような笑みを浮かべて、
「そういうわけでな、実弥が早川に何を言われて何をしようとしていたかを教えてくれ」
と、いつものようになんの遺恨も残してはいないように、そう言って話を進めた。
さて、どこから話をしようか…
おそらく自分がどれだけわかりにくい話し方をしても、錆兎はその雑多な話の中から必要なことを抜き出して理解してくれる。
ならば、不死川が下手に上手にしゃべろうと考えるよりは、さっさとすべての情報を吐き出して、ユキの言う通り相手に余計な時間を取らせないほうがいいだろう。
そう判断して、不死川は口を開いた。
「このところ美弥に言われてたのは、冨岡を錆兎から引き離した方がいいっつ~ことだ。
それが冨岡のためになるって言われてた。
理由は…お前と居るとお前のこと好きな奴が多いから、そういうのに嫌がらせとかされんだろォ」
と言う切り出し方はこの立場で言うには宜しいとは言い難いものだったらしく、ユキが身を乗り出すが、錆兎がそれを制して、
「それは否定できないな。それで?」
と、先をうながす。
いきなり痛いところを突かれても、錆兎は取り乱すこともなく冷静だ。
これが逆の立場で自分がこの状況で初っ端そんなことを言われたら激怒している。
元の教育の違いなのか、それともひどいことも言われ慣れているのか…おそらくその両方なのだろう。
そのことに不死川はなんだか自分がひどいことをしている気がして泣きたくなった。
「でもよォ、冨岡にそのことをさりげに聞いてみたら、そしたらよォ、お前がいない平穏な生活より不穏でもなんでもお前が居る生活の方が良いって言ってたんだ。
で、その日の放課後に美弥と帰ってたらさっきの童磨って奴の車に乗せられて、茶をしに行くことになってたんだが、そこでなァ、色々…恨み買って殺された女の話とかされて……
この前の刃物の男だって伊藤だけじゃなく冨岡も狙ってたってことだったからなァ…
本人が嫌がってても、冨岡の安全と最終的な幸せのためには錆兎と離した方がいいって説得されちまったんだ。
で、お前はいい奴だからそれが冨岡のためだってわかれば、絶対に涙を飲んで身を引いてくれるし、全部終わって落ち着いたら話せばいいって言われて、そうかって思っちまった。
すまねえ!」
そこでガバっと頭を下げる不死川に、止める間もなくユキが追い討ちをかける。
「あのさぁ…馬鹿じゃない?
その刃物男をけしかけた女って、今、童磨の万世極楽教にいるんだけど?」
と、その言葉は不死川だけではなく、錆兎にとっても衝撃的な発言だった。
「えっ??それって…初耳なんですが…」
と、言う錆兎に、ユキはこちらには柔らかな声音で
「うん。ちょっと捜査上の問題でね、言っちゃだめってことになってたの。
ごめんね?」
と笑顔を向ける。
「それ…今はもう全て色々聞いても問題ない感じですか?」
「うん。今回こっちが動いてるのはもう童磨もわかっただろうしね。
逆に警察のほうも誘拐の現行犯でうごけるようになったから」
という返答に、錆兎はじゃああとで説明お願いしますと頭を下げた後、改めて不死川を向き直った。
「不死川、顔をあげて互いに目を見て話をしよう」
と、錆兎がそう促すと、不死川は顔をあげる。
すると少し困ったような表情の錆兎と視線があった。
「あのな…何故だか色々みんなに誤解されているようなんだが…」
と、眉尻を下げて、錆兎は微妙な笑みを浮かべる。
「俺は決してみんなが思うような出来た人間じゃない。
ただなんというか…他人よりも少しばかり諦めがいい人間なんだ」
と、その言葉には同席している宇髄もユキも興味をひかれたようで、黙って聞き耳を立てた。
「諦めが…いい?」
とオウム返しに繰り返す不死川に錆兎は頷く。
「ああ。
俺の人生はある意味諦めで始まっているから。
初っ端、まだ保護が必要な年齢で皆が保護をしてくれる対象としている親を亡くして、祖父と二人きりだった。
祖父は立派な人で、そんな人に引き取って育ててもらったのだから感謝はしているし親を失くした子どもとしては幸運なのだろう。
だが贅沢なことに俺は普通にただいまと言えばおかえりと言ってくれる、たわいもない会話をかわして、たまには俺の怠惰さなんかを叱ってくれるような、普通の家庭と普通の親が欲しかったし、出来れば兄弟姉妹だっていたら嬉しいと思っていた。
お前も知ってるかもしれんが、俺の傷は炭治郎の妹の禰豆子をかばって出来たものなんだが、それだって特段俺が善人だからじゃない。
近所に住んでた炭治郎が兄妹がすごく羨ましかった。
父と母と兄と妹。
俺には一生得られない家族。
それは俺にとって幸せの象徴で、見ていると幸せになれたんだ。
だからそれを壊したくなかった。
どうせそれを手に入れられない自分がそれを維持するための身代わりになれるなら構わない、それだけだったんだ。
俺が本当に欲しい物なんて手に入らない。
だったら、それを持っていたり手に入れられる人間がいるなら、維持できたり手に入れられた方がいいだろう?
俺が動くのは相手のためじゃなく、本当に欲しいものはどうせ手に入らないし、それなら別段何も要らないからなんだ。
それはたぶん…皆が思う”いい人”とは違う。
優しくもない」
淡々とそんな言葉を紡ぎ出す錆兎に、不死川は──もうやめてくれっ!!…と叫びそうになった。
泣きわめきたくなった。
羨んで、妬みすらした相手だったのだが、自分はとてつもなく残酷なことをしてきたのだと愕然とする。
「…ごめんな。
義勇はそんな俺がこの世で唯一望んだものなんだ。
だから諦められないし、譲れない。
義勇自身にも彼女の両親に会って正式に交際と言う形を取る前にそれは言ってあるし、義勇も了承してくれている。
だからそれが本当に義勇のためなんだとしても、俺は義勇だけは手放せないし、別れる時は死ぬ時だ。
俺はそんな俺を受け入れてくれた義勇に対して、自分が死ぬ時は彼女が一生困らないだけの資産を残すつもりだし、俺が死んだ後なら義勇にも好きに生きてもらって構わない。
逆の時には俺はあとを追うと思う。
今回もユキさん達がついていてくれるからまず無事戻ってくるとは思っていたが、万が一に備えて生徒会室で待っている間に遺書を書いてた。
貸金庫に預けている実印を押すだけになっているから、せっかくだしあとでその内容で弁護士をいれて公正証書遺言を作成しようと思っているんだが…」
衝撃過ぎて不死川は言葉も出ない。
ただ自分はとんでもないことをしていたのだということだけは壮絶に理解した。
無言の不死川に対して
「重っ!ウサ、重すぎっ!!
遺書も墨するところから始めて毛筆だったしな。
現代の日本の高校生じゃねえよっ」
と、宇髄は苦笑し、ユキは
「なんかさ、ウサちゃんてそういうとこも社長様にそっくりで、なんか微笑ましいよねっ」
と、何故かとてもとても嬉しそうに言って、隣の宇髄にドン引きされたのだった。
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