──さ～ねみくんっ！帰ろっ？
距離を置きたい…そんな不死川の内心を察することは当然なく、帰りに先にホームルームが終わった隣のクラスから美弥が迎えに来た。
強面で俺様に見えて、実は不死川は大家族の長子で常に弟妹を優先、自分のことは後回しな男なのだ。
そんな彼が学校にまだ慣れていない、自分しか頼れる相手のいない人見知りの転入生である美弥を突き放せるわけがない。
とにかく義勇の話題を出さないでくれると良いなぁと思いつつも、彼女に腕を引っ張られて靴箱に向かった。
そうしてそのまま校門を出て駅までの道々、2人の横にす～っと高級そうな車が止まる。
「あ、童磨さんっ！」
今までの状況が状況なので一瞬警戒して美弥を後ろにかばおうとする実弥の手から飛び出して、美弥が嬉しそうな顔で駆け寄っていく。
なんだ、知り合いなのか…と、その様子に実弥は緊張を解いた。
「やあ、学校の帰りかい？」
にこやかにそう声をかけてくる男はおそらく30前後くらいに思われる。
白髪に不思議な虹色の目と、外見はずいぶんと変わっているが、にこにこと柔和な笑みを浮かべていて、
「俺は美弥ちゃんのお父さんの親しい知り合いでね、家族ぐるみの付き合いをしてきたから、美弥ちゃんも赤ん坊の頃からしってるんだよ。
君はもしかして不死川実弥君かい？
美弥ちゃんからお話は聞いてるよ。
良かったら二人ともお茶でもどうだい？」
と、そういう童磨の誘いに不死川はさすがに断ろうと思うが、彼がそれを口にする前に
「うん！実弥君もいいよね？！
私、学校の友達と寄り道とかしたことないから、すっごく嬉しいっ！」
と先回りをされて、否とは言えなくなってしまった。
本当に本当に押しに弱い長子である。
こうして半ば強引に童磨の車に乗せられて連れて行かれたのはなんだか高級そうな喫茶室だった。
しかもさらに高級そうな個室に案内されて、内心ビビる。
「俺の店だから、遠慮しないで好きな物をどうぞ？
ご馳走するから」
と言われて、普通なら遠慮して払うというところなのだが、こんな高級そうな店で値段の書いていないメニューを見せられると、いくらするのかもわからずに安易に払うなどとは言えない。
美弥は当たり前にお茶だけではなくケーキまで頼んでいるが、不死川は無難にコーヒーだけお願いした。
そこからは恐ろしいことにどこまで話しているのか全てを知っているようなこの男性も加わって、美弥と二人がかりで身の危険がある交際が望ましくないものかを話される。
実際にあらぬ恨みを買って殺されたりした若い女性の話などを切々とされて、今の義勇の身がいかに危険かを説明されると、なんだか恐ろしくなってきてしまった。
錆兎や宇髄に注意を促して、なんなら義勇のために錆兎に身を引いてもらった方がいいんじゃないだろうか…と、最終的にそんな気にまでなってきたのだが、そこで童磨がため息をつきつつ、柔らかな口調で言う。
「…うん…人間という者は業が深いものでね…。
特に若い人はなかなか自分の気持ちを抑えて相手のために…というのは難しいんだよね。
そのあたり、彼女の幸せを思って身を引いた君はすごい。
本当にすごいと思うよ。
君の言う通り、君の想い人の子の恋人の男の子もね、確かにとてもいい子なんだと思うけど、実際に彼女が殺されかけたりとかしていない状況でね、ましてやその子自身が強くて彼女を守り切れると思っている現状、可能性だけのために身を引いてくれと言っても納得してくれはしないと思うんだ。
ましてや君はいったんは彼女を争った相手だからね。
自分のためなんじゃないかと思われかねない。
それでもいい子なんだろうから、彼女の方が君と付き合いたいから別れてくれと言ったなら…それが彼女の意志であるなら涙を飲んで身を引いてくれると思う。
だから彼に話をするのは彼女の心を掴んでからの方がいい」
「でも…ダチを騙すようなこたぁできねえ」
その提案は確かにそうな気がしたが、錆兎は自分を信じて受け入れてくれ、自分の弟妹にまで気を使ってくれ、そして、自分に勉強を教えて推薦で大学に行けるまでにしてくれた恩人であり、友人だ。
その信頼を裏切るなんてことはできはしない。
そう主張するが、童磨は、わかるよと頷いた後、でもね…と続けた。
「結局さ、彼はそういう心根の優しい子なんだから、彼女が自分と離れることで結果的に危険な目に遭うことなく幸せになれたとしたら、最終的には君に感謝してくれると思うよ？
彼女の安全より自分の欲望…みたいな子ではないんだろう？
全ては彼女のため。
彼女を安全な場所で幸せにするためだよ？」
義勇の幸せのため……
それは不死川にとって悪魔の言葉だった。
「俺はさ、色々な人間を見てきたからね…。
失恋の傷はいずれは癒えて次へ進めるかもしれないけど、自分のせいで恋人を死なせてしまった罪悪感は一生深く残るからね…。
彼女自身の幸せもだけど…大切な友人にそんな思いをさせたくないだろう？」
大勢を意のままに操る新興宗教の教祖の前に、人一倍正直で実直な高校生が太刀打ちできるはずはない。
そうか…義勇だけじゃなく、錆兎のためでもあるんだな…。
俺さえ悪者になりゃあ、2人とも助かるのか…
すでに想い人を手に入れられるなどという楽しい気持ちはかけらもなく、それでも不死川は悲壮な決意を固めたのであった。
0 件のコメント :
コメントを投稿