義勇さんが頭を打ちました_14

正直少しイライラしていた。
錆兎と居るのは嫌ではないが、義勇と錆兎が揃っているところに居合わせるのは好きではない。

おそらく義勇がソファで眠りこけていなければ、錆兎は義勇を連れてさっさと帰っていて、2人と鉢合わせをすることはなかったのだろう。
そう思えば、のんきに眠りこけている義勇が恨めしい。

なので、柱である錆兎を待たせるなんて継子として失礼だろうと言いながら

──冨岡、起きろォ、起きやがれ!
と、その小さな鼻を軽く摘まんで起こしたのだが、そこで目を覚ました義勇に思いきり怯えた顔で見られて、あまつさえ不死川から身を隠すように錆兎の後ろに回り込まれた。

ショックだった。
地味にショックだった。

こんな風に怯えられたのなんて初めて一緒の任務についてから2,3回目くらいまでで、最近は全くなかったことである。

そこで錆兎に義勇は寝ぼけてるだけだとフォローをいれられたことにも地味に傷ついた。
いや、錆兎は何も悪くはないのだけれども……


それからはたまに見かけることがあっても、またあんな風に怯えた態度を取られたらと思うと、怖くて声もかけられない。

とても嬉しそうに錆兎と連れ立って歩く義勇の後姿から目を背けるように、日々任務に勤しんだ。

寂しい…悲しい…
そんな気持ちが振り切ろうにも振り切れないくらいに心の中にまとわりつく。

自分にだって昔はいたのだ。
自分を慕って頼って、笑顔でまとわりついてきた弟妹達が…。

生き伸びたのがまだ妹だったなら手元に引き取っても良かったのだが、生き残ったのは二人で協力して家や家族を守ってきたすぐ下の弟だった。
なまじ一緒に頑張って来た弟だけに、自分のそばにいれば絶対に一緒に鬼狩りをすると言い張るだろうから、近づけられない。
唯一残った弟だけは鬼に殺されるようなことはさせたくない。


はあ…と不死川は大きく息を吐き出して肩を落とした。
守るべき者達を守れずに、唯一生きて普通に暮らしている自分の身が疎ましく感じる。
おそらく自分は生き続ける理由が欲しいのだ。

その理由を得ることができている錆兎が羨ましい。
彼も家族を全員鬼に殺されたと言っていたが、それでもその生には守ってやらねばあっという間に殺されて終わるであろう義勇を守り養ってやるという意味があるのだ。

正直…錆兎は義勇でなくてもいいじゃないかと思う。
だって奴は人気者だ。
鬼殺隊の中だけではない。
彼を知るこの界隈の女たちに最も旦那にしたい男として騒がれているのだ。
好いてくれるそういうより取り見取りの女たちの中から嫁でも見つけて所帯でも持てばいいじゃないか…。

身勝手なのはわかっている。
でも自分はどうしても義勇でないとダメなのだ。

任務明け…報告を鎹鴉で済ませる隊士も多い中、意外に生真面目な不死川はきっちりと本部に足を運んで自ら結果を報告後、好物のおはぎでも買って帰ろうかと街中を歩いていたら、なんだか急ぎ足で1人どこかへ向かう錆兎が目に入る。

和菓子屋が水柱屋敷のそばにあるので、水柱である錆兎がそのあたりにいるのは不思議ではない。
だが、1人で居るのは珍しい。

ついつい視線で追いながら、ある程度の距離を置いてあとをつけると、彼は少し高級な飯屋の前で宇髄と待ち合わせしていたようで、2人して中に入って行った。

そこで不死川はハッとした。
錆兎が一人で宇髄と会っていて、しかも飯屋でとなれば飯を食うのだろうからそれなりに時間がかかるだろう。

その間なら義勇は1人でいるんじゃないだろうか…


会ってどうしたいとかではなく、義勇に会いたいが錆兎と居る義勇には会いたくないという複雑な思いを抱える不死川としては、これは絶好の機会だった。

躊躇なく踵を返して一路水柱邸に急ぐ不死川。
普段なら土産に団子の一つでも買っていくところだが、そんな考えも及ばないほど、不死川は冷静とは言えない状況であった。


水柱邸は街の中心部から少し離れた街はずれにある。
基本的に強い剣士である柱の館なので、柱屋敷に警備などは居ないが、非常時の連絡係にとどの屋敷の隣にも小さな家があって、そこには隠が常時住んでいた。

独り身で日常の家事などが煩わしい場合は、そこに住んでいる隠が家事をしに通うが、水柱の場合は自身も家事が苦ではないし、その継子である義勇も家事が好きなので、水柱邸付きの隠は彼らが任務で長く家を空ける時の管理や、せいぜい庭木の手入れをするくらいである。

その日は水柱邸の庭先を隠が掃いていた。
そして邸宅に近づく人影に一瞬その手を止めて緊張した面持ちをしたが、それが風柱の不死川実弥だと知ると、

「風柱様、珍しいですね」
と、目を丸くした後、
「水柱様ならお留守ですよ?
なんでも音柱様と少しお話があるとのことで、近くの茜亭という飯屋にいらっしゃいましたが…」
と、教えてくれる。

「あ~、さっき見かけたから知ってる。
でもちょっと寄らせてもらうわァ」
と、そう言えば、相手が同じ柱でさらに家主の水柱ともそれなりに親しい風柱ということもあって、
「それなら風柱様が館でお待ちになっていることだけ、知らせてきましょうか?」
などと気まで効かせてくれるが、

「いや、なんか話があってのことなんだろうし、それには及ばねえよ」
と、不死川は断った。

それで錆兎が早く帰ってくるようなことがあれば、それだけ義勇と二人で話せる時間が減ってしまう。

「…中でお待ちになりますか?」
「おう」
と、答えると、隠が少し困った顔をした。

「……?」

「いえ…実はですね、継子の冨岡さんが先日一緒に任務に行った日に少し頭を打ってしまったらしく、記憶が飛んでしまっているんですよ。
でも本人が医療所を嫌がるし、いずれ戻るだろうということで、水柱様は放っておけとおっしゃるので、特に何もせずにいらっしゃるんですけど、そういうわけで不死川様のことも覚えていらっしゃらないと思うんですが…」
と、そんな話をされて、不死川はさすがに驚いて固まった。

なるほど、あの日か…と、思わず口に出すと、
──ご存じだったんですか…
と言われたので、知っているから気にしないでいい…と、そのまま隠を置いて水柱邸に足を踏み入れた。



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