義勇さんが頭を打ちました_17

ゆっくり湯を沸かしてゆっくり茶を淹れる。
それでも錆兎が戻ってくるまでおそらくあと1時間ほどある時間を潰せるわけはない。
なので義勇も諦めて、茶の入った客用の湯呑みと買い置きの羊羹を盆に乗せ、不死川の待つ居間へと戻って行った。

そうして茶の入った湯呑みを自分と不死川の前に置き、
「錆兎は出かけている。
あと1時間ほどで戻ると思う」
と、告げると、ずず~っと茶をすする。

あまり話したくはない。
いや、別に不死川が悪いと言うわけではなく、ある程度交流のある相手だけに、何かで怪しまれて記憶が戻っていることがバレるのが怖い。

案の定、
「お前…俺のことも覚えてねえのかァ?」
と言われて困ってしまった。

あまり言葉を連ねるとバレそうなので、
「…ごめん…」
と謝罪だけして、視線を合わせないように下に落とす。

だが、次の瞬間、不死川からいきなり想定外の言葉を投げつけられた。


「…あんなに互いに大事に思ってたのに…かァ?」
「…え…?」

正直まったく意味がわからなかった。
互いに?…大事に?

記憶が戻っていることがバレないようにとかもうそんな気遣いも吹っ飛んで、思わずまじまじと不死川を凝視すると、続いて
──記憶が戻らなくても構わねえからよォ…俺ん家に来い
と言う言葉と共に腕を掴まれてハッとした。


意味が分からない、分からないが、不死川の家に行くという事はすなわち錆兎と離れるということだ。
それは絶対に何があっても出来ない。
そう思って掴まれた腕を振りほどくと、連れて行かれないように逃げ出した。

錆兎…錆兎…錆兎……

大好きな錆兎と離れるなんてありえない。
とりあえず…不死川も柱なので力勝負になったら当たり前だが敵わないから、とにかく逃げるしかない。
そう思って見つからないように普段通らない道をがむしゃらに走った。

そうして自分でもわけのわからない路地裏をひたすらに逃げ、どうやら不死川が追ってきている気配がないことを確認すると、義勇はようやくしゃがみ込んで一息つく。

そして考えた。
あれはどういう意味だったのだろう…
意味を考える余裕もなく逃げ出したので、結局なぜ不死川が自分の家に来いなんて言い出したのかわからない。

前後の会話の流れはどうだった?
確か…互いに大切に思っていたのに忘れてしまったのか…みたいなことを言われた気がする。

う~ん…よくわからない。
少なくとも不死川の言う大切と言うのは義勇が錆兎に対して思っているような唯一無二の絶対的なものでないことは確かだ。

しかしまあ…同い年で同じ頃に隊士になったのもあって、新人時代はよく一緒の任務になったりしていたので、友人ではある。

ああ、そうか。
友人だ。

鬼殺隊は鬼狩りの集団なので同期でも生き残っている人間は少ない。
だから新人時代からの付き合いで互いに生き残っているというのは貴重な存在だ。

つまりそういうことなのだろう。
だとすると、あの不死川の言葉はきっと、生き残っている数少ない友人なのだから、記憶がないとか遠慮していないで自分の家にも気軽に遊びに来いと言うことだったのか。

そうなんだとしたら、いきなり無言で手を振り切って逃げて悪いことをした。
おそらくまた怒らせてしまっているだろう。
でもわかりにくい言い方をする不死川も少しは悪いと思う。

義勇はそんなことを考えながら立ち上がると、パンパンと服の裾の汚れを手で払い、そして辺りを見回して青ざめた。

普段ほとんど館と商店街の往復以外は錆兎と一緒だったため、道が全くわからない。
そして道を聞こうにも人通りがない。

ここはどこだ?

来た道を元にたどろうと思っても、とにかく追ってくるであろう不死川を振り切ろうと、普段通らない路地裏をひたすらグルグルしたので、まったく覚えていない。

まずい…錆兎が帰ってくるのに間に合わない。
せっかく団子を土産に買って帰ってきてくれると言っていたのに…

と、そんなことを思っていたのだが、甘かった。
錆兎が帰る時間に間に合わないとか、団子がとか、そんなことを考えている場合じゃない。

迷ってグルグルしている間に空が赤くなってきた。
つまり…夕方になっても迷子のまま。
このままでは鬼が出る夜までに自宅にたどり着かないかもしれない。

義勇は確かに鬼狩りではあるのだが、1人で強い鬼と戦ったことなどない。
もし強めの鬼がでてきたら…

焦った義勇は、とりあえず人通りの多い道へと急いで駆け出して行った。



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