「教祖様、不死川実弥に冨岡義勇を拉致させるのは良いとして、その後どうなさるんです？」
お茶と称して閉鎖空間で不死川を半ば洗脳のように説得したあと、不死川を家まで送ってそのまま美弥と童磨は教団へ。
と、こちらでそのように義勇を説得してやるからとりあえず連れてくるように…と、童磨は不死川に言い含めていた。
美弥はそれを黙って聞いていたが、義勇を本当に説得できるんだろうか…と不安に思う。
だって、転入してまだそうは経ってはいないが、それでも美弥が見た限り、冨岡義勇は誰のいう事もあまり聞いていないような女だ。
童磨の口から出てくる言葉の説得力については微塵も疑う気はないのだが、それも言葉を耳に入れればという前提な気がするし、もともと全く聞いていない人間にも有効なのだろうか…。
それを伝えてみると、童磨は、
「大丈夫」
とにこにこと笑う。
「うちの教団にはね、俺の言葉をとてもよく聞きたくなる薬があるんだよ。
たまにね、はなから拒否してきいてくれないような相手には、まずその薬を使って話を聞く体制を取ってもらってるんだ」
信者になった子どもの意志をはなから認めないで無理矢理自宅へ連れ帰ろうとする親とかに話を聞いてもらうために使ったりしているんだよ、と、そう続ける童磨に、美弥はなるほど、と納得した。
教祖様の話は耳を傾ければもっともなものばかりで、きちんと理解すれば正しいとわかるものだが、初めから耳を塞いで聞こうとしない者は確かに多い。
そんな信者の親が息子や娘を返せと怒鳴りこんでくるのを見かけたことがあるが、教祖様の部屋に連れて行かれて出てくる時には嘘のように大人しくなっていた。
そうか、聞いていないどころかあれだけ反発していた人間でも大人しく言う事を聞くようになるのなら、説得も出来るのだろう。
美弥は両親が信者だったので信者でない人間にとっての教団というものはよくわからなかったが、とにかく教祖様がすごいことだけは改めて理解した。
となると、教祖様が拾った可哀そうな少女の尊厳と希望を取り戻すために、本来彼女と結ばれるはずだった男を奪った女を彼から引き離すという、美弥の教団の信者としての初めての奉仕活動はこれで無事終わるはず。
そのことに美弥は心から安堵した。
まあ、それには教祖様の話を聞く機会を持てるよう、彼女を教団本部まで連れてこなければならないので、それまでは気は抜けないわけなのだが…。
そう、自分もだがそれ以上に、計画のために利用している不死川実弥という男子高校生は頼りない。
だがそれをなんとかするのが美弥の仕事なので、頑張ろうと思う。
連れ出させるための策も与えておいた。
あとは遠目に様子をみながらも、怪しまれないために距離を取っておくだけだ。
翌日…不死川には、自分が傍にいるとなんだか要らぬ警戒をさせるから…と、スマホでだけ連絡を取りながら、一日離れて過ごした。
ついでに不死川には、自分と軽い喧嘩をしてしまったので、仲直りの意味も込めて贈り物をしたいので、選んでもらえないかと義勇に依頼させると言う作戦を授ける。
「…あ～…冨岡ァ、ちょっといいかァ？」
学校の昼休み、弁当を持って錆兎の席のそばに移動しようとする義勇に不死川は声をかけた。
以前なら一斉にガードの手が伸びてきたところだが、関係改善が出来てだいぶ経つこともあり、少しばかりの好奇の視線が向けられるくらいである。
義勇自身も特に警戒する様子もなく、
「ん～、すぐ終わる話？」
と、気になるのは食事時間が減るかどうかだけのようで、手にした弁当と不死川を交互に見比べた。
「ああ、ただ、今日の放課後にちと付き合ってもらえねえかと思って…」
と、不死川が言うと、
「なんに？」
と、想像通りの答えが返ってくる。
さあ、ここが正念場だ。
勘違いが多くて実質事実と違う発言をしてしまうことが多い不死川だが、自らそれと分かっていて嘘をつくことは滅多にない。
それを義勇に…自分が惚れている相手にむけてつくのは非常に心が痛む。
が、それも彼女の安全のため、幸せのためと思えばこそ、覚悟を決めた。
「…買い物。
…実はな、美弥とちっとばかり揉めちまってな…。
たぶん俺が…俺の言い方が悪かったんだと思うんだ。
で、まあ…なんつ～か…おおげさすぎねえ物を詫びに贈りてえんだが、今時の女子高生が好きそうなもんなんてわかんねえし、一緒に選んでもらえねえかと…」
「錆兎も一緒でいい？」
「いや、2人で」
「なんで？」
「…女のために物買いてえってあまり他に知られると恥ずかしいから」
「なんで？」
「恥ずかしいんだよ、俺はっ！」
と、そんなやり取りをしていると、後ろで噴き出す声がする。
驚いて振り向くと、すぐ後ろで宇髄が腹を抱えて笑っていた。
そして言う。
「あ～今日は錆兎は俺とちっとばかり用があるから伊藤と一緒に拝島に家まで送ってもらおうと思ってたんだけど、ちょうどいい。
不死川、錆兎ん家知ってるしな。
終わったら送っておいてくれ」
びっくりした。
本当にびっくりした。
宇髄の笑い声が聞こえた瞬間、てっきり失敗したかと思ったのだが、運が良かったらしい。
宇髄の方からそれと知らずに不死川の計画を後押ししてくれる結果となった。
錆兎には自分から言っておくから、と、軽く手を挙げて錆兎の方へと足を向ける宇髄。
宇髄にまで嘘をつく範囲が広がったのは正直申し訳ない気持ちになった。
が、美弥も言っていたが最終的に義勇のための行動なのだから嘘も方便だろう。
「じゃあ、引き留めて悪かったなァ。
また放課後。
飯食ってきてくれ」
と、約束が出来たことでそれ以上あれこれ突っ込みが入らないうちに引き下がっておく。
これで全てうまくいくはずだ。
…と緊張を解いて胸をなでおろす不死川を、廊下の片隅でそっと見張っていた美弥もまた、安堵の息を吐き出して自分の教室へと戻って行った。
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