そういうわけで、錆兎は自分であれこれ気を回す必要はなくなったのだが、では、周りが平穏になったかというとそうでもなく、不死川は着実に某宗教団体がバックにいる早川美弥に取り込まれつつあるし、それを静観しなければならないというのは、決して楽なものではなかった。
なので介入したくてウズウズするが、任せてしまった以上は自分勝手にうごくわけにはいかない。
そして…コウ達を信用していないわけでは決してないのだが、コウはとにかくユキは一部の人間…まあはっきり言ってしまえばコウ以外にはとてもシビアな人間なので、コウや彼に似ているという弟分の錆兎、そしてその二人の直接的な伴侶あたりには最大限の配慮をしてくれるが、その配慮すべき人間におそらく不死川までは含まれてはいないであろうことも大きな問題である。
現に、ユキに宗教団体の諸々のとばっちりや害が不死川にも行かないようにして欲しいと言った時に、本当に不思議そうな顔で──え?なんで??…と、聞き返されてしまった。
断られるのは想定の範囲内だったが、わけがわからないという顔までされるとは思っても見なかった。
そのことについてはユキには…
──天元まではウサちゃんの幼馴染だし努力してみるけどさぁ…不死川実弥くらいの関係ならどうでもよくない?
と、本当に悪気なく言われてしまったのである。
そこで錆兎が、普通のクラスメートくらいでも巻き込ませたくはないが、彼はそれよりは親しい関係なのだ、ユキ達で言えばヘキサゴンの仲間くらいな感覚なのだと言うと、それに対して返ってきたのは
「う~ん…ヘキサゴンでも俺が優先するのは社長様とその奥様の姫様と…せいぜい社長様の一番最初の仲間で妹分として可愛がってるアオイまでだよ?
俺、社長様と出会った時の事件で自分の身ですら平気で切り捨てかけたし?
ま、社長様が捨てさせてくれなかったんだけどさぁ」
などという驚くべき言葉で、
「まあ、今回はさ、最初にも言ったけど俺らでも余裕はない。
ウサちゃんとその恋人の義勇ちゃん、それから幼馴染の天元と従姉の真菰ちゃんくらいは絶対に被害が広まらないよう頑張るけどさ、それ以上はとりあえず身体は確保するけどメンタルはウサちゃん達でなんとかしてもらえる?」
と、続けられて、錆兎は頷くしかなかった。
確かに任せたからと言ってなんでもユキ達任せはよろしくない。
そうは思うのだが、普通の人間関係での揉め事ならとにかくとして、宗教関係の洗脳とかになると、一般人でどうにかなるものなのだろうか…。
とりあえず揺れないブレない崩れないであろう宇髄あたりになるべく不死川と接触は持ち続けてくれるように頼んではいるが、いざとなったら本当に他人まかせで情けない限りだが、今度は祖父の弟子達の中で精神科医でもお願いしたほうがいいかもしれない。
あとは…万世極楽教が完全に壊滅すればいいのだが、中途半端に残ると不死川もだがその家族に危害が及ぶのも怖い。
兄弟の中には3人も幼い女子がいるのだ。
正直錆兎自身は祖父と伯母の一家は全員生半可な人間ではないため問題ないのだが、冨岡家に関してはやはり害が及ばないよう守らなければならないため、不死川家も…というと、正直厳しい。
そもそもが、不死川自身、早川美弥の身元についてどこまで知っているのかが謎なので、そのあたりを含めて宇髄に丸投げしているのも心苦しいが、宇髄はどうやら高校卒業までは錆兎の家に居候する気満々らしいので、その家賃と思って諦めてもらおうと、割り切ることにした。
とりあえず不死川だ。
とにかく彼がどう騙されているのかがとても気になる。
だが、一つ言えることは、不死川がこれからどういう行動を取ろうとするにしても、それは彼自身の欲のためではなく、おそらくそうは見えなくても仲間のためを思ってのことだ。
誰がターゲットになるのかと言えば、自分か義勇なのだろうが、義勇の身に何かとんでもない害を与えられるということでなければ、自分は不死川を許せるし、友人として受け入れると思う。
そう思うくらいには、錆兎は不死川の情の深さや優しさを目にしてきたし、その人間性を信じていた。
そうしてじりじりと待つことほんの数日。
どうやらターゲットは義勇の方だったらしい。
不死川が義勇に帰りに買い物に付き合って欲しいと誘ってきたようだ。。
義勇は錆兎が一緒でないならと断りそうな勢いだったので、そこはそばに待機していた宇髄が、錆兎は今日自分と一緒に学校で用事があるから、ちょうどいいから不死川につきあったあとに家まで送ってもらってくれと、半ば強引に約束を取り付けさせる。
そこからは早かった。
宇髄がユキに連絡。
即指示を仰いで、錆兎と宇髄は気づいていないふりをするため、放課後に本当に生徒会室で居残り。
不死川とでかける義勇にはこっそりユキ、ランス、カイの3人が距離を置きつつ護衛に入る。
義勇のスカートのポケットの中と、カバンの中には見失った時用に小型のGPS
それでも本当に安心できなくて、正直自分が駆けつけたかったが、相手に自分達が全く気付いていないと思わせるのが一番義勇が安全になる方法で、それを信じさせるのに錆兎が義勇を自分の手の届かない所に行かせているというのが一番確実な方法だと言われれば、もうその通りなので仕方がない。
ユキ達を信頼していないわけでは決してないし、むしろ自分よりは義勇のことを守れるのであろうとは思うのだが、だからと言って不安が晴れるわけでもなく、錆兎は不死川と共に行く義勇を送り出してから、生徒会室での待ち時間、黙々と墨を磨った。
ユキ達の現状報告をメッセで受け取りながら、それを眺めていた宇髄が不思議に思って
「ウサ…何してんだよ?」
と聞いてくるのに、程よく磨れた墨に頷いて今度は半紙を広げつつ、錆兎は
──遺書…書いておこうと思ってな
とすらすらと筆を滑らせた。
「え?ええ?おま、何言ってんの?」
ここはさすがに笑うところなのかどうなのか判断がつかず、顔を引きつらせる宇髄。
それに錆兎は筆を滑らせながらも淡々と
「世の中、絶対はないからな。
もし今回のことで義勇に何かあったら、義勇を危険と知っていて送り出した俺の責任だから、俺は死んで詫びるつもりだ。
その際に、娘の死に関わった男の金など嫌だろうが、両親が亡くなった時の保険金やら資産やらが少なからずあるから、それを冨岡家に遺贈しようと思う。
義勇が遺体で戻ってきたら俺はそういう手続きをきちんとできる冷静さは残ってないと思うから、今のうちに文面は用意して、署名まではして、印鑑は貸金庫だからそれだけは後日押印だな」
と、至極真面目な顔で言うので、さすがの宇髄も青ざめた。
「おまっ…なんでそこまで思いつめるかな?
馬鹿?馬鹿なのかっ?!」
「宇髄……」
と、大騒ぎの宇髄に錆兎は静かに顔をあげる。
「おう?」
「俺の死後は実弥の勉強、きちんと見てやってくれ。
放置するとまた成績下がるし、上に行けなくなると困るから。
わからないところはしのぶに聞けばたいていわかると思うし」
と、その言葉に宇髄は頭を抱えて大きく息を吐き出した。
「うさ~~~。お前さ、不死川の心配してる場合じゃなくね?
つか、なんでそこで不死川?
連れて行ったのは奴だよな?」
「ん~。あいつも巻き込まれだろう?
このことがなければ弟妹の面倒をみながら勉強をして上の大学を目指していた優しく立派な男だった。
さらにあいつの人生と言うのはあいつだけの物じゃない。
下の弟妹の今後にもかかわってくる。
そんな人間の人生を潰すのは嫌だ」
「ウサ~~、ほんっとお前なぁ……」
もう、何と言っていいかわからない。
こういうところは幼稚舎時代から本当に変わらないと思う。
人が好すぎて普通なら利用されて終わりそうなところだが、それがもう一周回って放っておけないという優秀な人材が集まってしまうのだ。
おそらく…ヘキサゴンの頭で錆兎にそっくりだと言われる三葉商事の社長もそういう類の人間なのだろう。
「俺は本当に義勇さえ居れば他は特に何も要らないし、義勇が居なければ他にどれだけのものがあっても仕方ないからな」
と、続く錆兎の言葉をユキあたりが聞いたなら、呆れた顔で
──ウサちゃんてさ、…うちの社長様のクローン?(笑)
…くらいは言ってくれるところだろうが、あいにくここに居るのは宇髄だけだ。
「はいはい。
んなもん書いてる暇あったら、お呼び出しがあったら即駆けつけられるように用意しておいたほうが建設的だぜ?」
と、宇髄は自宅に電話をかけて、こっそり目立たぬように学校の裏に車を呼び寄せておいた。
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