義勇さんが頭を打ちました_13

義勇に関しての諸々は失敗だった…と不死川実弥はずっと後悔している。

最後に義勇に会ったあの日…不死川は任務を終えて報告を済ませた時に事務方に、ちょうど義勇が一人で任務の報告に来たばかりだと聞いた。

義勇は錆兎の継子で任務はいつも錆兎と一緒。
普段なら錆兎と共に報告に来るところだ。
それが、義勇が一人で報告をしているということは、その間に錆兎になんらかの用事があったのだろう。

師範と継子なので帰る場所は同じ水柱邸だし、そうなるとどこかで待ち合わせをするに違いない。
というわけで、おそらくそこだろうと、不死川は柱の控室へと向かった。

理由はもちろん義勇に会うため。
そう、会える機会があるなら会いたかったのである。


不死川が彼に出会ったのは、互いにまだ隊士になりたての13の時だった。
当時の不死川はすぐ下の弟以外のすべての弟妹を鬼になって殺した母をやむをえず自らの手で殺し、誘われて鬼殺隊に入ったものの、かなり荒んでいた。
そんな中でしばしば妙に鈍くさい少年に会ったのである。

最初は怯えられて、それでもついつい放っておけずに面倒をみるうち、少しずつ懐いてくれた相手は、てっきり年下かと思いきや同い年。
ずいぶんと幼く頼りなく見えたので、よく最終選別を超えられたものだと思っていたが、どうやらしっかり者で腕の立つ同い年の兄弟弟子に面倒をみられながら超えたらしい。

隊士になりたての癸のつく任務なんてある程度は決まっているから、その兄弟弟子と一緒にならないのを不思議に思って聞いてみると、どうやら相手は最終選別で会場にいる鬼をほぼ倒してしまうくらいの神童で、すでに上の階級の隊士が担うような難易度の高い任務に就いているとのことだった。

兄弟弟子の名は錆兎と言って、その少年隊士義勇は何かにつけてすごく嬉しそうにその名を口に乗せる。

錆兎は強いんだ、賢いんだ、優しいんだ、とにかくカッコイイんだ!と、この場にはいないその兄弟弟子の名を聞くたび、不死川は何故だかイライラしたが、それ以外では義勇は可愛い。

いや、同い年の少年に言う言葉ではないが、義勇にはどことなく頼りなげで庇護欲をかきたてるような何かがあった。
おそらく不死川自身が大家族の長男で、いつも下の弟妹達の面倒を見続けていたせいだろう。
いわゆる、手のかかる子ほどかわいいというやつだと思う。

なるほど、才能がある奴が元水柱なんてすごい人間に教わればそれなりの剣士に出来上がるんだろう。
だが、自分だってそのうちもっとすごい剣士になるのだから…と不死川は思っていた。

が、その義勇の兄弟弟子の神童様は、それから数か月、隊士になって半年もしないうちに、なんと軽く下弦の鬼を倒して柱に昇りつめていた。

最後に義勇と同じ任務に就いた時、柱になった錆兎が自分を呼び寄せてくれたと義勇に
【錆兎が継子として面倒をみてくれることになったから、こうして一般の任務に就くのはこれが最後。これからはずっと錆兎と一緒なんだ…】
と、嬉しそうに言われて、そこで不死川は思ったのである。

ああ、ずっとイライラしていたのは、義勇を守って頼られるのは錆兎じゃなくて自分でありたかったのだろうと。


それを自覚したところで、往生際悪く、圧倒的に強い柱に守られて剣士としての腕を鈍らせるよりは、自分と一緒に普通の任務で一歩ずつ頑張って強い剣士を目指した方がよくないか?と言ってみた。

だがそれに義勇は言う。
別に自分は強い剣士になりたいわけじゃない。
先生についたのは他に行くところがなかったからで、それでも隊士になったのは錆兎と一緒に居たかったからなのだ。
これからも刀を握り続けるのはそうするのが錆兎と一緒に居られる唯一の手段だからで、本当は刀なんて握りたくはないのだと。

そう言われてしまえば、不死川にはもう何も言えない。
まだ柱どころか庚の身分では、養ってやるから刀を捨てていいなんて言えるわけがない。
もちろん普通に暮らしていく分には自分ともう一人くらいは養えなくはないが、隊士は死と隣り合わせだ。
万が一自分が死んでも相手がずっと生活に困らないだけの貯えなど残せない。

ただの鈍くさい助けてやらねばならない人間だと思って守ってやっていた相手が、実は雲の上のお姫様だった…と、そんなおとぎ話みたいな展開に、不死川はため息をつきながら錆兎の手の中に帰って行く義勇を見送った。

なにか胸の真ん中にぽかんと穴が開いたような気分…
お前馬鹿か?仕方ねえなぁ…などと言いながら、でも、おそらく楽しんでいたのは面倒をみられる義勇ではなく、見ていた自分の方だったのだろう。

それからの任務は楽しくはなかったが淡々とこなし、ようやく甲になった時に、自分を鬼殺隊に誘ってくれた親友と共に下弦の鬼を倒し、柱になった。
が、その戦いで親友を失い、柱になったとて得るものもない。

義勇の錆兎と同じ地位。
しかし追いついたわけではなく、その頃には相手は人格、実力ともに柱の中心人物と言われるようになっていた。

実際、錆兎は誰もが認める好人物だった。
わずかばかりの先輩柱はよく敬うので可愛がられ、後輩柱や一般隊士の面倒見もすごく良いので慕われている。
事務方にも感謝の念を忘れないので慕われ親しまれ、それどころか今まで助けた街の人々の評判も上々。

一説によると、武士として名門の血筋で、師範である元水柱の弟子であった祖父も上弦と一対一でやりあって命を繋ぐほどの剣士だったが、身体の故障で隊士を続けられなくなって、引退した人物だと言う。

だから産屋敷家の方でもよく知られていて覚えもめでたく、そんな人物であるのに非常に腰が低い。

柱になるべく生まれ育った名門の若様ということなのだろう。
金持ち喧嘩せずではないが、まだ不死川が柱になる前、甲時代に何回か一緒の任務に就いた時には、決して感じがいいとは言えないぶっきらぼうな不死川にも、にこやかに接してきた。
むしろ、不死川の態度にしろ言葉遣いにしろ、柱に対するそれではないと、周りの人間の方が怒っていたくらいである。

そんな周りをもまあまあと宥め、自分の兄弟弟子が世話になった恩人なのだから、と、気さくに言う。

そんな感じでもう意地を張っても仕方ないくらいの人物なので、不死川もすぐ諦めて、仲間として親しく付き合うように。

その後も付き合いは続いて、不死川が風柱の名を拝命する時には、ちょうど任務が入っていなかったこともあって、錆兎が祝いの席を設けてくれたくらいだ。

今でも機会があれば折々話をしたり一緒に飯を食ったりする仲である。

だが錆兎が一番と言う顔でその横で嬉しそうにニコニコしている義勇を見ると、どうにも面白くない気分になるのだ。

それでも義勇に会いたくないわけではなく、むしろ錆兎がいない所で会いたい。
だから今回はチャンスだと思った。
もし錆兎がまだ用事が終わってなかったとしたら、義勇は控室で1人で待っているかもしれない。

そんな風に淡い期待を抱いて控室に向かったのだが、扉を開いてまず目に入ってきたのは実に目立つ宍色の髪で、ああ、遅かったか…と肩を落とす。
そしてそれに次いで目についたのは、控室のソファで暢気に眠っている義勇の姿だった。


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