「あがるぞォ~」
と一声かけて、不死川は水柱邸に上がり込んだ。
露骨にがっかりされて、不死川の方ががっかりだが、とりあえず怯えられていないことにホッとした。
というか…記憶を失っているらしい義勇にとっては限りなく初対面に近いはずで、さらに不死川は見た目が怖いと怯えられることが多いので、そこで怯えないという事は随分とポイントが高い。
もしかして…もともと自分みたいな感じの人間が嫌いじゃないんじゃないだろうか…と、そんなことを思うと、なんだか希望が湧いてきた。
「あのなァ、俺は錆兎と同じ柱で、風柱の不死川実弥だ。
ちょっと上がらせてもらっていいかァ?」
と言うと、義勇はこっくりと頷いて、
「…お茶…淹れてくる…」
と、テチテチと謎の足音を立てながら台所へと消えていく。
そんな様子を見ていると記憶が飛んでいるようになんて見えない。
いつもの義勇そのままだ。
不死川は居間のちゃぶ台の前にどっかりと腰を下ろして、どこかぎこちないからくり人形のような動作で茶を運んでくる義勇を見上げる。
こんな風に見た目は本当に危なっかしいのだが、実は義勇は家事はそれほど不得意ではないことを不死川は知っていた。
もっとも彼が知るのは記憶を失う前の義勇なので、この義勇はどうだろうかと若干心配になって、見た目通りの不器用さで転んだり盆を落としてこぼしでもしたらすぐ助けられるようにと心の準備だけはしていたものの、そのあたりは記憶がなくとも体が覚えているようで、普通にきちんとお茶を淹れている。
そして茶の入った湯呑みを自分と不死川の前に置き、
「錆兎は出かけている。
あと1時間ほどで戻ると思う」
と、綺麗な青い目を不死川に向けて、どこかいとけないような様子でそう言った。
あと1時間のうちに…
それを聞いてそう思った自分に、不死川は唖然とした。
あと1時間のうちに?どうするって?
と、自問自答する。
不死川が先に知り合ったのは義勇の方だが、錆兎とは柱仲間で同僚で…友人と言っても差し支えない仲だ。
その留守中に大切にしている幼馴染兼継子に対してどうするというのだ。
ありえない。
そう思うものの、口から溢れ出る言葉が止まらない。
「お前…俺のことも覚えてねえのかァ?」
と、不死川が尋ねると、目の前の義勇は眉尻をへにょんと下げて、困った顔をして
「…ごめん…」
と、視線を落とした。
「…あんなに互いに大事に思ってたのに…かァ?」
「…え…?」
一度は伏せた義勇の目が驚いたようにまん丸くなって、不死川に向けられる。
同い年なのにどこかあどけなくて愛らしい。
すまねえ…と思ったのは誰に対してだったのか……
次の瞬間、不死川は言ってはならないことを口にしていた。
──記憶が戻らなくても構わねえからよォ…俺ん家に来い
少なくとも嘘はついていない。
自分は義勇を大切に思っていたし、義勇もよく面倒をみてくれる優しい友人として不死川のことは大切に思っていてくれたはずだ。
その大切というのが、特別のとか唯一のとかではないだけで…
心の中でそんな言い訳をしながら掴んだ自分や錆兎よりも随分と細い、まだ少年っぽさの残る義勇の腕。
しかし、それはすぐに振り払われた。
驚いた目…。
困惑した表情。
そこで即思ったのは、──ああ…どういう状況でも義勇の”特別”の座は手に入らないのだ…ということで、そしてそれを悟った瞬間に、不死川は自らの言動をひどく後悔した。
とても大切なものを壊してしまった気がする…
それは錆兎との友情なのか、それとも無理だと思ってもわずかばかり残っていた希望なのか…自分でもよくわからないが、不死川は確かに後悔したのだ。
すいっと立ち上がってクルリと反転すると駆け出していく義勇。
それを追うことも何故か出来ずに、不死川は呆然と見送った。
それからどのくらい経ったのか…
玄関に人の気配がしたので義勇が戻って来たのかと思ってようやく重い腰をあげた不死川の前に居たのは、宇髄と連れ立って帰ってきた錆兎だった。
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