清く正しいネット恋愛のすすめ_218_事後…鱗滝邸にて

このあと自宅近くの路上に呼ばれるまでほんの1時間弱。

買い物をするにしてはずいぶんと短い時間だったが、あとから聞いたらなんのことはない、不死川が気分が悪くなったと買い物をせずに帰ったらしい。

連絡があって2分で学校を飛び出して、車を飛ばしてもらって現地まで20分弱。
義勇を拉致しようとする車が声をかけてきた時点で呼んでくれたので、ぎりぎり解散する前に現場へたどり着けた。

錆兎達がついた時にはもう捕り物自体は終わっていて、教祖は逃亡したものの、義勇を拉致しようと外に出ていた信者の1人を確保。


義勇は錆兎の姿を見ると嬉しそうに駆け出してきて、錆兎もホッとしてそれを受け止め、思わず

──義勇…無事で良かった…
と、ため息をつく。

本当に本当に本当に、己の命より大切な恋人様だ。
錆兎のこの世の幸せは全て彼女と共にあるといっても過言ではない。
なにしろ、今回も彼女に何かあったら後を追おうと遺書まで書いていたのだ。

生きていてくれている…そのことだけで嬉しくて、笑みが零れでてしまう。
その小さな頭に顔を埋めるようにして小さく笑みを浮かべる錆兎に抱きついている義勇はやっぱり愛らしい笑みを浮かべていた。

…が、そんな幸せタイムに聞こえる小さなため息。
それは錆兎達から少し離れたところでユキと話している兄弟子コウのものだった。

そこで錆兎は瞬時に考えて、そして青ざめる。

ここはまず最初にコウに礼を言うところだし、なにより、無事で良かったというのは、無事ではないかもしれない可能性を考えていたということにほかならず、それは護衛と事態の解決を引き受けてくれていたコウ達に対してとても失礼な発言だったのではないだろうか…。

そう思って慌ててコウの元へ駆け寄って謝罪すると、自分も同じようなことを経験していて、その時は錆兎なんか比べ物にならないほど動揺しまくったのをユキにからかわれていただけなんだと笑って言われて、驚いてしまった。

錆兎がしばしば周りの同級生にそう思われているように、錆兎にとってのコウは何でもできて動揺なんてすることなく全てを冷静にこなす人物なのである。

そんな話から互いにのろけ交じりの恋人の話になったあたりで、ユキが頃合いと見て、コウを秘書のカイと送り返した。

どうやら、コウはこれから彼に万世極楽教のことについて依頼し、代わりに今回の諸々で便宜を図ってくれた高校のOBである警察の警視正と会食らしい。

そして錆兎達への説明や今後のことについての話し合いには、ユキが残ってくれることになった。


ということで、動画を撮っていたカイからそれを送ってもらったらしい宇髄が、ずっと呆然自失で立ちすくんでいた不死川を連れてくる。

この状況にずいぶんとショックを受けているようだ。
…というか、今日一日思いつめた顔をしていたので、これ以上追い詰めるとまずいと思う。

──…さびと…俺……
と、青ざめながら口を開く不死川に、ここは一旦場所を変えて話さないとと思いつつも、先に一言いってやらなくてはと、錆兎が

「大丈夫。わかってる。
実弥は実弥なりに義勇のことを考えてくれてたんだよな?
大丈夫だ。何か言ってくる奴が居ても俺がいってやるから」
と、その肩をポンと叩いて告げると、それ以上の言葉を失った不死川はポロリと一筋の涙を零した。

もともとは長子で男としての矜持もかなり持っている不死川が泣くくらいだ。
かなり辛かったのだろうと思うと、それ以上キツイ言葉をかける気にはならない。

とりあえず…ランスが運転する車にユキと錆兎と義勇が乗り、錆兎が乗せて来てもらった宇髄の家の車に宇髄と不死川が乗って、いったん鱗滝家に場所を移動することになった。



「おかえりなさいっ!寒かったでしょ。
今日はね、空太君がいるからお菓子は任せて、私はお茶を各種取り揃えてみましたっ」

自宅に帰って玄関に入ると、奥からエプロン姿の亜紀がパタパタと駆け出してきて、当たり前にみんなのコートを預かっていく。

いつもは一緒に帰って来てその時も全員のコートを預かってハンガーにかけてくれるのだが、こうして先に帰ってエプロンドレスで出迎えてこれだと、本当にメイドさんのようだと、義勇が言って笑うと、そこからなんとなく笑みと柔らかな空気が広がった。

最初は宇髄が錆兎の家から通うなら自分も…と言い張る義勇に、男所帯に嫁入り前の娘1人なんてとんでもないと言ったら、義勇ちゃんが可哀そうだし、それなら自分も一緒ならいいだろうと言われて、何故か下宿するようになった亜紀に、若干困ったなと思わないでもなかったのだが、この色々が大変な時期に、大家族の長女で気遣いと労わりに満ちている彼女の存在は本当に助かっている。

「待ってる間にね、空太君持参のノンカフェのピーチティにラズベリーのキャンディスいれて飲んでみたんだけど、これが絶品なのっ。
義勇ちゃん飲むよね?」
と言う言葉に義勇がぱあぁ~っと目を輝かせて頷くと、

「じゃ、手洗いうがいをして、お部屋でシャワーを浴びた後、着替えようね。
着替えは椅子の上に用意してあるから」
と、にこやかに促す。

そう…錆兎自身もわりあいと手が出てしまう方で、胡蝶しのぶから人をダメにするクッションの人間版などと言われているのだが、亜紀のそれはもう、そんなレベルではないと思う。
かゆい所に手が届きすぎて、自分にも自分の手があるのだということを忘れてしまいそうな勢いだ。

義勇のことについてはもちろんだが、
「錆兎君は加賀の棒焙じ茶、宇髄君は深い話をする時はマンデリンかな?
不死川君は学校ではよく烏龍茶飲んでるから、一応烏龍茶で用意してるけど、他に何か飲みたい物あったら言ってね?
ユキさんにはマシュマロ入りココアを用意してます。
ランスさんだけは複雑すぎて予測がつかないので、キッチンに各種用意してあるので指定してください」
などと、大勢の好みどころか、どういう時に何を飲みたいかまで把握してお茶を出して来てくれたりするので、ある意味おそろしい。

…伊藤…すげえなァ…
と、それまで青ざめた顔で俯いていた不死川ですら驚いたように顔をあげて呟くと

「あ~、亜紀ちゃんはほんと、一家に1人は欲しい一流のメイド長様だからな」
と、それに応えて宇髄が笑った。



「お茶は広間の方に出したテーブルに運ぶからね。
あとは空太君がやってくれるから、私は義勇ちゃんの支度手伝ってくるね。
シャワー浴びて髪まで乾かすから、ゆっくりお話ししてね」
と、義勇にはなるべく聞かせたくない話になるのを察しているらしく、本当に心憎いくらいの気遣いだ。

自分がもしコウのように会社経営をして忙しい身の上になるのだとしたら、本当にメイドとして高給で雇いたいくらいである。


こうしてキッチンに向かうランスと分かれて、他は全員で広間に移動。
そこでいきなり不死川が土下座をした。

──今回はすまなかったっ!警察に突き出してくれぇ!

「ちょっと待てっ!」
「不死川ぁ~、ちょっと待てや」
と、止めようとする錆兎と宇髄を制して、不死川の前にしゃがみ込んで見下ろすユキ。

ニコニコと笑顔なのが怖い…と思ったわけなのだが、案の定、

「土下座ってさ、便利なポーズだよね。
最大限の謝罪に見えるんだけどさ、顔が完全に隠れるから相手に表情を読まれないのがミソだよね」
と、チクチクどころかブスブス棘を刺してきて、錆兎の方が青ざめた。

何度も言うが、ユキはコウとコウに限りなく近い人間以外には一切の情がない。
効率至上主義で、彼にしてはまだ手心を加えられているらしいアオイですら、結構その言葉のきつさに泣かされているとのことだ。

「もうさ、そういうのどうでもいいから、とりあえず誰にどういわれて何をしようとしていたかを簡潔に話してもらえる?
やらかしたことに少しでも反省の念があるなら、無駄な自己満足で忙しい俺やウサちゃんの時間を浪費させないことが一番だよ?」


もう誰もうんともすんとも言えない状況になりつつある。

ここでユキの言い方に慣れているヘキサゴンの誰かが居れば、

──お前さ、そんな言い方したら出る言葉も出ないだろ
くらいは言ってくれるのだろうが、あいにく唯一いま鱗滝邸にいるランスもキッチンだ。


ここは自分が被っても間に入るべきなんだろうか…
しかし、間に入るにしてもどちらにどう言葉をかける?
と、悩みつつ一歩踏み出しかける宇髄を錆兎がため息交じりに制した。


「ユキさん、俺が引き継いで構わないだろうか?」
と、錆兎はまずユキにお伺いをたてる。

するとユキは
「うん、いいよ。
ちなみに…今日は社長様は警察庁の加藤警視正と万世極楽教の件について会食で一日が終わるし、会社に緊急の何かがあればユートが残ってるからね。
ウサちゃんは俺の時間は気にしないで良いからね」
と、あっさりと言いつつ頷いた。

「え?え?なに?ユキちゃん、時間あるんじゃん」
と、あまりに先ほどと声のトーンの違うユキに安心した宇髄がそう言うと、ユキは

「あ~ウサちゃんのための時間ならね。
うちの社長様の弟みたいなもんだし?
俺の時間は一日24時間一年365日全て社長様のためにあるものだからさぁ」

「…ユキちゃん、社畜?」
「ううん、会社じゃなくて社長様のためだから、社長畜」

などと、宇髄との間にポンポンとそんな会話を交わしたあと、

「というわけで…社長様のために存在する大切な時間を、社長様に似た弟分のウサちゃんに使われるのは構わないんだけど、ぜんっぜん俺とは無関係な人間に使われるのはムカつくだけ」
と、そういう結論について語り、

「だから、ウサちゃん、好きな事好きなだけ言ってていいよ?
俺は結果を社長様に報告するまでがお仕事だから聞いてるけど、気にしないで良い」
と、ぴょんと置かれた椅子の上に腰を掛けた。



そのユキの様子にホッとしつつも、錆兎は不死川の前に膝をついて、身体を起こさせる。

「実弥、俺は今回のお前の諸々の行動を黙認していた。
だからお前が俺を騙していたというわけではない。
お前がおそらく俺や義勇や皆のことを考えて行動しているのだとは思っていたし、それが俺達が思う、こうあるべきという行動と違っていたとしても、無条件に責める気はない。
だからまず俺は俺が知っていることと思っている事を話す。
そしてお前もお前が知っていることと思っていることを話してくれ。
目指すところが一緒なら、分かり合えるはずだし、協力できるはずだ」

しっかりと目を見てそう話せば、不死川も少し気まずそうに、それでも──わかった…と立ち上がり、促されるまま席についた。

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