「水柱様、代わりましょうか?」
小さな桶に入った水に浸した手ぬぐいをぎゅっと絞って眠ってしまっている義勇の額においてやっていると、そばにひかえていた雛鶴が遠慮がちに声をかけてきた。
「あ~…宇髄が戻ってきたら義勇をお願いすることになるし、それまではついていてやりたいと思う。
ありがとう」
と礼を言うと、
「わかりました、それではその時だけでなく代わった方が良い時は遠慮なくおっしゃってください」
と、即引いてくれるので、そのあたりもわきまえていて、さすが宇髄の妻たちのなかでもまとめ役と言ったところだ。
その気遣いにも礼を言うと、錆兎は義勇に視線を落とす。
体が弱っていたところに雨に濡れたせいで熱を出して寝ているのだが、義勇の状況や行動については、今回は本当によくわからない。
まず、今は取り戻しているようだが、どの段階で記憶が戻っていたのだろうか…。
義勇が元気がなかった理由が真菰の事だというのなら、かなり前から記憶が戻っていたことになる。
まあ…それを言わなかったのは言う機会を逸したか、あるいは真菰との仲を誤解していたらしいので記憶が戻ったら有無を言わさず真菰との同居を切り出されると思っていたという感じだろうか…。
だとすると不死川から逃げた原因はやはりそれがバレて正義感が強い不死川から自分にきちんと報告しろと言われたとかそんなところか?
そのあたり、義勇にきちんと確認後、迷惑と心配をかけた宇随と不死川には謝罪をしなければならないだろう。
宇髄には本人よりも奥方達に洒落た洋菓子、不死川にはやはりうまいおはぎだろうか…
そんなことを考えているとまだ赤い顔をした義勇がぼんやりと目を開ける。
…さびと…ずっと居てくれた?
熱で潤んだ青い目でぼんやりと錆兎を見上げて、えへへと笑う顔がまるで出会った当時の少年の頃のようにあどけなくて可愛らしい。
…お前は本当に…
と、呆れたように言ってその頭をくしゃくしゃと撫でまわしながら、とりあえず自分も色々と言葉が足りなくて事態をややこしくしてしまったようなので、
「心配したんだからな。
とにかくお前とは長い付き合いでこれからもずっと一緒なんだから、俺に隠し事はなしだ。
俺はお前に関しては、お前自身の身に危険が及ぶこと以外は最終的には許してやるから。
宇髄にも言ったが、水柱屋敷にはお前の居心地が悪くなるような変化は一切持ち込む気はない。
俺達の家で最優先はお前だ」
と、とりあえず自分にとって一番は義勇なのだと伝えてやったあとに、
「で?いつから記憶が戻っていた?
戻らぬふりをしていたのは、戻れば俺が真菰を優先するとでも思ったからか?
不死川とはてっきり記憶がないせいで恐ろしく見えて逃げ出したと思っていたんだが、記憶が戻っていたならそれはないな。
どんなやりとりがあって逃げ出したんだ?」
と、事情をきいた。
言いにくいあたりはあらかじめ言ってやったので、記憶が戻ったのはほんの数日後で、戻らぬふりをしていたのは錆兎が言った通りというところまではすらすらと白状する。
元気がなかったのは隠し事をしていたことと、バレた時の不安かららしい。
そして最後の質問、それには義勇も少し考え込んだ。
「…不死川が自分の家に来いって腕を掴んできたから……
不死川のことだから、俺が元気がないのに気づいてて、記憶をなくす前は互いに大切な友人だったから、遠慮することはないという意味で言ったのか、あるいは記憶が戻っていて言えないままなのに気づいて錆兎に言いたくないならいったん自分の家に来て気持ちを落ち着かせろという意味で言ったのかだと思う。
不死川は言葉が足りないから、そのあたりはよくわからない。
で、俺が逃げたのは、不死川について行くということは錆兎と居られなくなると思ったからで…。
もしかして錆兎が真菰さん…と暮らしたいけど俺を見捨てられないから、それを知った不死川が錆兎を気遣って俺を引き取ると言い出したのかとかも考えた」
と、考え考えしながら自信なげに言う。
なるほど、そんなところだろうな…と錆兎も思った。
不死川は恐ろし気な見た目に反して新人時代からずいぶんと親身に義勇の面倒をみていてくれた優しい男なので、義勇に対しての悪意ある行動を取ることはないのは確かだし、いきなり逃げられて傷つきもしただろう。
それに関しては本当に申し訳ないことをした。
「善意での申し出にいきなりその態度は普通に傷つく。
俺も一緒に謝ってやるから、義勇、お前もきちんと謝れよ?」
と、最終的に錆兎がそう言うと、義勇もこっくりと頷いてその話は二人の間では終了する。
「…まあ…不死川は任務が入っていなければ水柱屋敷で待っていてくれているはずだから、じきに宇髄がこちらへ連れて来るだろう。
とりあえず俺が先に謝罪しておいてやるから、お前は元気になって意識がはっきりしてから改めて謝罪しろ。
今は体を治すのが先だ」
お前の責任は全て俺が取る覚悟があってお前を引き取っているのだから…と、錆兎は言った。
お前は俺が唯一一生責任を持つ相手なのだから…という錆兎の言葉に、本当に本当に安堵する。
心配させるだけ心配させて振り回してしまった不死川には義勇も本当に申し訳ないことをしたと猛省するところではあるが、同時に心の底から感謝をした。
言われた時にはなんてわかりにくい言い方をするんだとも思ったが、そのおかげでこうして錆兎の思いを知ることができたのである。
…迷惑をかけてごめん…も、そうだけど、ありがとうもちゃんと言おう。
そう思いながらも、頭を撫でてくれる錆兎の手が心地よくて、義勇はあっという間に眠ってしまった。
あとほんの数分もすれば不死川を伴った宇随が戻ってきたのだが、熱がまだ高いこともあって、眠ってしまったのである。
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