義勇さんが頭を打ちました_26

嘘を上手につく方法はなるべく多くの真実の中に嘘を一つだけ混ぜることである。
…それが、宇髄の持論だ。

今回、事実をそのまま告げると柱同士の関係に亀裂が入るどころか崩壊しそうな気がするので、そのあたり、上手にまとめていかないとならないと思う。

さて、どう持っていくか…

内容については決まっている。
不死川は錆兎が恋情的な意味で義勇を好きだと思わなかった。
飽くまでどこか頼りない兄弟弟子を放っておけなかったので引き取っていると思っていて、記憶を失ってからなんだか互いに大変そうだったので、それなら自分が面倒をみることで双方の負担の軽減になればと思っていた。

それを提案しに水柱邸に来たのだが、あいにく錆兎が留守だった。
だから先に義勇に言おうと思ったのだが、なんだか逃げられてしまった。

義勇が心配だったのは本当。
面倒をみる気があったのも本当。
錆兎の義勇に対するそれが恋情なのか親愛なのか微妙に判断がつかなかったのも本当。

ただ…錆兎が居ない時を見計らって抜け駆けして義勇を自分の元に来させようとしていたことだけは隠しておく。

可愛い弟分に嘘をつくのは心苦しいところだが、嘘も方便。
不死川の方には水柱邸でも自邸に帰る道々でもややきつすぎる言葉でお灸を据えておいたので、同じことは繰り返さないだろうということで、許してもらおう。

世の中には知らないほうがいい事というものもあるというものだ。


そんな風に思いつつ、

「今帰ったぞ!」
と、死にそうな顔の不死川を連れて自宅の玄関で声をかければ、
「天元様、おかえりなさいっ!!」
と、須磨がまるで子犬のように可愛らしい笑顔でぱたぱたと出迎えにくる。

それで少しばかり緊張と諸々で沈んでいた宇髄の心はやや浮上するが、不死川は相変わらずで、──邪魔をする…と、消え入りそうな声で言って頭を下げた。


「不死川さん、ご飯っ!
ご飯食べていきますよねっ?!
元気ないですよっ!
大丈夫、義勇ちゃんはまだ熱はありますけど、雛鶴さんが用意した薬飲んで寝てればすぐ元気になりますし、寝巻ね、そう、寝巻!
天元様のじゃおっきいから、私のとっておきの貸してあげたらすっごく可愛くてねっ……」

とりあえず不死川が元気がないのは見て理解して、しかし、そこで色々と会話が脱線していくのが須磨の須磨たるところだ。

強さという意味では3人の嫁の中でも絶望的なレベルで劣るのだが、色々と気持ちの沈みやすい環境で生きてきたなかで、この妙に明るい性格のおかげで何度救われた気になったかしれやしない。

「須磨~、お前は本当に可愛い良い女だなぁ」
と、思わず抱きしめてやると、須磨はきゃわわっと少し慌てながらも嬉しそうに笑った。


そうして居間に行くと、まきをと錆兎が差し向かいで茶を飲んでいる。
珍しい組み合わせだと思っていると、おかえり、と、錆兎は穏やかな様子で言いながら、義勇に事情を聞いたので話をしようと思ったのだが、まだ熱の下がらぬ義勇の隣でするのもなんだし、雛鶴に義勇を見てもらって場所を移して待っていたのだと言った。

それを聞いて青ざめる不死川。
本人的にはまず土下座から入りたいところだろうが、宇髄の描いた譜面的にはそこまで全面的に非を認めてもらっては困るので、後ろ手にそれを押しとどめていると、なんとこちらを向き直った錆兎の方が、

「義勇が迷惑と心配をかけてすまなかった。
そしていつも気遣いをしてくれてありがとう。
感謝している」
と、いきなり深々と頭を下げてくる。

へ??
不死川はもちろん、宇髄も状況がつかめない。
だが、そこで不死川と違うのは、それを表に出さないところだ。

表面上は驚く様子もなく、極々普通に
「で?いきなり飛び出した義勇の言い分ってのはなんだったんだよ?」
と自分の側のシナリオに矛盾がでないようにすり合わせをしようと、まずそれを聞くと、錆兎は、──本当にすまなかったな…と、男らしくキリリと太い眉の眉尻をへにゃりと下げて、心底申し訳なさそうに説明をし始める。

「実は俺には7年ほど会えてなかった姉弟子がいてな。
義勇とは入れ違いで隊士になったから互いに知らないし、俺にとっては姉のような存在だったんで、義勇が頭を打った日に紹介しようとしていたんだ。
ところが義勇は何を思ったのか、俺がその姉弟子と暮らしたいと思っていて、そうなると自分は邪魔なんじゃないかと思い込んだらしい。
で、記憶が戻ってからも戻ったと言えずにいたところに不死川に自分の館に来いと言われて、不死川はおそらく記憶を失くして何か困っている様子の義勇を見て、俺とあまり上手くいっていないのかと思って、それなら一旦自分の所に来てもいいと申し出てくれたんだろうが、義勇は俺が姉弟子と二人で暮らしたいが義勇を見捨てられずに困っているから、見かねた不死川が引き取ると申し出たのだと思ったんだそうだ。
なんというか…本当に俺の言葉足らずと義勇の勘違いでこうなってしまったというか…。
宇髄にも不死川にも本当に迷惑をかけた。
申し訳ない」

そう言ってまた頭を下げる錆兎に、なんだか彼らしいバカバカしいほどの善意の解釈を告げられて、宇髄は心の底から安堵した。

「お前はぁ…ほんっとうにしっかりしてるようで、抜けてんもんなぁ」
と、苦笑。

不死川は複雑な表情で、それでも
「それで…誤解はとけたのかァ?」
と、聞いてくる。

それに錆兎は頷いた。

「ああ。
姉弟子はずっと師匠を独り占めするのが夢な人間でな。
鬼殺隊を辞する時がきたら、狭霧山の師匠の元に帰るし、俺には里帰りするのは良いが伴侶と終の棲家は他で見つけろと常々言ってる奴なんだ。
で…姉弟子もそんな感じだし、俺は俺で師匠の元に居た頃から今もなお、いつだって義勇を優先しているし、柱になったのだって義勇と一緒に居る家と、義勇を俺の居ない任務に出さないと言う権限が欲しかったからだからと、きちんと伝えた。
ずっと一緒だったからな。
当たり前にわかっていると思っていたんだが、口に出さないとわからぬものもあるんだなと今更ながら思った次第で…
でもとりあえず互いに口に出して意思確認はしっかりしたから、これ以上迷惑をかけるようなことはないと思う」

「迷惑なんてこたぁねえ。
お前は俺の初めての後輩で弟みてえなもんだからな。
柱の仕事ではむしろ助けられることの方が多いんだ。
私生活くらいしっかり頼ってこい」

「ありがとう。宇髄。
いつも本当に頼りにしている」

とりあえず綺麗にまとまりそうなところで機嫌の良い宇髄と、それに後輩の顔を見せる錆兎。

それにムズっと来た。
当たり前だが自分の前では錆兎は柱の中でも頼れる中心人物のような顔をしているわけなのだが、宇髄にはこんな風に年相応の顔を見せるのか…。

…義勇に頼られている錆兎どころの話ではない。
宇髄なんて嫁3人に頼られ守りながら、錆兎にまで兄のように頼られているとは、なんて羨ましい。
彼は必要とされ、彼には生きる理由が数多くあるのだ。

それに比べて自分はどうだ。
自分の手を必要とする誰かが…生きる理由が欲しいとそれを強引に手に入れようとして失敗。
その尻拭いを宇髄にしてもらって、失敗をごまかして、何食わぬ顔で生きていくのか…


…これは自分の自己満足だ。
…せっかく問題にならないようにと間に入ってまとめてくれた宇髄は激怒するだろう。

それでも誰かに必要とされる人物になるために、最低限誠意は必要だと思った。
自分なら都合の悪いことをごまかすような人間に安心して頼れはしない。

「…錆兎、すまねえ!
俺はお前や義勇の信頼を裏切った!」

その場でガバっと土下座する不死川に宇髄は焦ったようなぎょっとしたような顔をして、錆兎はきょとんとした視線を向けてくる。

「義勇の記憶がなくてお前と揉めてんなら俺が引き取って面倒みていこうと、お前が居なかったからじゃなく、わざと居ない時を狙って言ったんだ。
弟妹達の代わりに、誰か守る相手助けてやれる相手が欲しかった。
だが、だからと言って他人のモンを取っていいわけじゃねえ。
すまねえっ!!」

土下座の時点で全てを察している宇髄と違って、全く意味のわかっていない錆兎にそう説明したのだが、錆兎はきょとんとした表情のままだ。

「あー…すまん、謝られている理由がわからん。
結局…義勇が俺と揉めて困っていると思って面倒をみてくれようとしたのだろう?
さっき俺が言ったのと何か違うのか?
俺に先に打診をすべきだったということか?
それなら別に気にすることはないぞ?
まあいきなり行方不明となれば心配するが、不死川の館にいるというならあとで連絡をくれればいいだけだ。
結局俺と義勇、双方の負担を考えて動いてくれたんだから全く問題はない…というか、感謝しているし、俺はそれで少しの手際の悪さも認めんと怒るほどに偉い人間ではないぞ?」

きょとんとしたままの錆兎に不死川もぽかんとした。
そしてその二人に宇髄が噴き出す。

「錆兎の大事な相手に対して危害を加えたりせず善意で接してくれる相手だってくらいには、お前はこいつに信頼されてるってことだよ。
まあ…普通に考えれば錆兎も入隊早々に柱まで昇りつめた人間なんだからもう少し危機感持てやとは思うが、こいつは清く正しい善意の鬼殺隊の御旗だからな。
変に毒されることなくこのままで居させてえ。
お前も何かしてえなら、そんな俺の方を手伝えや」

すでに188の大男になった錆兎の頭を、出会った頃の少年期の頃と同じくぐりぐり撫でまわしながら言う宇髄に、やっぱりわけがわかっていない顔の錆兎。

なるほど。
山の中で元柱に育てられたお坊ちゃまな彼は腕っぷしは強くなっても素直でまっすぐな気質が抜けないのだろう。

確かに悪意のある人間が近づいてきたら危なそうだ。
…というか、今回の不死川の諸々だって、不死川から見れば悪意だと思うのだが、本人は根っからの善意だと信じ込んでいる。

剣の腕はおそらく不死川なんて足元にも及ばないかもしれないが、そういう意味では守ってやらねば…
それでなくとも義勇が弱点であるということを隠すと言う知恵すらない男なのだ。

なんだ、簡単なことじゃないか…
不死川はいきなりストンと理解した。


「ああ、確かに。
御旗は綺麗な方がいい。
厄介な輩への警戒は任せとけぇ」

贖罪のため全てを明らかにすべきだと不死川は思ったのだが、そういうものでもないようだ。
明らかにしてなお、白すぎて黒を理解できない人間というものが世の中にはいるようである。

そして…そんな少しばかり人の悪意に対する危機感の足りない水柱邸の二人を悪意のある人間から守ってやるという使命が今ここに転がっている。

不死川は迷うことなくその役割に手を伸ばすことにした。
この先大切なものが他にも見つかるかもしれないが、とりあえず当座はそれが自分の生きる理由で糧である。

こうしていったんこれですべてが解決。
義勇の記憶喪失から始まる騒動は幕を閉じた。

今後、辞書に隠し事という文字が少しばかり抜けている二人が互いに想いを確認したことによってその心の内を駄々漏らしにして周りの視線を生温かいものにするとか、そんな困った事態も引き起こすには引き起こしていくことになるが、今はとりあえずめでたしめでたし。

そう、物語の終わりは常にめでたしめでたし、なのである。

──完──




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