その日は珍しく錆兎が私的な外出をすると言うことだった。
仲の良い先輩柱宇髄が休みで、柱にもなると両方の休みが重なることもほぼないため、飯でもどうだと誘われたらしい。
そして悲鳴嶼さんは年もだいぶ上で落ち着いた人なので、尊敬は出来ても気軽にと言うわけにはいかず、新米柱の頃から何かと面倒をみてもらっていた宇髄のことは、兄のように思っているらしい。
だからたまには二人で飯をと言われれば、このところ任務以外では義勇につきっきりだったこともあって、心が動いたのだろう。
それでも義勇の体調を何度も気にして、問題ないことを確認してようやく重い腰をあげ、本当に近場の飯屋で少しだけということで、出かけていった。
一応、宇髄とと言っていて実は真菰とだったりしないかと一瞬疑っては見たものの、出かける錆兎は特にめかしこむでもなく、いつもの着流しにひょいっと羽織をひっかけて、まるで近所に買い物に行くような恰好だったので、おそらく女性に会うわけではないだろうと思う。
こうして錆兎を見送ると、義勇の体調が悪いと思い込んでいる錆兎が作り置いてくれた昼飯を1人で食べて器を洗うと、錆兎が朝から洗って干しておいてくれた洗濯物を取り込んで畳んだ。
同い年だと言うのに162cmほどで上背が止まってしまった義勇と違い、188cmもある錆兎の洗濯物はずいぶんと大きく感じる。
義勇も日本人の男としては平均の160cmはわずかに超えているので特別低い方ではないと思うのだが、錆兎がとにかくデカい。
欧米人並みの大きさだ。
だからこうして自分のものと一緒に洗濯ものを畳んでいると、本当に子どもと大人、あるいは女と男くらいの差があるなと思う。
これが逆だったら錆兎は嫌がったのかもしれないが、義勇はそれがむしろ嬉しい。
大きな錆兎に包まれているとなんだか安心する。
錆兎とはまだ子どもの頃から一緒に居たので距離が互いに近くて、今でも抱きしめ合ったり、手を繋いだり、当たり前にするのだが、出会ったあの頃とは少なくとも義勇の心情的には違った。
あの頃はただただ心が温かくなって嬉しいだけだったのだが、今は体が熱くなってドキドキする。
そういう感覚が何なのかを義勇は知っていた。
それは叶うことが絶対にないので、考えないようにしていたのだけれど…
…さびと……
洗いたての錆兎のシャツに顔を埋めてスン…と匂いを嗅ぐ。
それはもう洗剤とお日様の匂いしかしなくなっていたので、本当なら洗う前のものにそうしたかったが、それをしないのは最後の理性だ。
これ以上その気持ちを自覚してしまえば、錆兎と顔を合わせられない。
傍に居て錆兎の身の回りの世話をして、その笑顔と視線を一番に受けられるだけで幸せだ…と、そんなささやかな幸せだけを望んできたのだが、それがある日突然消えてしまうことがあるなんて思っても見なかった。
いつまで真菰を避けていられるんだろうか…と、義勇は肩を落としながら洗濯物を畳む作業に戻っていく。
外は良い天気なのに、義勇の心の中はどんよりと曇っていた。
ああ…錆兎に会いたい…と、ほんの1時間ほど前に別れたばかりだと言うのにそんなことを思う。
錆兎と離れるのが嫌すぎて、いっそのこと生まれ変わったら錆兎の羽織になりたいとまで思う自分はもう病気だと我ながら思った。
そうしてせっせと洗濯物を畳み終わると、ガララっと玄関の戸が開く音が耳に入ってくる。
錆兎っ?!
2時間ほどと言っていたが、早めに戻ってきたのだろうか。
義勇は畳んだ洗濯物を端によけておいて、大急ぎで玄関に向かって駆け出した。
…が……
明るい日差しを背に玄関先に立っていたのは錆兎ではなく不死川だったので、義勇はがっかりと肩を落とす。
「あのなァ、俺は錆兎と同じ柱で、風柱の不死川実弥だ。
ちょっと上がらせてもらっていいかァ?」
そんな義勇の様子を気にすることもなく、不死川がそう口にした言葉で、義勇はハッとした。
そうだった。
今自分は記憶を失っていることになっているのだから、不死川の事も覚えていない風を装わなければならない。
もともと他人を騙すことの苦手な義勇にとって、それは大変なことだった。
「お茶…淹れてくる」
と、とりあえず不死川に上がり込まれてしまったことだし、少し距離を置こうと、義勇はそう言っていったん台所へと駆け込むことにする。
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