「さて…今は普通の状況じゃないからね、きちんと話をした方がいいね。
とりあえず1Bは自習にしておいたから安心していいよ」
連れて行かれた会議室では、何故か理事長が待っていた。
何度かやりとりをしていた錆兎以外は担任、校長を通り越していきなり出てくる理事長に、一様に青ざめる。
当事者じゃないほうがわかりやすいと思うから」
と、緊張した面持ちの生徒達を前に、にこにこと笑顔でそう言う理事長に、しのぶは硬い表情のまま、それでも、わかりましたと頷いて、説明を始めた。
「一応聞いていらっしゃるということでしたが、軽くこれまでのことを補足しながら説明させて頂きます。
11月の終盤に早川さんがこの学園に転入していらっしゃいました。
彼女と不死川さんの弟さんが同じ保育園ということで、彼女は学園に来る前にすでに不死川さんと面識があり、友好な関係を築いていらっしゃったようです。
それで、早川さんが不死川さんの友人達とも仲良くなりたいと希望されて、不死川さんが自分の交友関係の中で最近特に一緒に居ることが多かった現生徒会役員の方々を紹介しようとされました。
ですが、理事長もご存じのように、彼らは現在あまり交友関係を増やすのは好ましくないという事情があるので、それを私が説明したうえで彼らを除いたクラスメートなら、好きな方をご紹介すると申し出た…と、ここまでが初日の出来事です。
その後、私も役員の冨岡さん、伊藤さん、甘露寺さんを除いたクラスの全女子に声をかけ、早川さんに気遣ってもらえるよう依頼して、実際に大部分の女子は声をかけていたように思います。
ですがあまり反応をして頂けなかったということです。
それでも諦めずに折々声をかけていらした方もいらっしゃいました。
ということで、クラスの方ではかなり気遣っていたつもりだったのですが、役員の方々以外にはあまり興味がなかったようでしたので、ここ数日は一番例の件で当事者ではないだろうと思われる宇髄さんが、行動を共にするように努力はしていらしたんですが、それでも不本意でいらしたようです。
本日、不死川さんが宇随さんに、転入生に対して役員の方々があまり親しくしてくれないのは仲間外れやいじめに当たるのでは?とおっしゃったのが騒動の始まりです。
それに対して宇髄さんは役員の方々は別に嫌がらせをしているわけでも悪口言いふらしたりしているわけでもなく、他のクラスメートに関しては誰でも私に紹介させるという手配をしていて、それでも役員の方々以外は嫌で構ってくれなければ苛めだと言うのは単なる我儘ではないかと返答されました。
それを聞いた早川さんが、自分はそんなつもりじゃなく不死川さんの友人と仲良くなりたかっただけだと泣き出されまして…。
そこでその話を聞いていた女子の1人が、宇髄さんのいう事が正しいし、そもそも早川さんが仲良くなりたいと言っている鱗滝さんや冨岡さんは不死川さんの元々の友人ではなく、宇髄さんを通して友人になったのだから、不死川さんの友人と仲良くということなら、宇髄さんと仲良くできればいいはずだという事と、自分達クラスの女子は皆、早川さんに話しかけても無視されたりしている、これでは単に有名人の役員さん達と仲良くなりたいだけではないか、もし異論があると言うなら先生を挟んで聞いてもらおうと、先生を呼びに行かれました。
その後、他の女子が、クラスの人気者で自分達だって一緒にいたい宇髄さんが早川さんに構いきりでも自分達も事情を鑑みて我慢していたのに…ということを言い始めて、色々騒ぎが大きくなっていた所に、先生が話し合いをするためにと関係者を呼びに来られたというのが、ここまでの状況です」
淡々と説明をするしのぶ。
それにまた早川が
「まるで私が我儘を言って困らせているだけみたいな言い方を…」
と泣き出す。
それに少し動揺するのは不死川と錆兎。
しかし胡蝶は淡々と
「違います?」
と言い放つ。
「胡蝶さんは…元々クラス側の人だから…言い方が……」
と、ひっくひっくしゃくりをあげる早川に、しのぶは
「確かに。
クラス委員として転入生が馴染めるように女子達を紹介してやってくれと言われて紹介したら全てガン無視されて好意を無下にされた身としては指摘したいことは多々ありますが、それを言うとまた意地悪だ苛めだと言われそうなので一点だけ。
早川さんが構って欲しいのに役員さん達が構わないのを虐めというなら、転入生である早川さんと仲良くしようと接してきた1B女子全員をガン無視した早川さんの態度も十分苛めですよね。
おっしゃってることがダブルスタンダードだと思います」
うあっ…と、青ざめる錆兎。
しのぶ…怖っ…と極々小声でつぶやく宇髄。
無言で青ざめて俯く不死川。
そんな男性陣を尻目に、
「私の言う事に主観が入っていると思われるのも嫌なので、これに…不死川さんが話を始めた時から先生が呼びに来られるまでを録音してありますので、聞かれますか?」
と、綺麗な蝶の模様のケースに入った自らのスマホをスッと机に置いた。
そこで涙も止まって真っ青になる早川。
「…そんなもの…わざわざ用意するなんて…わざと……」
と言う言葉を胡蝶がピシッと遮った。
「このところクラスに問題が多すぎたので、クラス委員として何か起こりそうな時は会話を録音する習慣がついただけです。
そもそも今回の会話はこちらが誘導したわけではなく、始めたのは不死川さんですしね」
唇を噛んで震える早川に目が笑っていない笑顔のしのぶ。
ピリピリとした空気にまず耐えられなくなったのは錆兎だった。
「すまんっ!しのぶ、俺が変な事頼んで迷惑をかけたっ」
ととりあえずしのぶに頭をさげる。
それにしのぶの笑みに少し温度が戻った。
「いいえ。これは錆兎さんのせいではありませんよ?
お願いされなくても私は学級委員なので巻き込まれてましたし。
まあ…どうしても申し訳ないと言うなら、今度の試験、上級者向けの科学の予測問題お願いします。
室井先生の解かせないことを目的とした上級者問題、あれをどうしても解けないのが悔しいので」
「わかった。しのぶと空太くらいしか全くわからんと思うから、2人には個人的に送っておく」
「ありがとうございます」
と、そんな会話でワンクッション置かれて、少し空気が緩んだところで、理事長が会話を引き継いだ。
「とりあえず事情はなんとなく理解したよ。
簡単にまとめてみると、早川さんは鱗滝君達と仲良くしたかった。
でも彼らに事情があって無理だと伝えられた。
クラスの他の子達は仲良くしようとしてくれたけど、最初に鱗滝君達に断られたのが気になりすぎてしまって、他の子達に目がいかなくなってしまった…という感じかな?」
と、にこやかに問いかけられて、早川は少し考えたあとそれに頷く。
そこで理事長がやはりにこやかに続けた。
「結論から言うとね、今、彼らにあまり近づかないようにと言うのは、学校の方針なんだ。
彼らが悪いわけでも、他の生徒が悪いわけでもなくてね、理由は今年の学園祭でうちの学校に刃物を持って押し入った暴漢のターゲットが役員の女子2名だったから。
誰かが彼女たちを語って暴漢をからかったのが原因らしい。
その誰かは彼女達に恨みがあるのか、あるいは愉快犯なのかわからないから、最悪、今後同じようなことが起こる可能性がある。
学校側としては非のない生徒に学校に来るのを控えるようにとは言いたくないし、かといって無関係な生徒を危険にも晒したくない。
だから、必要以上に彼女達やすでに巻き込まれる可能性のある彼女たちの交際相手の男子達に近づかないようにと注意しているんだ。
彼らは人気者だから、他の生徒は好意を持っていても我慢しているし、例外を認めるわけにはいかない。
我が校は芸能活動とかも自由だけど、彼らが三葉商事のオンラインゲームの公式プレイヤーになっているのは、そうやって有名人になることで三葉商事からも物理的に守ってもらえるからというのが理由の一つなんだ。
というわけでね、君だからというわけじゃない。
もちろんいじめや嫌がらせでもない。
彼らが君と交流を持てないのは、彼らの方にこういうきちんとした理由があるんだよ。
それでもどうしても彼らに近づかずにいられないということなら、学園としては君の方の入学手続きを取り消さなくてはいけなくなる。
学園内の安全性の問題になってしまうからね。
わかってもらえるかい?」
ここまで言われてしまうと、否とは言えず、早川は不承不承頷いた。
ほぉ~っと安堵の息を吐き出す男3人。
無表情のしのぶ。
少し不満げな早川。
そして…最初から最後まで話に加わることもなく話にまったく興味を示すことなく、ただにこにこと錆兎を見ている義勇。
こうしてカオスな空間とようやく離れられるか…と錆兎がホッとしたところで、理事長は最後に爆弾を落としてくれた。
「とりあえずね、早川さんはまだ転入したばかりだし、ここまでクラスの女子全員と揉めてしまったら今後辛いだろうからね、A組に移籍することにするね」
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